24 ホルマリン漬けのカエルとミルクティー
室内の温度が急上昇して急降下した。ひんやりとした空気が満ちる。
「なんだとっ⁉︎」
「わ? すごー」
「え、なにっ?」
「はろ、おまえも超能力者だったということか⁉︎」
「いや、これはいわゆる魔法とか、魔術ってやつだ。つまり呪文の効果」
「じゃ、じゃあ、それを覚えればおれにもできると?」
「できるんじゃないか?」
マルオはくるりと背を向けると、両手をわきわきさせながら「ふぅぅぅ、おぉぉぉおおお──ん?」またくるりと振り向いた。
「魔術なんていう知識をどこで?」
「そこはほら、助言をくれる先達がいるわけだよ」
「おおっ」
沢木雪花と宮持環もマルオに負けず劣らず目をまん丸に見開いていた。二人は顔を見合わせて、互いに何度か頷いた。
「あのさ」
沢木雪花が口を開く。
「実はあたしたちも少し使えるんだよね」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
叫んでいたマルオの動きがピタリと止まる。止まって、叫んだ。
「なんだとぉぉおおおッ⁉︎」
両手をわきわきさせながらなお続ける。
「おい、ふざけるな! 『実はな⋯⋯、おれは超能力が使えるんだ』っておれが馬鹿みたいじゃないかッ!」
「そだね」
肯定してやる。
「ふぅぅぅ、おぉぉぉおおお!」
マルオは放っておいて話を進めることにした。
「ほんとなのか?」
「うん」
一万人にひとりが多すぎやしないかと、嘆息した。
「とりあえず落ち着いて話をしよう。俺も落ち着く」
▼
指輪から荒廃世界で使っているコンロや手鍋を取り出す。
三人がまた騒ぎ出したが気にしない。
三人を正面に座らせる。
俺は立ったまま手鍋に水を入れて火にかける。
狭い部室だ。彼らの後ろの棚にはさまざまなオカルト本やオカルトグッズが乱雑に収められている。
机の上にも雑誌が積み上がっているが、何より目を引くのは、なぜか中央にでんと置かれてあるホルマリン漬けのカエルの瓶だった。それは下からライトアップされ、ゆっくりと回転している。一定の間隔で腹を見せたり背中を見せたりしてる。ネームプレートには『かっぱ』。
「⋯⋯」
話を聞く前に、少し俺から話すことにした。今、この世界に起こっている⋯⋯起きつつある変化について。
「変化?」
「と言っても、俺だってわからないことだらけなんだけど」
俺は手鍋の中を見つめつつ、三人にまず『
話しながら、沸騰したのを見計らい、手鍋の中にアッサムの茶葉を多めに入れて火を止める。フタをして蒸らす。
「この世界に今この瞬間も魔力が流れ込んできている⋯⋯?」
マルオが呟いた。
「そう。
「あ」
沢木雪花が思わず、といったように立ち上がった。注目が集まっているのに気づいて「いや、いい。今は」と少し恥ずかしそうに座り直した。
フタを取り、牛乳を加えて軽く混ぜる。
「たぶん国も気づいているよ」
「そうなのか?」
「うん。魔力が流れ込んできている、という事実に気づいているのかはわからない。でも魔力を得た人の存在には確実に気づいているはずだ」
手鍋を再び全体が温まるまで弱火にかける。
「と言っても、俺と同じように
「マナ⋯⋯いいと思う。わたしたちにも馴染みがあるし」
宮持環の発言に、俺は片眉を上げることで疑問を表明した。
「おれもあるぞ。小説やゲームで」
「まあね」
俺も頷いた。
「あたしたちはそういうことを言ってるんじゃない」
沢木雪花がピシャリと打ち切った。
沸騰直前に火を止め、茶こしでこしながら順にカップに注いでいく。仕上げに瓶に入った蜂蜜をスプーンで掬ってカップに入れた。
この蜂蜜はなんと
甘さとコクが絶妙で、ロイヤルミルクティーに入れるのが俺のお気に入りだった。ベルントたちは料理に使うとか何かにかけるとかまったくせずに、ただただ貪るように甜めていた。
三人の前にカップを置き、手振りでどうぞと示す。
礼を言いつつ三人はそれぞれカップに口をつけた。
「ぅおっ⁉︎」
「うまうまっ!」
「ぁち⋯⋯⋯⋯ふーふー、ずず⋯⋯⋯⋯ぁー」
三人とも狙い通りに驚いてくれた。俺も自分のカップを持って椅子に座る。
「で、マナに馴染みがあるってのは?」
俺の話を続けても良かったが、そろそろ二人の話を聞きたかった。
「うん、じゃあ⋯⋯最初にこれを」
沢木雪花が立ち上がった。
両手を握ったり開いたり、何度かグッパグッパとやってから両手に力を込める。すると両手に赤い鮮烈な光が輝いた。
『おおっ⁉︎ すぅうげぇえええーッ!』
俺とマルオの声が重なる。
『なにそれぇえええっ』
「この光で防御したり、放つことで攻撃に使えるんだけど──」
「フォォォ! ビーム⁉︎ ビームなのかっ⁉︎」
「強弱は精神状態に大きく左右される感じ」
あの赤い光はなんなのだろう。魔法で言ったらどういう分類なんだろう。
「【
「ギフト? ギフトって?」
「アビリティっ⁉︎ うらやましいっ」
「順を追って話すから」
「ところで、宮持環も持ってるの?」
気になって訊ねる。
「うん⋯⋯わたしもある。でもちょっとわかりにくい⋯⋯あー実践してみればいいのか? あーでも後でね」
宮持環のよくわからない言いように、マルオと一緒に首を傾げた。
「んで?」
「うん、アンタたち二年前にあった集団失踪事件を憶えてる?
