08【解Dr.9】
携帯電話基地局を搭載した無人航空機が成層圏を旋回することで、世界すべての人々が高速インターネットへの接続が可能となった。
デジタル格差は解消された。
次の段階として、中国が人工衛星による次世代移動通信システムを組み合わせた地球規模の情報ネットワークの構築を進めている。
◆
情報インフラは益々発達し、拡張現実はより身近なものに、ロボットは産業用のみならず、民生用も一般化した時代になった。
AIがAIを育てることでテクノロジーのブレイクスルーが次々と起こっている。もはやAIの超高速の思考過程は人間には理解できない。開発者にすらそれはブラックボックスと化している。
というようなことを端末で見た情報番組でやっていた。
五十過ぎのタレントコメンテーターが「来ますね。スカイネットが」とか言っていた。
◆
スマホがなくなったわけではないが現在、「ウェル」と呼ばれる装着型端末が急速な広まりを見せている。
単に「メガネ」と呼ぶこともあるそれは、最初に広まったのがメガネ型であったからだ。
通話、インターネット、メールやゲームなどの通常アプリはもちろん、現実世界の物に貼り付けられたジオタグを使った拡張現実など様々な用途に使用出来る。また非常に高度な
ここ数年で「チョーカー型」「ピアス型」「ヘッドホン型」「イヤホン型」などのバリエーションも増えている。最新のものでは耳の裏への埋め込み型というのも登場した。
次は角膜接触型デバイスだという話だ。
メガネ型以外のそれらのものは、手首に装着する補助端末と併用することになる。
首周り、頭周りの端末とリンクするブレスレット型の端末は、それの左右、手のひらから前腕の中ごろまでをスクリーンとして映像をクリアに投射する。
検索、画面のスライド、メールの作成・送信などを思考で操作する。
俺が普段使いしてるのは丸メガネ型の他に、最近はヘッドホン型も使ってる。
ヘッドホン型は外して首に引っ掛けるだけでもネットへのアクセス等、操作に問題はない。
◆
涼やかな鈴の音と共に、古代文字・暗号解読アプリ【解Dr.9】のインストール終了通知が届く。
手のひらのスクリーンに、
『古き秘密の探索(Quest for Ancient Secrets)へようこそ。』
と描き出された。
▼
もう一度あの荒廃した世界と、黒い霧の世界へ行こうと決めたが、すでに夕方であったこともあり、夜にあの世界で行動するのはちょっと危険すぎるという判断のもと、今日はその準備に充てることにした。
極端な話、向こうの世界に夜があるのかは確かめてみるまでわからないし、勢いで突っ走って、普通に夜が訪れて、暗がりの中を手探りで歩くなんてのはゴメンだし。ライトを持ってあちこち照らしながら探索するのも怖すぎる。自分がここにいると喧伝しているようなものだ。
今この場所から行くことも考えたが、やめた。
あの荒廃した世界で、ここ辰川町界隈はどうなっているものか。少なくとも昼間の場所なら大地がないかもなんて心配だけはしなくていい。あとは猿に会わなければなお良し。
ヘッドホンをして[アース・ウィンド&ファイアー]の『FANTASY』を聴きながら買い物に出た。
いくらかの日持ちする食料やアウトドア用のグローブ、着火ツール、ロープ、ピッケル、携帯コンロ、それらもろもろを入れるリュックなんかを調達、店を出る。
歩きながら少し考え、通販サイトを立ち上げた。手のひらのスクリーンを見ながら、刀鍛冶工房が制作したというシースナイフと、超人スポーツブランドである『ウィズノ』の安全靴、ミッドカット・プロテクティブスニーカーを購入する。
ネットで買った物は高速輸送システムを利用して、帰りがけに受け取ることにした。
◆
地下空間と建物の余剰スペース、パイプスペースを活用し、宅配便と郵便物を自動搬送するシステムは、高級集合住宅なら完備されている。そんなイイトコに住んでいなくても、一時預かりサービスの営業所が地域にそれなりの数が存在している。
◆
そうして営業所に寄りつつ自身の部屋の前に着いたとき、暗号解読アプリ【解Dr.9】から、解読作業完了の通知が──ポーン!──と手の甲にポップアップした。腕時計を見るようにそれを確認。
完了と言っても解読できたわけではない、あくまで作業の完了を知らせる通知。期待薄ではあると思っているが、少し楽しみでもあった。
◆
近年、未解読であった文字体系は続々と解読が進んできている。
歴史的資料や文字の数など、十分な情報量があるものはその多くが解読された。
未解読文字がなくなる日も近い、なんて言われ始めた矢先、最近になってなぜか急に未知の文明の文字がいくつか発見された。そのどれもが既知の言語からかけ離れた孤立言語というものであるらしく、世界中の暗号ファンを沸かせつつ、専門家の頭を沸騰させているらしい。
◆
意外にも解読に成功した箇所がいくつもあった。
もちろん、光が滲む図形の連なりを始め、解読できない空白が大半を占めているものの、解読できたところがあることに驚いた。
スゲーな解読博士と。
これはどういうことだろう。
異世界のファンタジーの住人が使用する文字だ。てっきり孤立言語であると思っていたが、まさか地球に存在する文字体系に共通するものがあるというのか。
いや、そう考えるのは早計か。
暗号解読アプリ【解Dr.9】は使用されるたび情報を蓄積し、その精度を上げていく。
つまり――。
ちらりと手帳を見る。
――俺の他にもこの言語の解読をアプリで試してみたヤツがいる……?
「……んー」
これもまた早まった考えかと、とりあえず、今いくら考えても真実は見えてこない。忘れずに頭の片隅に留めて置こうと思った。
この言語を実際に使用している彼らに接触することは可能だろうか。根気良く付き合ってくれるような関係を築けるのか。
あの敵意剥き出しの戦闘と殺し合いを見ると……なかなか難しい気がするけど……。
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