26 お友だち価格でどう?




 人払いを頼んで、新九郎と二人になった。

 幹部二人には席を外してもらった。新九郎の命令ゆえ従ったが、当然のごとく不平と不満がありありと窺えた。

 憤るのも仕方がないかな、と思う。人員を借り受けたい。費用もトップのお前が出してくれ。となれば、自分たちの敬愛するヘッドが馬鹿にされたと感じるのも無理はない。


 もちろん、対価は払う。新九郎が500万、1000万くらい出しても構わないと思える対価を。

 ちゃんと新九郎もわかってる。


「最近、自分でも周りのヤツでもいいんだけど、超能力が使えるって言い出したりとか、身体能力が上がった気がするって感じることとか、ない?」

「ある」


 新九郎自身、身体能力が明確に上がったと感じているらしい。


 やはり新九郎も魔力を得た1パーセントの『新たに覚醒したものルガルタ』だった。そして俺は半ば確信していた。まだ能力に目覚めていなくとも、新九郎は必ず〈一万人にひとりの覚醒者アルヤール〉に至るだろうと。そういうやつだ。


 俺は指先に光を点し、宙に絵を描いて見せた。

 スカルにクロスボーン、交差した二本の骨に渡されたタスキに、『OR GLORY』。


    ◆


D e ath or Glory死か栄光か)


 この言葉は1922年から1993年まであった、イギリスの第十七騎兵隊と第二十一騎兵隊の記章に使われていたらしい。死を恐れず戦う、という勇敢さを表したものだそうだ。


 俺はジョー・ストラマーがボーカルを務める[ザ・クラッシュ]の同名の曲で知ったわけだけど、曲の方は「老いる前に死んでやる」と誓っていた一世代前のロックスターたちを皮肉っているんだと。


