15 風に吹かれて
最近サボりすぎたので、今日は講義を受ける。
相変わらず遠巻きにされている。
人は多いのに、俺を中心に進む空洞化。
俺は元・適度な不良高校生であって、ゴリゴリの
一つ嘆息して、[ボブ・ディラン]の『Blowin' in the Wind』を聞きつつ、手帳を捲る。
だいたいこうやって素晴らしい音楽で雑音はシャットアウトしてるので、当たる風もなにもどこ吹く風ではある。
ストリートギャングだのヤンキーだのとまったく係わりがなくとも、寄ってくる奴は寄ってくる。この二年の間に学習したことだ。
それでいいと思ってる。
◆
あの日、
警察には報せていない。
説明できないし、証明もできない。
写真を撮って見せることはできるだろうが、そんなことしたら最悪、犯人として逮捕されかねない。
死体を発見したわけではない。生存者も見てないけど。状況からして絶望的だろう。彼らには同情するが、してやれることはない。
バスが行方知れずになった際、噂になっていたミステリーサークルは写真と動画に記録しておいた。
ミステリーサークルがあったためにバスの行方不明は誘拐事件ではないかと憶測を呼んだが、俺はある意味でそれは正しかったんじゃないかと考えている。
ミステリーサークル――あれは魔法陣じゃないのか。
つまり誰かが乗客ごとバスを
同時に抱く一つの懸念は、俺のほかにも
一応、周辺を調べてはみた。
ほかに何らかの痕跡はないか、それとなく周辺に聞き込みもして、バスの行方不明に関して続報がないか
この件に関して、『覚えておくこと』以外に今できることはないと結論付けた。
◆
三週間。
多くの時間を使って部屋に籠り情報の書き出しをしていたが、もちろんそれだけではない。
俺はこの期間に遂に魔法が使えるようになった。
ラン・クザルから受け取った情報と、手帳のおかげだ。
手帳の文字もほぼ問題なく読める。だからアプリの精度が上がるのを期待して待つ必要もなくなった。
手帳はこの持ち主が書き溜めてきた呪文書、魔導書と呼べるものだった。
どうやら本人は〈
それにプラスして簡単な日記、とまでは言わないが、印象的な出来事があった際のメモ、といったところ。
俺がこの手帳を持っているということに、少しだけ持ち主やその家族に悪いなと気にしていたが、メモを読むとそんな気は失せた。
コイツ特務部隊の精鋭でありながら、都(みやこ)を騒がせている『切り裂き魔』だったらしい。血族や流派によって秘匿されている呪文の蒐集がその目的だった。こうなってくると、その被害にあった者たちに多少申し訳ないと思う──が、悪いけどこれは俺が有効利用させてもらう。
不意に風が吹き、ぺらりと本の表紙が捲れる。
これである。
俺の魔法。
本のページを捲る魔法ではない、念のため。
残念ながらまだライターほどの火すら指先に灯すこともできないが、風を吹かせることに成功した。窓とか開いてたら区別つかないけど。
【
魔術的手品と呼ばれる最も初歩的な呪文の一つ。見習いが最初に習うという小魔術。
この【奇術】という一つの魔法の中に、複数の効果を及ぼす術式が込めれていて、どれが発動しやすいのか、使い易いのかによって適性を観ることができるらしい。
適正についてはよくわからないが、毎日の練習の結果、いくつかの無害な感覚効果を起こすことができるようになった。
心情的には、けん玉やペン回しをするように軽く体を動かしながら、パズルや迷路、シミュレーションゲームで最適解を探すようなイメージ。
要するに、遊び感覚だった。
魔法が使える。
大したことはできずとも、そのことでここ最近の俺のテンションは高い。
◆
世間では、リトル・グリーン・マンの噂が盛り上がっている。
バスについて聞き込みをしているときにも何度か話題に出た。
リトル・グリーン・マンによる(と思われる)殺人事件が報道され、どっかのワイドショーでは火星人の侵略だなんだと騒いでいる。
ほかに全国的なニュースとして、各地で広範囲に渡って発生している地割れが問題になっていた。
いくつかの場所で周辺住民をすべて避難させる事態になっており、それらは警戒区域に指定され、当該地域を封鎖するに至っている。
東京でも渋谷区代々木一帯を自衛隊が封鎖。代々木公園に活動拠点を整備し運用している。
ほかにいくつかの大都市と、地方にも複数、高い壁に囲まれた封鎖区域が存在し、本当に地割れなのか、政府は何かを隠しているのではないかという声が高まっていると、周辺住民の不安の声も併せて報じられている。
代々木の一つを見ても、都会の真ん中で一ヶ月も二ヶ月も大した説明もなく封鎖が続いているのでは、不安と不満も高まろうというもの。
それどころか、もう二年以上に渡って封鎖が解かれていない地域の話もあるのだとか。
最近のメディアはこの話題にご執心のようで、格好の餌を手に入れたとばかりに散々煽っている。
◆
乱暴に扉が開かれて、教室から音が消えた。
こちらに歩いてくる制服警官の姿を見とめて、思わず俺は顔をしかめた。
「なんでここに……?」
「やっと見つけたっぞ、兄弟!」
知った顔の制服警官――国光はこちらを指差してそんなことを叫んだ。
「だれが兄弟だ。アンタ交番勤めだろ、なんでここにいんだよ」
「そんなことはどうでもいいっちゃ。めっきりオレっちんとこ顔出してくれなくなっちゃってさあ」
「知らねっつの」
「相談があんだっちゃ」
「なんだその口調、むかつくな。やだよ」
「そんなこと言わないでさあ」
