17 魔法
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・宗教・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
◆
次の日、昼前に
瓦礫に座り、携帯コンロで湯を沸かしながらつらつらと考える。
にしても、〈
この世界が荒廃するに至った原因は、どうやら迷宮の先のファンタジーな世界──ここより〝幻想世界〟と呼ぶ──と繋がったことではなく、ラン・クザルの故郷〝
ラン・クザルもその辺りを含め、あちこち調査しているみたいだ。
彼への追っ手はまだかかっているのだろうか。
そう言えば、迷宮の入り口はどこにあるんだろう。
それに、荒廃の範囲はどの程度なのかも気になる。
世界中でこのようなことになっているのだろうか。
もっと身近なとこでは荒廃世界での俺や家族はどうなっているんだろう。
さらに、幻想世界側での迷宮周辺はどうなっているんだろう。
彼らと交流は可能だろうか。たとえば、
▼
とりとめのないことを考えていると、外套をはためかせ、遥か上空から男が降ってきた。
まるでどこぞのアメリカンコミックのヒーローみたく重い音を立てつつ何事もなく着地する。顔の半分を覆う兜が陽光を受けて鈍く輝いた。
どのように察知しているのか知らないが、俺がこの世界を動き回っていると、ラン・クザルはちょくちょくこうやって目の前に現れる。
俺は無言で袋の中身を沸騰するお湯に入れた。
ラン・クザルも無言で向かいに座った。その視線は手鍋の中で踊る麺を見つめている。
匂いに釣られてやってきたモンスターは俺――の向かいに座る男がサクッと処理した。
食後、ラン・クザルにコーヒーを渡す。
「そっちの世界に繋がってるって迷宮はどこにあるの?」
「塔だ」
「塔……赤い?」
「いや」
「ああ、そっち……上るの?」
「塔だからな」
そりゃそう……なのか?
「どこに、繋がってる?」
「巨人文明の遺構だ。〈
「じゃあそっちの世界の迷宮の周りはどう? ここみたいに一帯をモンスターに荒らされてたりは?」
「いや、都市遺跡はずいぶん前から探索が進められていた。遺跡を利用し街ができている。〈城塞迷宮〉が発見されてからは周辺諸国から人が押し寄せる騒ぎになっていた」
「へぇ」
お祭り騒ぎか。一度見てみたくはある。
▼
「聞きたいことがあるんだけど」
ラン・クザルは返事をしないが構わず続ける。
「怪物……魔物と戦う上で、毒とかウイルス……魔物が持ってる悪いものというか、そういうのはどうしてるんだろう?」
「薬や魔法だ」
「やっぱそうなんだ。これとか?」
「そうだ」
魔法でいうとどんなものがあるんだろうかと訊けば、
代表的なものや予防するためのものなど、結構ある。上に挙げたものはカテゴリーというかジャンルであり、その中にまた種類があるという。
「これ俺が習得できたりはするわけ?」
「今ならば習得は可能だろう。それに元々この世界には、魔力が少なくとも魔術を行使するための仕組みが残っているようだ」
「え?」
「別の世界の魔導王の名を見つけた。そこから力を召喚する術式だろう。名自体は広く伝わっているのではないか?」
「へー魔導王の名前、どんなの?」
「ああ、先頃見つけたのは旋律王として知られている御仁だ」
「うーん、旋律王⋯⋯知らないんだけど」
「アイゼン明王だ」
「は?」
◆
多元宇宙を表す言葉が仏教にもある。
三千大千世界、つまりは一〇億もの世界があるのだと説いているし、『十方諸仏』という言葉もあって、地球のようなものが無数に存在するという大宇宙を「十方」と言い、その無数に存在する世界それぞれに仏がいるという。
そして明王とは呪文の王。
ラン・クザルの言うところ、彼の故郷である異界の火星には多くの神々がいたが、創星には複数の魔導王が関わっていたのだと伝わっているらしい。
▼
「ん⋯⋯よし」
今はともかく魔法の習得が先決だ、──ということで、まずは俺がどの程度できるのか見てもらおうじゃまいか、その後にゼヒに技術指導を。ということになった、というかした。
ラン・クザルは普段、感情をほとんど表に出さないくせして、すごくイヤそうな雰囲気を醸し出していたが説き伏せた。
「さあ、お待ちかね。俺の【奇術】をとくと見よ」
また微妙な顔をされたが知らない。
◆
魔法陣とはたとえば、
また、本来、縦と横しかないはずの文字の世界に、高さの次元を加えることでさらに多種多様な表現が可能になった三次元文字とも言える。
魔法文字と魔法絵文字の
【
小さな光を踊らせる。空中に光の文字や図形を描く。
一吹きの風。風の中に音か臭いを雑ぜる。
火を点す、消す。
対象を綺麗にする、あるいは汚す。
