23 リトル・グリーン・マンの正体
いきなり声をかけてきた男は、なんだかとっても丸かった。
目も鼻も顔も体も丸い。しかし動作はキビキビとしていて、重そうな印象は受けなかった。髪の毛も外側にぴょんぴょん跳ねている。
「リトル・グリーン・マン探し、おれも協力させてくれ。なに、きさまに危険は及ばない」
何を言っているのだろう。
「で、だれ?」
「なにっ! おれを知らないのか⁉︎」
くりくり丸い目をさらに丸くして言う。
「知らない」
「おれの動画を知らない?」
「知らない」
「おれ
「知らない」
「おれ
「知らない」
男はくるりと背を向けると、両手をわきわきさせながら「ふぅぅぅ、おぉぉぉおおお!」とまた何やら叫び出した。
「あ、肉まんのひと」
そんな時に後ろからそんなやる気なさそうな声が聞こえてきた。振り向くと女の二人組。まだ叫んでいる男を指さしている黒髪ロングと、明るい髪色の前下がりのボブカット、こっちは知った顔だった。
⋯⋯肉まんの人?
「で、だれ?」
俺も男を指さして沢木雪花に訊く。
「自称超能力者?」
「へー」
ちょっと興味が湧いた。
「何ちょっとおもしろそうなんて思ってんのさ」
なぜわかったのか。
「そのうさんくさい顔に出てんの」
「うっせー」
「あ⋯⋯。わたし、せっちゃんの心の友、
「俺はせっちゃんと小・中学校同じクラスだったウエスギハレヲ、よろしく」
「せっちゃん言うなっ!」
「おれは
なんか混ざってきた!
▼
「で? なんなの?」
「なんなのとはゴアイサツだな。きさまが警官の頭をレンチでカチ割って「リトル・グリーン・マンは俺が捕まえるっ‼︎」って言ったのだろ?」
「なんでだよ。どういう話の流れなんだよ」
「違うのか?」
「むしろなんで違わないと思ったのか」
「まあ、そこはどうでもいいのだ」
「そこが重要だろうが」
「リトル・グリーン・マン、捕まえるのだろう?」
「あー、まー⋯⋯⋯⋯不本意ながら?」
「だろう?」
勝ち誇ったように言う。
「でもあんたに関係ないだろ。っていうか先輩なのか? 一応?」
「まあそうだ。おれが一年先輩だな。だが気にすることはないぞ」
「そうだな」
「⋯⋯なんか釈然とせんな」
話をもとに戻すことにした。
「リトル・グリーン・マン捕まえたいと?」
「そのとおり。おれにも一枚噛ませてくれ」
なんで、とは聞かずともわかるか。
「オカルト研で
「ああいや、動画はきさまたちが嫌だと言うのなら⋯⋯配慮する」
「え?」
「善処する」
「え?」
「なんとか納得してもらえるように、がんばる」
撮らないとは頑なに言わない。
「いや、ジッサイ動画が目的ではないのだよ! ほんとだよ? そういうの関係なしに⋯⋯確かめたいのだ」
後半の言葉は思いのほか真剣味を帯びていた。
「頼む。だからおれも、きさまたちの仲間に入れてくれ」
「⋯⋯ん?」
貴様、たち?
「ここまで言うんだから丸毛(まるも)氏も仲間に入れてあげたら?」
当然のような顔をして宮持環がそう言ってのけた。
いったいいつから仲間になった。
「おい」
俺はなんとかしろという想いを込めて沢木雪花を見やったが、当の本人は、わかってる、と言うようにかすかに頷いたものの、悩ましげに唸った。
その態度に戸惑う。
「え、なんだよ。なに?」
「いや、リトル・グリーン・マン探すって聞いちゃったからさ」
声を潜めて話し合う。
宮持環は丸毛央助の背を叩きながら「がんばろうー」とか言っているし、丸毛央助の方もニヤリとした笑みを見せて「おう」と、とても嬉しそうに返事している。
「それで?」
「ここで無理に引き離してもタマも勝手に探し始める可能性が」
「⋯⋯それで?」
「リトル・グリーン・マンって殺人まで起こしてんでしょ?」
「らしいね」
「なら数がいた方が安心というか」
「んー⋯⋯、沢木雪花、宮持環、丸毛央助の三人と俺一人の二チームに分かれて探すっていうのは──」
「──嫌だよっ。不安しかないじゃんか」
「だよね」
「そうはっきり言われるとムカつくな」
「んー⋯⋯。リトル・グリーン・マン一体を探すだけなら、問題ないか⋯⋯いや、んー」
ここまでくると、知らないところで三人に何かあって、後でそれを聞かされるなんて方が怖い、というのも確かにあった。
「ヤバそうならすぐ手を引くからね。ちゃんと心の友に言い聞かせといてよ?」
「わかってる」
沢木雪花が今度はしっかりと頷いた。
俺はむしろ不安になった。そんな気合いを込めて頷かなければならないほどの難事なのかと。
◆
正直なところ、リトル・グリーン・マンについて、その正体にだいたい見当がついている。
火星人の侵略か、なんて方々で騒がれているが、あれはおそらく──。
──ゴブリンってやつだろう。
荒廃世界という2058年の未来に現実のものとなっている
と言っても、火星人というのもあながち間違いでもないかもしれない。ラン・クザルの故郷は異世界の火星だそうだから、そこから来たのなら、まさに『火星人』ということになるけど。
それより気になるのは、目撃例ばかりで、なぜ未だに都市伝説レベルでしかないのか。こっちの方がよほど不可解だと思う。
代々木の封鎖区域のことを考えると、その辺り、政府はすでに把握しているんじゃないか。むしろ積極的に情報操作を行なっている?
