09 変わる日常、裏で蠢く非日常
翌朝。
昨日とは一転、外は今にも泣き出しそうな曇り空だった。
ついでに俺のゴキゲンも曇り気味だった。別に俺の名前がハレヲだから晴れの日以外は好きじゃないとかそういうことじゃない。名前の漢字も晴れとは関係ない。
朝っぱらから誰かの叫び声で安眠を妨害されたせいだ。奇声を発しながら「火星人ゴーホーム」とか叫んでいるのは聞き取れた。
寝てたのに思わず「なんでだよ」と声に出してしまった。
それで目が覚めた。
▼
ミリタリージャケットのポケットに忘れずに治癒の指輪を入れ、昨日調達した物を詰めたリュックを背負い家を出た。
◆
家は辰川町の中心部を臨むちょっとした高台に位置し、目の前には畑が傾斜に沿って40メートルほど続いている。
秋にもなれば幹線道路向こうのアパートや周囲の住宅にいくつかの甘いフルーツの香りを提供する。
反対側に目を向け、車で少し行ったならウチの山が見えてくる。
これも秋になれば、きのこ狩りに運が良ければ松茸も穫れる。
俺の部屋は母屋ではなく、離れの二階にあった。一階はガレージ。二階は倉庫、その改装された一角が俺の部屋だ。シャワー、トイレ、キッチンがあり普通の賃貸物件と遜色ない。内装は祖父の趣味と経験に基づいていて、レトロな洋風アパートみたいな感じになっていた。
特にキッチンが顕著で、白いタイル壁に壁棚、調理器具とかまでわざわざ用意したようで、銅鍋などが吊るされて、その他レトロな雰囲気で統一されていた。
俺自身そういうのを使ってみたくなって、茶を入れることから始まり、自炊することも多くなり、横の母屋に家族がいんのに一人暮らしみたいな感じになっている。
◆
駅に向け歩きつつ、端末でニュースを開く。
すでに世界のテレビはネットワークを通して言語の障壁にもわずかの遅滞なく視聴できる。
最近の世界的なニュースとして、豪華客船アタラクシア号が乗員乗客3000人ごと忽然と消えたと連日報道されている。
日本でもこの二日間で、集団での行方不明が三件と相次いでいるらしい。
中でも気になったのが、俺が通う大学最寄り駅から市内へ向かうバスが一台、乗客二十三人とともにひっそりと消えた。
付近の道路に刻まれたミステリーサークルなんてものが発見されたことで、実は誘拐事件なのではないか、近いうちに何らかの要求があるのではないかと、一部報道で騒がれている。
▼
家々に囲まれた通り、朝の通勤時間とはいえ、今日はやけに人通りが多いなと思っていると後ろから声をかけられた。
「おう、ハレヲ」
「じいさん?」
祖父だった。小柄で白ひげ。てっぺんの尖ったニット帽。上はジャケット、下は灰色のジャージにエアジョーダン。普段ならこんな駅に近いとこに朝からいるはずがないんだけど。
「なにしてんの」
「ちと呼ばれてな」
「そ」
古くから知り合いの田舎のジジババたちは、朝の六時前から「いる~?」とか言って玄関を開けてくるとか〝ざら〟なので、朝から用事といっても特に不思議はない。納得し頷いた。
「人が多いな」
「うん」
などと話していると前方に人だかり、パトカーまで停まっていて、黄色いテープで規制線が張られていた。
ざわざわ、どよどよ。
パシャパシャというカメラ音。
集まっている人たちの不安や疑問、それから好奇が見て取れる。
近づいてみると、規制線の内側に知った顔を見つけた。テンション低めで呼びかけてみる。
「おっきしっまさーん」
三十も半ばの興島刑事が不機嫌そうにこっちを向いた。横にいるうちのじいさんに気づいて軽く会釈し、俺を横目で捉えつつ口を開く。
「なんだ、今日はおまえの相手している暇はないぞ」
「いや、アンタに相手してもらいたいなんて一度も思ったことないです」
「相変わらず生意気だな。これはもう、警察学校へぶち込んで警官にするしかないと思うんですが、上杉さん」
「ほう」
「なんでだよ。じいさんも、ほう、とか興味持ってんじゃねーよ」
「ラーメンおごってやるぞ」
「そんなもんで釣られるわけねーから」
