16 猿の名は
いくつかの〈
赤い宝石っぽいものはどうやら魔石という認識でいいみたいだ。
魔力エネルギーの塊。魔導具制作に使用したり、単純に魔力の補助タンクとして持ち歩くらしい。
魔力を取り出すにもコツが要るようで空いた時間に練習しているが、今のところ上手くいっていない。
◆
次に指輪。
治癒の指輪と違ってハマっている石は少し大きいのが一つ。この指輪にも精緻な模様が刻まれている。
模様はいわゆる魔法陣だとか術式だとか力ある言葉だとかのそういうものだ。
意識を集中し、指輪にハマった石の中に両手を突っ込むような感覚で、そこにある物を掬い取る。そうやって意識を向けると石の中に何が入っているのかが自然とわかった。
石から意識を浮上させる。
その時には、両手に二本のそっくりな手斧が握られていた。
円形に近いM字形に
兄弟剣よろしく兄弟斧とかいうのだろうか。夫婦斧?
握ると魔力によって片方が青に、もう一方が赤にぼんやりと光る。
光量は操作できるみたいで、抑えるように意識すると光は消えた。
ブーメランのように飛ばすためなのか柄も短いし、斧のわりには軽く薄く平べったい。明らかに重さで切断する感じではない。少し頼りないように思った。
◆
頭ん中に収まっている情報を引き出すのにも限界が見え始めた頃から、俺はまた
◆
荒廃した世界であるのをいいことに、斧を振り回してみると、頼りないなんてことはまったくないとわかった。
崩れたコンクリートから飛び出した鉄筋が切れたのだ。
草や木が抵抗なくスパスパ切れたので調子に乗って試したら切れた。
それでも
この異常な切れ味を発揮するには、ぼんやりと光った状態でなくてはならないようだ。
正しく魔法の斧。
そして魔法の武具には名前が付きものだ。なんて少年なココロを発揮して、青く光る方を〈
次はもう遠慮せず思いきり投げてみた。
そもそも投擲斧だからして。
そしたら今度はズガッとビルの模造大理石の壁を貫通した。
驚いたのはそのあとで、投げた斧が微かな光を散らして手に戻ってきた。
あとで手帳で調べてみて知ったが【
そう、ある程度は、だ。
たまに戻ってこない時もあって、いそいそと取りに走った。
ちょっと楽しくなって「おりゃっ!」と投げると、高さ4メートルほどの樹の太い幹をスッパリと切断した。断面が滑り、地に落ちて、ゆっくりと横倒しになっていく。
──⋯⋯oooooh。
そんな声が樹から響いた。
「⋯⋯ん?」
慌てて〈
◆
〈
よろめき歩く木。肉食植物。油断している旅人のキャンプに忍び寄ることで悪名高い。蟲系の魔物に弱く群がられている姿を見ることも。
◆
俺も狙われてたってことか。
「Oh⋯⋯」
▼
手の中で指輪を転がす。
今はともかく、近いうちに斧の
指輪は言わば収納の指輪だ。
どれくらい入るのか、その辺の瓦礫を入れてみたが収納できたのは五つ。その枠を斧で取られるのは少しもったいない。
試しにその辺の廃車を試してみると、入った。五つしか入らないが、けっこう大きな物でも仕舞えるようだ。
指輪から小石を取り出し、一つ空きを作ると、背中のリュックが入るかを試してみる……と入った。
――……ん? あれ?