「うむ。あったな」
俺も憶えていた。辰川町の隣の市で起きた事件だ。ずいぶん報道もされていた。
「あたしたちがその当事者なんだよ」
「なにっ⁉︎」
「そうなんだ?」
交互に二人を見ると、二人は真剣に頷いた。
「あたしたちは、異世界に飛ばされたんだ」
そういえば帰ってきたという話は聞いたが、それ以上のことは何も知らない。どうして、どうやって、どこに行っていたのか、その辺りの報道はまるでされていない。消えたときはあんなに騒いでいたのに。
「──ドーラストラっていう世界だよ」
「異世界からの召喚が何度も行われていた世界だったんだ」
世界を越えることはそう簡単なことではないとラン・クザルも言っていたはず。それを二十名以上を同時に呼び寄せるなんて技術が確立しているのか?
「でもあたしたちの召喚は不測の事態ってやつだったみたい。向こうの意図したものではなかった。本当ならドーラストラに着く前に、そのまま消えてしまっていたところだったって聞いた。そこをドーラストラの庇護者って奴がクラス全員に『
「その言い方だと、会ってない?」
「あたしらは会ってない」
「そうなんだ」
「ドーラストラは宗教関係者が大きな力を持つ世界だった」
「信仰の対象だった天使がホントにいたの⋯⋯」
「フォ⁉︎ マジかっ」
「でも彼らは庇護者の存在を知らなかった。ギフトについては知っていたんだけど⋯⋯。召喚された者はみんな紋章という形でギフトを持っていて、しばらくするとそいつの資質などからギフトは能力──アビリティへと変わる。教会はそれを神からの贈り物、『
「む? なかなかハードな世界だったのだな。しかし結局、庇護者というのは何なのだ? 教会の片棒を勝手に担いでいた? いや陰から支援していたのか?」
マルオの疑問に同意して俺も頷いた。
宮持環が首を振る。
「いいえ⋯⋯ちがう。結果的にそう見えるけど⋯⋯」
「そもそもの召喚の儀式が不完全だったから、召喚された者のほとんどはドーラストラにたどり着くことなく、跡形もなく消える去るか、たどり着いたとしても生きていなかったり、一部だけだったり。そういう犠牲者を出さないために長い間、庇護者はギフトを与えてドーラストラに導いていたんだってさ」
「なんかもっとやりようはなかったのかね。そんな力があるなら召喚の儀式そのものをすべての人から忘却させるとか」
「ほんとにね」
「んー⋯⋯」
ってことは、二人は一万人にひとりのルガルタというわけではないのか。
ただ
「驚いた?」
沢木雪花は曖昧に笑って言った。
「驚いた」
素直に頷いた。
沢木雪花が少し哀しげだったのは、たぶん、異世界から帰ってこられたのが行ったときの半数にも満たなかったから。
それから俺は三人に『
世界は、宇宙は無数にあり、二人が召喚された世界もその一つ。そして、破壊された世界の
◆
後でラン・クザルに話し、意見を求めたときには、神隠しと言われるような行方不明者は、そういった他の世界に落ちた可能性を否定できないということだった。
繰り返し行われた召喚によって、二つの世界に
そして、そこからも魔力が流入してきているとみるべきだろうと。
だとすれば、他世界が行っていた召喚の儀式がここ一年や二年のことでない以上、ずいぶんと昔から地球には魔力があったと考えられる。限定的ではあったが、存在はしていた。
ならやはり意識的にしろ無意識的にしろ魔力を利用してきた人たちが昔からいるんだろう。ラン・クザルの信じがたい調査結果──ミョウオウだマドウオウだってのも信憑性が増した。
そう思った。
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