対象の物質を冷やす、温める。
一時間、対象に印や色、味をつける。
手のひらに収まる幻像を生じさせる。
枯れた花を蘇らせる。
どこまでが無害なのか少し疑問だけど。
◆
コンクリブロックに座ったまま、足下の石をどかした。
潰されて萎れた花に手を向ける。
手の周りを微かな光が取り囲む。
カクカクとしたコマ送りのように、緑の葉は瑞々しい姿に戻り、小さな黄色の花弁が開く。
どうだ、とラン・クザルを見れば、なんだかやたらと真剣味を帯びた目で花を見つめていた。
「もう一度」
同じことを、同じ花に、と言われ疑問に思いつつも言われた通りにした。
「もう一度」
花は蕾に戻り、茎が短くなっていく。
「もう一度」
広がっていた葉が小さく、数を減じ、その範囲を縮小していく。
「⋯⋯⋯⋯やはりお前のこれは【奇術】の効果ではないな」
俺も試しているうちにおかしいと感じていた。花を蘇らせるどころか、小さく幼くなっていく。これでは時間の──。
「【
「⋯⋯⋯⋯」
眉根を寄せた。「本当に?」という思いを込めつつ。
「⋯⋯⋯⋯」
ラン・クザルはあごに手をやって少し考えてから口を開いた。
「お前、なにか能力を持っているだろう。〈
肯定も否定もないうちからの断定だった。といっても、今さらラン・クザルに隠すようなことでもない。俺は素直に〝転移〟について話した。
「⋯⋯フェイジングか」
どうやら転移は正式名称を【
「位相転移は
多元宇宙でいう別世界、別宇宙とは違うらしい。特に黒霧世界はその世界に重なるように存在する、薄い帳(とばり)の向こうの世界。
「一門の秘伝として伝えられる知識かと思っていたが、そういうことでもないらしいな?
▼
「結局のところ、花を蘇らせる【奇術】には失敗していたってことか⋯⋯。【奇術】によって適性がわかるっていう話があったから、花を蘇らせる、てのが回復系の魔法の適性を表していると、そう思ってたんだけど⋯⋯?」
「間違ってはいない」
俺は思わず顔をしかめた。
「じゃあ、俺に回復系の適性はない?」
「いや、そうとも言い切れん。同じ結果を導き出すにあたり、慣れぬ術式による魔法行使より、生得的な能力が前面に押し出されたとみることもできる。訓練次第だろう。どれくらいかかるのかは知らんが」
「たとえば、人体の仕組みとか、傷口が再生していく過程なんかを知っていたりすると、その手の魔法を覚えやすかったりするのかな?」
「一面としては正しい。自然現象の仕組みを知ることは魔法を使う上での取っ掛かりとしては良い。それらを知っていることで知らない者より早く実践できるようになるかもしれない」
しかし、と彼は続けた。
「それを魔法の原理と錯覚したなら、一定の水準から飛び抜けることはかなわないだろう。本来、魔法とは知識に
立ち上がったラン・クザルを見上げた。
「んじゃ、魔法に親しんできた人らはまずなにをすんの?」
「魔法に親しむ前に魔力(マナ)に親しむことだな」
「それどうやんの?」
「感じろ」
「俺不感症だからもうちょっと具体的に」
「霊的な意識集中に欠かすことのできない方法論としてまず挙がるのは──瞑想だ」
言うだけ言ってラン・クザルはさっさと飛び去った。
「瞑想ね」
手鍋や器を片しながら呟く。
そういえば、彼の調査の進捗を聞けなかったな、と思った。
目を開け。
Open your eyes.
感覚を研ぎ澄ませ。
Expand your sensibilities.
感じろ。それがマナへと通ずる。
Feel. That is the path to the mana.
ラン・クザルとインスタントラーメンを食べる。
旨さチョモランマ級と宣伝されている袋麺、その名も『チョモランマーめん』。
ずずず、ずずっ。
「うまいでしょ? チョモランマーめん」
「マーメン……」
「ラーメンね」
「……ちょもらん、ラーメン」
「マーめんね」
「……マーメン」
「ラーメンね」
ガチャンッと器にフォークを叩きつけたラン・クザルがものすごい威圧感を発して立ち上がった。
「ラーメンか、マーメンか、はっきりしろ」
GLOSSARY
-用語集-
●
魔力とは『満ちたる流れ』と言われ、偉大なる神秘の源である。
大気に充足し、生きとし生けるものは呼吸によってマナを体内に取り込みやがて覚醒し、自らもマナを生み出す。そして意識的にしろ、無意識的にしろ、マナを活用するようになる。
大気に満ちるマナ、特に世界と世界の狭間を満たすマナを『
●魔法
どこまでいってもファンタジー。
シュッてしてビッと来たらギュッ、ドッカーン! なんだよ? かんたんでしょ。とか言ってるやつの方がつおい。
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