ヘラヘラと軽薄で相変わらず馴れ馴れしい。すり寄ってくる国光のスネを蹴っ飛ばす。「痛えや、兄弟」とか言ってるが無視する。兄弟ではないからだ。
国光は勝手に横の席に座ってスネをさする。
「お前や宇佐木や新九郎がいないとさあ、困るんだよぉ」
「なにが?」
「キャバのおねえちゃんたちからのモテ度がじぇんじぇん違ーう!」
「黙れ不良警官」
当時、未成年のくせに金があった(主に『ド
「相談ってそれ?」
「いや、頼む。協力して?」
「なにに?」
「なんかに」
「はあ?」
「なんでもいいから手柄を立てたいんだっちゃ!」
「なにそれ」
「や、そろそろオレっちも? 刑事になりたいかもしれなくて? だから何か輝かしい功績をさあ。あ、そうだよ、いま噂の殺人犯リトル・グリーン・マン捕まえさせてくれよ。はろ、お前なら正体掴むのも余裕だろ?」
「そんなわけあるか」
「むっちゃ頼むっちゃー。だからおねがーい」
すごく、うっとうしい。
「そもそも二年前にデカい手柄を立てたろ?」
「いやあ、オレっちの評価が低すぎて〝誰か〟のおこぼれに与ったことがバレバレ? みたいな?」
「ちゃんとしろよ。ってかアンタ上昇志向とは無縁だろ? 急にどうした」
「それはな」
「それは?」
「モテてぇんだよお! うなるほど!」
「帰れ」
やっぱり出世うんぬんは単なる口実みたいだ。
狙ってる女がいるだとか、先輩にイジメられてるだとか、ちやほやされたいだとか、ぱやぱやしたいだとか言って縋り付いてくるうるさい国光に協力を約束させられた。
意気揚々とブンブン手を振って帰っていく姿を見送って、俺は机に突っ伏した。
◆
無意識にそれを特異な術として活用できるのは、さらにその中の1パーセント。
それら〝一万人にひとりの者〟を『アルヤール』という。
ルガルタという語に、「高みの、天頂の、高貴な」といった語をくっつけて、縮めた形の言葉のようだ。
◆
一万人に一人マジもんの超能力者が確実にいると考えるとすごい。と思ったが、よく考えたら俺もその一人だった。
客観視できていないというか、俺自身、転移ができるといってもすげぇって感じにはならない。火の玉を飛ばせるとかの方が実感できたかもしれない。
実感か……と少し考えて、それを得るために客観的な観測と記録ってやつを試してみようと思った。
少し前から気にはなっていた。
身体能力が上がっているんじゃないかと、ここ最近ふとした瞬間に思うことがあった。
サム・ライミ監督版『スパイダーマン』のピーター・パーカーみたく、一夜にしてムキムキになるようなスゲーことが起きたわけじゃない。
駆け足したときや扉を閉めるとき、マーマレードの瓶のフタを開けるとき。たらこマヨやケチャップのチューブを絞るとき。些細だけど日常のちょっとしたことだからこその違和感というか、そんなのがあって、それが頻繁に起こるとどうしても気になる。
推測だが、これも魔力が関係しているのだと思っている。
身体能力の上昇について、手帳にもその辺の記述はなかったし、ラン・クザルから受け取った情報にも存在しなかった。おそらく最初から魔力を持ち、当たり前に活用してきた彼らにはない知識なのだろう。
ってことで、陸上部にお邪魔することにした。
▼
俺は体育会系スポーツマンとはなぜだか相性が悪くて、いつもやたらと嫌われるんだけど、今日は珍しくすんなりと話が進んだ。フルーツ牛乳を持参した甲斐があった。
部長ほか数人と一緒に腰に手を当て横並びでフルーツ牛乳を飲む。
「で? なにやりたいんだ?」
「んー、走り幅跳びですかね」
前に夢で見たビルからビルへと飛び移る二人組の印象が未だに残っていたせいかもしれない。
部員が練習を行う合間に混ぜてもらい、正式な形で数値を測り、動画で記録もしてもらう。
左手を上げて「行きまーす」と走り出す。
徐々に加速、近づく踏み切り線を視認する。
鋭い呼気と共に、跳躍──浮遊感……からの着地。
倒れ込むようなことはしなかった。イメージはビルからビルへ飛び移ることなので、そのまま前方に軽く走り抜ける。
Uターンして記録を測ってくれている二人の元に行き確認する。
記録は8m90cm。
結構飛んだじゃないかと思ったが、夢の中のあの二人が軽々飛んだ十メートルには届かなかった。
「ありがとう。お邪魔様」
様々な条件が揃ったうえでの最高の値が知りたいわけではなく、むしろ無理なくコンスタントにどれだけ跳べるかの方が重要なので、俺にはこの一回で十分だった。
軽く手を振って競技場を離れる。
「はあっ? はあああッ!?」
後ろからそんな奇声が響いた。
チラリと後ろを振り返ると、奇声を発していた部長と目が合った。歩みを止めないまま彼に向かって真顔でサムズアップしてみる。
前を向いて歩き出すと後ろから「待てぇえええっ!」という大音声が追いかけてきた。再び振り向いてみれば猛然とダッシュしてくる部長の姿。顔が怖い。俺も競技場の出口に向かって走る。
「待て! 貴様は陸上部に入るべき人材だっ!」
「遠慮しときます」
「なぜだッ? って待てっつってんだろッ! なぜ逃げる!?」
「いや追うから」
これ以降、陸上部への入部を迫られている。もちろん入る気はない。
無意識的に潜在魔力を肉体の強化に充て、自覚できるほどに急激な身体能力の向上を感じる者はこれからそれなりに現れるはず。俺なんかよりよほどすごい記録を叩き出す者も同様に。もしかしたらすでに陸上部の中にいるかもしれない。
そうなれば、部長の熱も冷めるだろう。
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