18 サイトシーイング




 頭がおかしいレベルで瞑想し、荒廃世界に【位相転移フェイジング】し、戻ってきては瞑想し、黒霧世界コクムーにフェイジングし、瞑想し、時に〈青斧アオノ〉と〈紅斧コオノ〉を振り回し、大学に行って瞑想した。


 瞑想によって俺は、フォースを感──違う、マナをより身近に感じられるようになった。


 魔石から魔力を取り出すコツも掴んだ。


 いずれ怪物たちと対峙しなければならない。

 特に黒霧世界の怪物たちと。フェイジングを多用する以上は避けては通れないだろうと思う。

 しかし、毒、感染症、呪いへの対抗呪文カウンター・スペルの習得には至っていないため、今は怪物たちを観察し情報を集めるので精一杯の状況だ。


 実はあらかじめ防御の魔法をかけておくことはできる。せっせと魔力マナとの親和性を高めてきたおかげで、手帳──秘訣集アルカナムを見ながらなら問題ない。だが毒や感染症、呪いについては瞬時に解けるよう呪文を準備しておきたい。それこそ反射的に発することができるレベルまで。


 毒、感染症、呪いは防御を貫通してくることも〝稀によくあること〟らしいから、罹った時に、即動けなくなったり、舌が痺れたり、体調の変化で思考がかき乱されたり、こういった致命的な事態に陥ることは充分に考えられる。


 そうならないためには、できれば身につけるタイプの魔導具なんかで予防できればいいのだけど。


 少し前から、ラン・クザル以外の幻想世界の住人との接触を真面目に考え始めた。

 向こうの探索者らが少しずつスカイツリーを降りて来てるらしいから。

 魔導具や水薬ポーション類を融通してもらえるなら万々歳だ。


    ▼


 最近、不良警官・国光からの催促の電話がうるさい。


「まだかな、まだかな〜。リトル・グリーン・マンまだっかなぁ? あ、今デンワしてっから待って! え? なにもしないよ? ちょっと休憩するだけだから。え、違うよ? アミューズメント・ホテルだよ? だから安心してくれよぉ。へへへ。カラオケもあるからさあ。あ、待って! ちょっと待──」


 という留守電を粛々と削除して、一台のバスに乗り込んだ。


 荒廃世界において、迷宮と化してしまったスカイツリー。


 俺のいる現実世界で、今の時点で異常は見られないのか、一度確かめておこうと思った。


 東京の観光地を巡っている空飛ぶバス──正式名称をスカイシャトル。通称──空バスで向かうことにした。

 一番外縁にある停留所、調布飛行場から乗り込む。


 スカイツリーまで賑やかしいおばちゃんたちと一緒に一時間程度の低空飛行の旅となる。


 本来なら代々木公園、明治神宮に立ち寄るのだが、今は代々木一帯が自衛隊によって封鎖されているため、上空を素通りすることになる。

 代々木に差し掛かると、眼下に見えるはずの封鎖された一帯を見下ろして⋯⋯眉根を寄せた。


 違和感がある、のに──ない。


 なんだこれは。


 見えているのに認識できない。


 曖昧なドーム状に不自然なモヤ──霧がかかってる。


 周りの座席のおばさまに尋ねてみるも、何がおかしいのかわからない様子だった。「やっぱり明治神宮へはお詣りできないの? 残念ねえ」なんて言っている。霧にさえ気づいていない。


 これは〝こうなったから封鎖した〟のか、〝封鎖してからこうした〟のか。


「⋯⋯⋯⋯」


 心を、精神を整え、魔力マナを感じ取る。


 取り巻くマナに同調する。


 ──目を開く──。


 モヤの合間に輝く魔力の流れを視る。


    ◆


魔法の感知ディテクト・マジック


 第零階梯ゼロ・ディグリという初歩の初歩。しかし一つの奥義とも言えるもの。

 これに呪文があるわけではない。

 いうなれば、魔力の運用法。

 魔法のオーラの存在を知覚する。

 それは初め極めて曖昧模糊としたものだったが、マナとの共感が得られるに従い、徐々に鮮明さを増していく。種類や強度の異なるマナの輝きと流れが理解できる。それを視るためのフィルターを通常の視界にプラスする。