「やれやれ、おまえ知らないのか? フィリップ・マーロウも【長いお別れ】の中で言ってるだろう。『警官にさよならを言う方法はまだ発見されていない』って。至言だな」
「うっせー」
興島もこの辺りの出身で、なんやかんやとじいさんに世話になったこともあるんだとかで、古い付き合いらしい。
俺が中学生の時、学校から帰ってくるとじいさんや興島、古本屋の店主、オカマバーの筋肉ネエさんなど、数人が家の前でイノシシの解体をしていたこともあった。で、当然のごとく宴会になだれ込んで夜中までどんちゃん騒ぎ。おとなってやつは、と呆れたのを覚えてる。
仕方のない奴だみたいな顔をする興島にメンチを切りつつ、何があったのか訊ねる。
「殺人?」
「ふん、まあそうだ」
苦々しい顔で肯定する。
「これに限らずおかしなことが続く」
こちらが首を傾げると、事件現場なのだろう袋小路になっている路地の奥へと、興島はあごをしゃくって見せた。
「目撃者がいたんだ。が……」
「が?」
「……火星人だと言うんだ」
「はあ」
「最近話題になってるだろ? リトル・グリーン・マンが犯人だと言うんだ」
「はあ」
「なんだその気の抜けた返事は」
「いやだって、火星人て」
「大変だったらしいぞ、初動捜査を行っていた奴らは。目撃者の一人が錯乱して奇声を上げながら街中を走り回ってるってよ」
「あ、『火星人ゴーホーム』か。俺も聞いたわ」
「あ、わしさっきそれ捕まえたわ」
じいさんの発言に「はあ?」と興島と声が揃った。
「久我埼さんとこの
また「あー……」と興島と期せずして声が重なった。チッチッチとお互いに連続で舌打ちして下っ端チンピラムーヴで睨み合う。
「さっき言ってた〝お呼ばれ〟ってそれね」
「おう」
「現場はひどいの?」
興島に訊ねる。
規制線が張られたここからは、袋小路になっているはずの奥は窺えない。
「ああ。いや、どうかな」
「ふー……ん?」
目の前を警察ロボットがタイヤを転がしながらスクリーンを設置して、野次馬の視線を遮る。目隠しの向こうで死体が運ばれていくのだろう。
周囲のざわめきが大きくなる。連続するシャッター音。それらを見回して一つ息を吐いた。
「……なんか⋯⋯みんなはしゃいでない?」
「当事者やその家族にとっておぞましい出来事でも、他の連中にとっては格好の暇つぶしなんだろ」
それもあってのこの興島の不機嫌顔なのかもしれない。
発言の続きをじいさんが引き取った。
「そう聞くと悪趣味だが、自覚はなかろ。いつの間にか好景気などと言われておるが、生活実感は追っ付かんし、格差は広がっているのが実情の現在、現実から目を反らしたいことも多いんかの」
俺は、ぱっと頭に浮かんだ言葉をそのまま口にするように言った。
「自分にはどこかにもっとずっと素敵な人生があるって思ってんだよ」
たとえばメディアの中の人や暮らしを見て、繊細な少年少女が思い描くもの。
デヴィッド・ボウイの『Life On Mars?』の中で、少女が退屈な現実にガッカリし――1971年当時「火星の生命体」存否で世間を賑わす火星探査に目を向け――「火星に生命はあるのかな?」と声を上げるように(※)。
それは本来、大人になるにつれ折り合いをつけていくものなんだろうと思う。しかし完全に取り去ることは難しいのではないか。まるで刷り込まれた反応のように。あるいは『夢』などと称されるのかもしれない。
要は、隣のじんだ味噌だ。隣の花は赤くて、隣の芝生は青いんだ。
たぶん俺だってそう変わらない。
何か起きやしないかと『アリス・イン・ワンダーランド』を聴きつつ、街をぶらついていたあの頃から。
もう退屈の玉座にいるのはうんざりなんだ。
きっとここにいる奴らもそうなんだろう。
その結果が、どういうことになろうとも。
※難解な曲なので、一つの解釈として受け流してくださいませ<(_ _)>
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