    ◆


 本来、魔法円等を描くのに使われる【奇術】の光。【空中文字スカイスクライビング】という手技によって描き出した記章を見て、新九郎は目を瞠り、珍しく本気で驚いていた。


「おい、なんだそれは」

「手品じゃないよ?」


 奇術ではある。


「ただの手品ならぶっ飛ばすが⋯⋯違うようだ。産毛が逆立つというか、皮膚がザワザワする」


 すでに魔力を違和感として捉えているのか。

 そのまま『新たに覚醒したものルガルタ)』について説明した。魔法が現実のものになったということも。

 そして新九郎の眼がギラーンと光った。獲物を狙う猛禽のように鋭くなる。がしっと肩を掴まれた。


「俺にも教えろ」

「へっへっへ。タダというわけにはいかんね。お友だち価格でいよ」

「ああ。報酬と賞金、それから協力金として有力な手掛かりへの情報料も俺から出そう」


 フ、と笑って新九郎は言った。


    ▼


 とは言っても、俺も新九郎も忙しい。一対一で付きっきりで教えることも、そして教わることもできない。


「そこでこれだ」


 手帳と、それから無駄に凝った洋古書風の上製本ハードカバーを取り出した。

 手帳を新九郎に見せる。


「それがいわゆる魔術書? 魔導書? ってヤツだ。〈秘訣集アルカナム〉という」

「お前これをどこで?」

「拾った」

「⋯⋯」


 新九郎は相変わらずの静かな表情で、黙ってこっちを見てくるだけだった。一分、二分と経過する。まだ喋りやがらない。根負けした。


「特殊な場所で拾った」

「⋯⋯」


 新九郎という猛禽は獲物を逃さない。


「未来で拾った」

「俺も連れてけ」

「無理だっつの」

「吐け、隠してること全部吐け」


 吐かされた。


    ▼



「じゃあ、試してはいないんだな?」

「そりゃね。どんな危険があるかわからないし、迂闊に話すわけにもね」

「今から試そう。未来と異世界両方だ」

「えー」

「なんだ?」

「なんかまたさっきの幹部連中に恨まれそう」

「知らん」

「おい」

「なら、あいつらにバレないうちにさっさとしろ」

「おまえすぐ戻って来れなかったらどうすんだよ。確実に恨まれるだろうが」

「おまえが恨まれることなんかより、もし帰れなくなった時に俺をどう助けるかを気にしろ」

「知らん」


 俺たちは向かい合うと、俺は右手で、新九郎は左手で、互いの肩をがっしりと掴んだ。


「んじゃ、荒廃世界──未来から試すぞ」


 集中を高める。マナに共感し、いつもよりさらに慎重に集中する。


 視界にノイズが走る。


 薄っすらと向こうの世界が見えてくるが、いつもの酩酊感が訪れない。


 世界と世界の間をさまようような感覚が来ないまま、集中を解いた。


「ダメだな。新九郎はなにか感じたか?」

「ああ。全身が石になったように少しも動けなかった」

「それは、動こうとしても?」

「ああ、全力で動こうとしても」

「なんでだろ」

「まあいい。次を試すぞ」

「へーへー」


 さっきと同じように向かい合う。


「そんじゃ、今度はコクムーだ」

「コクムー? なんだそ──」


 〝bamf!〟


 大した集中をするまでもなく、世界が切り替わる。新九郎を連れて。


    ▼


 〝bamf!〟


 立ち込める黒い霧を蹴散らして、黒霧世界に現出する。


「ぅおっ⁉︎ こっちは成功した! なんで?」


 新九郎は聞いていない。わずかに目を見開いて、辺りを見回していた。やがて「コクムーってなんだ」と新九郎は周囲に目をやったまま、言った。


「黒い霧の世界だからコクムーだ」

「変えろ」

「なんで?」

「俺がその呼称を使いたくねぇ」

「じゃあ、なんて呼ぶんだ?」

「⋯⋯⋯⋯ミストランド」

「フツーだね」

「黙れ。それなら⋯⋯⋯⋯ブリッジトンの小さな町」


 なんだそれ、と思ったが、少し考えて「ああ」と思い至った。


「『ミスト』ね」


 メイン州にあるブリッジトンの小さな町は、スティーヴン・キング原作の映画『ミスト』の舞台とされる町だった。

 むかし仲間内で一緒に観たことを思い出した。


 ──あー、そんなこともあったなあ⋯⋯懐かしい⋯⋯。


「⋯⋯ってか、どこに町があんだよ!」


 立ち込める黒い霧を、わざわざ【奇術キャントリップ】で風を起こして吹き散らし、だだっ広いフィールドを指差し叫んだ俺を、さっぱり無視して新九郎が言う。


「考えてみれば、おまえ以外とこの場所の話をすることはないんだ。好きに呼べばいい。俺はミストランドと呼ぶ」

「はいはい」


    ▼


 〝bamf!〟


 黒い霧を拡散させて、現実世界ゲンセに帰ってきた。また至極あっさりと。

 ガラステーブルを挟んで向かい合わせに、どさりとソファに腰を下ろす。それから俺は、洋古書風の上製本ハードカバーを改めて取り出した。


「やっと本題に入れる」

「ああ。さっさと入れ」

「うっせー」


 俺はハードカバーを新九郎に放った。

 受け取った新九郎が、サイド・テーブルに載ってるアルコール・ランプを読書灯代わりにして、パラパラと捲る。


 俺はソファに沈み込みつつ、話を続けた。


「〈秘訣集〉の写しだ。そいつをおまえにやるよ」


 ハードカバーは240ページほどで、本の厚みは2cmくらい。当然、手帳のようにページが尽きないなんてことはない。ので、手帳の内容を記すのに240頁ではとても足りない。そこを数で補った。

 ガラステーブルの上にハードカバー五冊を平積みにした。


「〈簡易版秘訣集シンプリファイド・アルカナム〉だ。装丁は辰川町商店街でお馴染みの本屋の頑固オヤジのツテで作ってもらった」

「そこはどうでもいい。⋯⋯⋯⋯が、読めんな」

「その辺もぬかりない。これから読めるようにする」


急送ディスパッチ】をラン・クザルに習ってきていた。


 マルオたちにも今後、幻想世界の言葉は必要になってくるかもしれない。それもあって、ラン・クザルに意見を聞きながら、術式構成の見直しを行なっている。しかし、新九郎に対しては必要ない。新九郎に意図せぬ情報が渡ったとしても、俺について大抵のことは知っているし、いまさら隠したいこともなかった。


 無事、【急送】による情報の受け渡しが終わると、新九郎は早速、〈簡易版秘訣集〉を読み始めた。集中して、何も聞こえなくなる前に、本を取り上げる。


 何をするんだ、と言いたげに睨んでくる新九郎を無視し、「読める奴はそういないと思うけど、俺が注釈を入れたとこは日本語だし、一応ね」と告げ、新九郎に【暗号鍵エンクリプション・キー】の魔法が記されたページを示す。


「コレ掛けときゃいいから」


 俺は上から目線でそう言ったが、忌々しいことに、本を見ながら新九郎はあっさりと魔法を成功させた。


「なんでだよ、くそ。まー、よし。これでいいな?」


 投げやりに言う。

 新九郎が頷いた。


「あの幹部連中の説得も頼むからな」

「必要ないだろ」

「いやいやいやいや。おまえんとこの兵隊借りるのに、するするっとスムーズにコトを運ぶなら彼らの協力は必要だろ。誰かさんは非常に忙しいようで、その誰かさんを通して指示を出すってわけにもいかないみたいだし?」

「分かった。ま、『用があったら口笛を吹け』」


 ハリウッドのシブいおじさんの墓碑銘に書かれた言葉を引用して新九郎が言った。


「わかったよ。『ルイ、これが美しい友情の始まりだな。』」


 俺も対抗して、映画『カサブランカ』の名言を引っ張り出した。


「⋯⋯」

「⋯⋯」


 しばらく黙って、お互い顔を見合わせてから、俺は言った。


「おまいはハンフリー・ボガートか」

「こっちのセリフだ」










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