ただ魔法の存在は確実に掴んでいることは間違いない。
さて、彼らにはどの程度まで話すのがいいんだろう。
そもそも話す必要があるのかどうか。
◆
「実はな⋯⋯、おれは超能力が使えるのだ」
場所を移して、オカルト研の部室に着くなり、丸毛央助はそう切り出した。
「へー」
「や、わかってる。その反応も無理からぬことだとな。しかし、真実なのだ」
「肉まん温めてたものね」
宮持環が手首の
動画では汗だくになりながら丸毛央助が肉まんに手をかざしている。
それで肉まんの人か。
「で? この温度計の値はどうだったわけ?」
最後まで見るつもりもないので、結果を訊く。
「むぅ、一度だ」
「一度だね」
「一度。ビミョー過ぎるだろ?」
三人がそれぞれ答えた。
「うん。でもカメラの見えないところに熱源が置いてあるってわけじゃないんでしょ?」
「もちろんだ」
「部屋の温度は計ってなかったの? 肉まんじゃなくてさ」
「んむ?」
「始める前と、後の、部屋の温度」
「いや、計っていない。確かあの時は窓も開いていたし」
「今のを見る限りじゃそう長い時間でもないのに汗だくになってる。いくらマルオが丸いからって不自然じゃない? 別に激しい運動してるわけでもない、肉まんに手をかざしてるだけなんだから。そして部屋を締め切っていたわけでもない、と。じゃあ、なぜ?」
「たしかにっ。なぜだぁー!」
丸毛央助は頭を抱えて叫んだ。
「ってマルオって誰だぁーッ!」
「〝まる〟も〝お〟うすけ。で、マルオだ。俺をはろと呼ぶんだから、いいよね?」
「うむ。いいだろう」
ニヤリと笑ってマルオは鷹揚に頷いた。予想外になんかちょっと嬉しそうだ。なぜだ。
「それで? 自分が超能力者だって言う本当の理由は? これじゃなくてたしかな根拠があるんだろ? さっき言ってた「確かめたい」ってそういうことでしょ」
「う。そ、そこは追い追い」
▼
リトル・グリーン・マンを探し出し国光に引き渡すにあたって、懸念される事柄はいくつかある。
まずはリトル・グリーン・マン自体の危険度。
同一とみていいのかわからないが幻想世界のゴブリンを〈
◆
『ゴブリン』
性質は衝動を自制する能力に欠如がみられるとされ、徒党を組んでうろつき回り略奪を働く。
言語はオグル語を話す。
例外なくおしゃべりで口が悪く、不作法なひねくれ者であり、他者に対するいやがらせと喧嘩が大好き。
体色は、おおむね『緑』である。背中の色は濃く、腹部付近は薄くなっている。
魔力や宝石の採掘等、生産的活動を行う。
自分たちでも全容のよくわからない道具の製作や利用、それらの破壊に勤しんでいる。
部族間で争うこと多々あり。
部族を超えて大集団を形成する場合、強力な個体、あるいは何らかの手段で彼らを支配している存在のために働いていると考えられる。
しばしば秘密の巣を作る。
◆
そして最も危険と思われ、何としても遭遇を避けたいのが、バスを失踪させた犯人だ。たぶんゴブリンではないだろう。正体不明の
そいつが解説にあった『強力な個体』であり、ゴブリンを統率しているなんてことになってなければいいが、可能性は捨てきれない。
▼
マルオは『
ならばある程度、危険に対処できるようになってもらった方がいい。もしもの時に俺の負担が減るし。
そもそも、これらの知識は俺にとって、どうしても隠しておきたいものではない。積極的に広めるつもりもないけれど。
世間ではすでに潜在魔力が表面化し、急激な身体能力の上昇がスポーツ界を筆頭に騒がれている。
心配するのは、俺が教えてしまったばかりに、その知識や技術を使って重大な事件を引き起こすような奴が出るかもしれないということだ。人を見る目に自信があるわけでもない。
そうなった時に、俺はどうするのか⋯⋯⋯⋯を、今思い悩んだところで仕方ない。と、思考の変転はあったが、そう結論付けた。
ということで、この三人に明かすことにした。
部室の空気が急激に上昇し、数秒後にはその熱気は一転、肌寒いほどの冷気に包まれた。
「な⁉︎」
「わ?」
「え?」
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