    ◆


 間違いない。何らかの超常的な偽装工作が施されている。


 欺瞞を暴くための心当たりはあった。


 手帳を開く。


 光が滲む文字に指を滑らせ起ち上げる。飛び出す絵本みたく折り畳まれていた三次元文字。


 立体的な魔法陣。


 一つの魔法。


 眼球に投写されたそれが回転する。


真実を視るトゥルー・シーイング】。


 ⋯⋯⋯⋯はまだ実行できなかったので、【透視クレアヴォヤンス】で見通す。


 ただ濃い霧を発生させる【濃霧フォグ】ではなく、意識を誘導し、認識を妨害する【覆い隠す霧ミストヴェール】に近しい魔法を抜け出す。


 代々木公園から北西の住宅地の方へ続く、かっちりと区画整理され、高い壁に囲まれた町。

 外周に自然を残しつつ、空き地は多め、プレハブ小屋もあるがしっかりとした建物も散見される。


 資材トラックや自衛隊の車両が行き交い、多くの人の姿。

 自衛隊員だけじゃない、彼らに交じって、神主や巫女、僧侶らしき格好の人たちがやたらと見えた。


「なんだ⋯⋯? どういう状況?」


 思わず呟いた。

 よく見ようと【遠見ファーサイト】を使おうとして即座にやめた。

 すべての魔法行使を取りやめる。

 下を見るのもやめて、座席に深く沈み込む。


 気のせいかもしれない。でも、下から見返された気がした。しかも複数人に。

 正確な位置は知られていないと思うけど、どうだろう。背の高い建物は周囲にそれなりにあるし、飛行している車両もいくつか。


「⋯⋯んー」


 取り囲む魔力マナの変化を敏感に感じ取ったのだと思われる。


 確実に、新たに魔力に覚醒したもの──ルガルタだ。


 それが神職や僧侶なら、瞑想なんてやり慣れているだろう。俺とは積み重ねてきた経験値が違う。マナを感じる能力において何枚も上手だったとして不思議はない。


 身バレしたところで問題はないと言えばない。が、もしまかり間違って監視でもされて行動しづらくなるのは避けたかった。


    ▼


 当日券を買い、スカイツリーをのんびりと見て回った。

 とりあえずスカイツリーに異常は見られなかった。マナのおかしな揺らぎもなかったように思う。


 展望デッキのカフェでミックスサンドとスカイツリーラテを頼み、景色を見ながら昼食とした。


 スカイツリーを出ると、魔力マナとの同調を始める。通行人の邪魔にならないよう気をつけながらゆっくりと歩き、意識を高めていく。

 周りの動きが速くなったり遅くなったり。

 風景にノイズが混じる。

 行き交う人たちの間に黒く塗り潰された人影──荒廃世界の影。

 それを捉えたまま、先日のラン・クザルとのやり取りを思い出していた。


    ◆


「平行世界はたとえば樹木のように無数に枝分かれし存在している。その枝は常に並んで伸びていくのではない。大抵、その枝と枝の距離は徐々に離れていくものだ。お前の転移は一定の距離間を移動しているのではない。だから慣れるということが難しい。だから世界を移動するたびに転移酔いを起こす。一方で、お前の言う黒霧の世界は常に世界の隣にある。薄く透明な、しかし認識できない者にとっては果てしなく分厚いとばりの向こう。だが、だからこそお前は慣れることができる。できた」

「じゃあこっちに転移することに慣れることはないんだね? むしろだんだん難しくなっていく」

「そうだ」


 枝と枝の距離がどれくらいの速さで離れていくのかはわからない、けど⋯⋯。


「いずれ確実に不可能になる」

「そういうことだ」


    ◆


 集中する。

 さらに集中する。


 黒い影の色が少し薄まった。

 どれも現代にはいない奇抜な格好をしていることがわかる。

 外套、鎧、剣、盾、杖。

 十五、十六⋯⋯見える範囲で十八人。多いと見るか少ないと見るか。仮に六人パーティとすると三組。

 スカイツリーの足もとを探索の拠点にするのだろう、テントの設営などを行なっているようだ。


 世界と世界の間をゆらゆらとさまよう。


 集中を続け、歩き続ける。


 いきなり姿を現すわけにはいかないので、離れた物陰に。念のため魔法の探知に引っ掛からないよう、彼らから南西に150メートル程度距離を取った。


 荒廃世界の影が薄まっていき、鮮明さを増していく。


 逆に、現実世界に行き交う人たちが黒い影となって塗り潰されていく。


 三半規管も影響を受けたものか、こみ上げる強烈な嘔吐感。


 胃が捻れていくようだ。汗が噴き出し、血流にも異変が生じる。心臓の鼓動が鼓膜を震動させた。


 ──現実世界ゲンセ──と──荒廃世界コウセ──が入れ替わる。


 崩れた建物の壁に手をついて吐くのを堪えた。全身に汗が滲んだ。

 深呼吸を繰り返すと、スッと気持ちの悪さが引いていく。


「そこのお前。何者だ?」


 後ろから投げかけられた声。


 マンガみたいに汗が頰を伝った。

 やべっ。


 







GLOSSARY

 -用語集-


●【真実を視る/トゥルー・シーイング】  魔法

 あらゆる真実を見透す高位階魔法ハイディグリ

 蘇生と同等の実行難易度。



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