27 黎明を告げる





『どもぉ。蛇意狃萌ダイナモのハモでっす。リトル・グリーン・マン捕まえましたぁ』


 ガムを噛みながら、チャラチャラした喋り方でそんな連絡がきた。ダイナモのハモからの連絡は、これで三回目だった。


「ハモ、またお前か⋯⋯⋯⋯じゃあ、写真でいいや、撮ってこっち送って」

『あ、ハーイ』


 すぐに送られてきた写真を確認すると、ペンキだかで緑に塗られた知らないおっさんの顔が写っていた。


「⋯⋯おまえさー、捕まえた捕まえたってオヤジ狩りじゃないんだよ。リトル・グリーン・マンに似せようとしてどうすんだよ、馬鹿」

『すんませーん』


 電話を切ってから、すぐに別のところにかける。


「あー、黒木エルさん? 俺です。俺──え? 詐欺じゃないです。はい、」


 サウンドオンリーの弊害がこんなところに。


「はろです。悪いけど、蛇意狃萌(ダイナモ)の連中にまた減点つけといてください。それからそっちからも言っといてくれます? ⋯⋯うん、はい。じゃ、よろしく」


 通話を切った俺に、マルオが言った。


「彼らに協力を頼んだのは間違いだったんじゃないのか?」


 マルオは彼らを、というか〈-R-〉全体を今回のミッションから外したがっている。彼らを使うことを当初は賛成してくれていたんだけど⋯⋯。一部問題が多いのも確かなので、わからなくはない。


「もういいんじゃないか? 本当に役に立つのか?」

「さあどうかな。でも俺たちだけで探して何週間かける? 何ヶ月? アイツらにはアイツらの繋がりがあるし、もう少しだ。いい子ちゃんじゃないのは承知の上だよ」

「もしかしておまえもか? おまえもヤンキーなんだなっ⁉︎」

「俺は元・適度な不良少年」

「違いがわからん! なぜ不良がモテるっ? ちょっとの優しさでチヤホヤされるッ?」


 もうなんかすごいひがんでた。


「別に不良全員がモテるわけでもなかろうに」

「真面目にやっている者を讃えよ!」


    ▼


 あの日、クラブ『deep red』に行った日から、俺はゴブリン狩りのまとめ役になった。

 パトロールの人間の割り振りをし、各チームから連絡を受ける。そして、マルオと沢木雪花に宮持環、彼らと一緒に辰川町の迷路の巡回に出た。

 俺のもとには新九郎から足のつかない補助端末リンカーが四台届けられ、始終呼びだし音が鳴るようになった。


    ▼


 それから三日、有力な情報もないままあっさりと過ぎた。

 猥褻目的のオヤジと援助目当ての女子高生のカップルが網にかかった、とか言って巡回チームから連絡が来る。いや何の網だよ、と思った。


『そっち連れて行きましょうか?』


 そんなん連れてこられても困る。


「放流しなさい」


    ▼


 この頃、制服警官のパトロールが増えた。私服の刑事デカをあちこちで見かける。おかげで少しやりにくい。界隈でギャングどもが戻ってきた! との話題のせいだ。そして、この町の行方不明者が途切れないせいだ。


 夜中のパトロールで俺たち四人は、辰川ニュータウンの歓楽街をぶらぶらと流した。

 コンビニの前で〈-R-〉のメンバーがガードレールに座ってどこかに電話中。

 向こうはこちらを視線で確認し、俺はあごを上げるようにして一つ頷き返した。


 彼らとすれ違い、歩いていると、俺の端末にも電話。

 興島からだった。


『お前たち、何か狙ってんじゃないだろうな? 街がぶっそうだぞ』

「なにも知らないしなにもしてないよ」


 お前たち、なんて言ってくるところに、こっちの情報が筒抜けなんじゃと思ったがシラを切った。


『何かある前に俺に連絡すんだぞ。危険なことは俺たち警察に任せとけ』

「⋯⋯わかった」


『こっちはこれから徹夜で書類仕事だ。good griefやれやれ)だぜ……』と言って興島は電話を切った。


    ▼


 五日目、進展なし。


 トレーニングウェアに着替え、日課──と言うほど最近はできていない日課ををこなす。

 十キロを走るついでに、いつものコースから外れ、裏路地や細い隘路あいろをいく。ゴブリン出てこないかと思いながら。


「そう都合良くはいかないか」


    ▼


 それから二日、とりあえずの最終日。


 大した情報はない。

 一週間じゃ無理があったか、とため息をついた。そのうえ、ヤンチャな奴らの悪さが問題になり始めている。進展なしのまま我慢を強いて彼らを使うのもここらが限界か。でも彼らも今のところ狙ってるのは援助のカップルのみ。よくもまあこんなにスケベオヤジをピンポイントで見つけてくるな、と感心してしまった。