▼
〈
まずはなんといってもあの猿のことが知りたい。森から出てくるのを、離れたビルの外階段から張り込んだ。
太った懐中時計みたいな〈
〈
なるほど。喧嘩を売り歩く猿か。なんか昔あったどっかのストリートギャングを思い出す。
ただ、見かけた猿たちはすべて黒か茶色の毛で、黄色は一体もいなかった。
あいつどこいった。
なんて考えていると突然、爆発音染みた咆哮。森から一斉に鳥が飛び立ち、すぐに連続する打撃音が轟いた。
森の中ほど、樹々の合間から飛び出た尖塔に登った巨大な猿がドラミングしていた。
デカい。
レンズで覗いて確かめてみると、〈
体長は最大の目撃例で15.2メートル。
メガネ型の
続いて端末上に周辺の地図情報を呼び出した。当然ながらこの荒廃世界のではなく、現実世界の地図なので違いはあるものの、そこは今は仕方がないと妥協する。
森になっているところを地図上に緑の射線で記す。全貌は窺えないほどの大森林と言っていい規模なのでまずはわかる範囲だけ。ついでに〈
映画『猿の惑星』よろしく帝国を築き上げてたりしないか心配になった。
▼
半日歩き回って付近の魔物をあらかた確認した。
トライポッドは〈
散々追いかけられた強風を起こす犬は〈
怪獣大決戦をしたワニとイノシシは図体デカいくせに見つけるのに苦労した。ワニは〈
他にも赤紫色の
魔物だけあってどれもこれも脅威度は高い。
〈
▼
夜。
シャワーを浴びて、夕食を済ませ、今は九時をいくらか回った時間帯。
コーヒーを用意して机に向かう。
日課になっている情報の書き出し。端末への記録と同時に、手帳にも同様のものを書きつける。
何気に手帳がすごく便利。
検索するとき端末の場合は具体的なワードが必要だ。しかしこの手帳〈秘訣集〉は、〝なんとなく頭の中にイメージはあるけど言葉にはできない〟みたいな曖昧な状態でもページを捲るとその辺の記述に飛んでくれる。そしてどれだけページを消費しても今のところ尽きることはない。
もはやこの手帳こそが最も貴重な物になってしまった感がある。
日課を終えて、〈
しばらくそうやっていると――フォン――と微かな音が鳴り、台座に魔物の立体映像が投影された。
「お」
出た。
登録されている魔物の閲覧ができるんじゃないかといろいろと試していたのだ。
台座下の小さなダイアルを回すと映像が横に流れて次が表示される。
「よしよし」
◆
黒い霧が立ち込める白い空間――
ここには昼も夜もない。
正直、ちょっと困っていた。
黒い霧のせいで距離を取って怪物を観察することができない。どこにいるのかもわかりにくい。突然飛び出してくるかもしれず、自然と普段より慎重にならざるを得ない。
霧はモノの形も距離もキケンも何もかもをも包み隠してしまう。
一体見つけるだけで三日かかった。
二種類見つけるのにさらに一週間。
しかも結果はアンノウン。
◆
部屋にマットを敷き、開脚して四肢を伸ばしつつ、目の前に置いた〈
未発見。新種。
ラン・クザルのいた世界で、しかるべき場所にこの観察結果を持っていけば、発見者として記録され、それなりの報奨金も貰えるらしいが、俺にとってはあまり喜ばしいことではない。
報奨金を貰うために迷宮を踏破してファンタジーの世界へレッツゴーとはいかないし、行けるとも思えない⋯⋯今は。
それほど情報はないがラン・クザルの記憶ではダンジョンの難易度はそれなりに高いと判断している。
これからも頻繁に
だが現状では真逆、まるで無し。
「……ふー」
入念にストレッチを行いながら考える。
徹底的に避けて通れるならいいが、不意の遭遇は十分にあり得る。いざ対処しなければいけないとなった時に上手く切り抜けるためは、余裕を持った状態で対峙しておくことが必要だ。
対処法を自ら確立しなければならない。
「……」
その結果、ただ怪我するだけならいい。よくないが、まだいいそれは。
問題は毒や感染症の類いだ。もしかしたら〝呪い〟なんてものもあるかもしれない。いや、かもじゃない。実在するんだ。
いずれも罹ったときに処置のしようがない。
この場合、現代医療も当てにはできない。
未知の毒物に感染症、呪い。地獄の苦しみの果てに死ぬのは遠慮したい。死んでしまっては意味がない。
荒廃世界で拾った
この
今度会ったときにラン・クザルに相談してみるか。【
GLOSSARY
-用語集-
●
以前は両方あわせて〈青紅斧/ハチェット・オブ・ブルー-クリムゾン〉と呼ばれていた。
●【回帰/リターニング】 魔法
確率で手元に戻る。矢に付与されがち。
今回は斧に銘(な)を付けたことで、ハレヲに紐づけされ機能するようになった。
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