 大半の奴らは黙々と動いてくれている。だから悪さする奴らを外せばもう少し続けられるだろう。けど。


「でもなぁ⋯⋯」


 意に沿わないなら外して終わりってのも違うよなー、と。彼らに対する新九郎のスタンスも聞いてしまった手前、簡単に放り出してしまいたくない。

 続ける続けないかを含めて考えなければならない。続けるなら捜索の体制も変えねばならないか。


    ▼


 最終日なので、その夜は俺たちも明け方まで粘るつもりでいた。俺たち四人は二十時過ぎに駅前ビルの二階、ダイナー『アメリカ〜ン』で晩飯にした。


「バーガーセットをケチャップマシマシマシマシで」


 と注文。


「⋯⋯ケチャップが好きなんだね」


 宮持環が言った。俺はしっかりと頷いた。


「特にKAGOYAのつぶつぶケチャップが好きなんだ。ここ数ヶ月行けてないけど、工場見学にもよく行く。おみやげが貰えるんだ」

「ケチャップがすんごい好きなんだね⋯⋯」

「どんだけだよ。工場を行きつけみたいに言うな」


 沢木雪花の辛辣な言葉が飛んできた。

 どの席も満員。土曜の夜は窓から見下ろす人波もいつもより楽しげだ。


 それから俺たちは、酔っぱらいとカップルが行き交う辰川ニュータウンの通りを歩き、裏路地や隘路が目につくたびにそこへ入り込んだ。

 ビルの隙間を駆ける夜風が身体を撫ぜる。


    ▼


 東の空が透きとおり、夏の夜が明けて始発電車が動き始めた。一週間が終わった。


    ▼


 これからの方針を話し合わないといけない。

 とりあえず一度帰るかと、線路沿いの道を歩き出したところで、端末に連絡、短い呼び出し音。

 フェンス側に集まり、三人とリンクを繋げて電話に出る。

 眼鏡端末をかけた視界に映し出された見慣れない四人。連絡を寄越した彼ら四人が順にフォーカスされ、視界の四隅に配置される。

 俺は言った。


「ディス・イズ・ロンドン・コーリング」

『はい?』


 見慣れない顔が四つ、困惑した。どの顔もかなり若い。中学生か?


「いや、[ザ・クラッシュ]に『ロンドン・コーリング』って曲があるんだけど、BBC(イギリスの公共放送局)が第2次大戦中に占領地向けの放送で使用した「|This Is London Calling《こちらロンドン》」って言葉 が由来って言われてて、思わず足でリズムを取りたくなるような⋯⋯」


 四つの見慣れない顔が呆けていた。目の前にいる三つの見慣れはじめた顔が呆れていた。


「いや、ごめん。忘れて」

「⋯⋯はろさん、永久遺光トワイライトのオミです」


 大人な態度で流してくれたオミを映す窓が少し大きくなる。


「おれたち今、気になる映像を手に入れたんで見てもらえますか?」


 オミたちから送られてきた映像を、俺たちは並んでフェンスに寄りかかって確認した。


    ▼


「⋯⋯これどうしたんだ?」


 聞くと、オミがはきはきと答えた。


「リトル・グリーン・マンはおれたちが見つけられるとも、捕まえられるとも思えなかったんで、幸運が重なるのを期待してうろつくより、有力情報の報酬を狙った方が可能性あるんじゃないかと思って」

「ロクです。学校のクラスの連中の間でも動画投稿は流行ってるし──」

「まあダチ同士で見せ合って笑い合う仲間うちの遊びみたいなもんなんすけど──あ、ヒロでっす」

「里中です。リトル・グリーン・マンも話題にのぼりますし、その辺りから当たっていったんです」


 代わる代わる名乗りながら説明していく四人。息の合ったチームワークにそんなところでも仲の良さと要領の良さが窺い知れた。ただどうでもいいが里中お前。どうして里中は里中なの?

 里中が表情乏しく続ける。


「そんな中で、一個下の後輩の塾の友達のお姉さんが、彼氏と昨日から連絡つかないって話で、もしかしてリトル・グリーン・マンと関係あるかもと思って、その日の行動をできるだけトレースしてみたんです」


 そこでマルオがすべて解ったとばかりに叫んだ。


「ほう! そこでカレシの落ちている端末か何かを発見、そしてこの映像を見つけた、と! そういうことだな⁉︎」

「違います」


 瞬殺だった。

 オミが続ける。


「その彼氏は浮気相手のところで見つけたんですけど、おれたちがリトル・グリーン・マンを探してるって知って、それならって見せてくれたんです。浮気相手のところに行く途中で端末を拾ったようで、あとでネットにアップするつもりだったみたいです」


 オミと入れ替わりにロクの画面窓が大きくなる。


「オレらにあっさり見せてくれた理由は、カノジョの追求から話を逸らしたかったんだろーなぁ」

「まあ、オレらの目の前でボコボコにされてたけどな」


 あひゃひゃ、とヒロが笑う。

 賢いやつら。

 俺も笑って言った。


「よくわかった。報酬は期待していいよ。永久遺光トワイライト組頭ギャンガーと新九郎にもよく言っておくよ」


 四人が嬉しそうに返事をするのを見て、通話を切った。


    ◆


 その日、投稿された一つの動画。


 暗がりに何か恐ろしい影。

 スイッチを入れる音が空間に響き、強烈な光が点る。

 悲鳴を上げて逃げる撮影者たち。

 ブレるカメラ映像。

 端末がコンクリートの床に跳ねる。

 悲鳴と奇声、もみ合う様子の足元、激しい物音。

 蹴飛ばされて滑る端末。

 複数のリトル・グリーン・マン。

 倒れ伏す撮影者。

 リトル・グリーン・マンがカメラの方に向き直り、恭しく膝をついた。

 カメラの背後に何かがあるのか、何かがいるのか。

 リトル・グリーン・マンが辿々しくも言葉を発した。思念波と声の両方で。


『  強きモノ、マモりタマえ。

  May the mighty one protect us.  』


 そこに映し出されるナニか。

 リトル・グリーン・マンたちの姿を隠し、長いローブの裾が映る。


 その隙間から覗くのは、太く、生々しい、タコのような足だった。










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