03 適度な不良高校生
ヒマ過ぎる。よし死のう。
そんな結論に至ることはさすがにないけれど、せっかくの春休み、寮の部屋にこもっていても仕方ない、外に出ることにした。
ヘッドホンをつけ、[ビル・エヴァンス]の『アリス・イン・ワンダーランド』を聴きながら。何か起きやしないかと期待して。
◆
とても信じられないが、この辺りはかろうじて東京都心への通勤圏内に引っかかっているのだという。
輸送技術の急伸は、山に囲まれた自然豊かな地方都市と言えなくもないような気がするこの町にも恩恵をもたらしている。
町は真ん中にある私鉄線の駅を共有して北と南で新旧が分かれてる。ここ数年で、まるで映画のセットみたく見える建売の新興住宅地に変わった丘の上から見下ろせば、その違いは一目瞭然。
南側の『辰川町』。駅前には古くからの商店街、田畑に果樹園、古いお屋敷、家屋に土着の人々の暮らしがある、楽観的かつ時代遅れの町。
対して北側の『辰川ニュータウン』。きっとそのうち新幹線だとかリニアモーターカーなんかが走るだろうという甘い見通しの元で大規模な開発により発展してきた歴史がある、楽観的かつ図々しい町。
悪し様に言ったけれど、俺はこの町が嫌いじゃない。
◆
駅に近づくほど人の出が多くなる北っ
寮のある住宅街から、オフィス街を抜けて、駅周辺の繁華街。レストラン、カラオケ、映画館、ゲーセン、ボウリング場、イベントホールにショッピングモール。
春休みということもあり、やはり俺みたいなガキの比率が高い。
少し視点を変えれば、昼間はひっそりとこの町に影を落とす歓楽街が見える。
キャバクラ、ホストクラブ、ピンサロ、ヘルス。夕方にもなれば、プラカードを持った怪しげな客引きどもと共に、ケバケバしい電飾が欲望を吸い寄せる。
風俗ビルの横っ面に張り付いた真新しい看板の文字が目に飛び込んできて、俺は思わず呻いた。
『ワクドキ・おとなの幼稚園』
うぇっ。
▼
ヘッドホンを外し、首に引っ掛ける。
駅前広場に知った顔を見つけた。
ヤツの服装は黒のタンクトップにカーゴパンツ。タンクトップから見事な三角筋と上腕三頭筋が伸びていた。
それにしても桜が咲き始めているとはいえ、まだまだ肌寒い。特にこの町は山に囲まれていて、そこからの吹き降ろしの風は身を切るようだ。俺だってパーカーにマフラーをぐるぐる巻いているというのに。バカなのだろうか。
ヤツはまだ俺には気付かず、道行く女の子に声をかけていた。
女の子、シカト。
うなだれる。
ご愁傷様。
ヤツは気を取り直して顔を上げると、再び声をかける女の子を探し始めて、こちらに振り向き、俺に気が付いた。
「お? はろ」
俺はあごを上げるようにして一つ、大きく頷いた。
「
◆
倉田遼平とは小学校にあがる前からの幼馴染みだった。
高校に入ってすぐボクシング部に所属したのだが、三ヶ月もしない内に辞めていた。理由を聞くと『新入生が先輩方より強いと……ねえ?』ということらしい。なにかトラブルがあったんだろう。本人は別にオリンピックだとかプロだとかを目指すわけでもなしと、部活を辞めたことにもあっけらかんとしたものだった。以来、ちょくちょくボクシングジムには通っている模様。
◆
「たまたま通りかかっただけだから。ナンパ、続けていいよ」
「見てたのかよ」
へへへ、と遼平は少し恥ずかしそうに笑った。
「宇佐先輩は?」
俺の後ろを覗き込んだりしながら、一緒じゃねーの? と言う。
宇佐先輩とは、うさのんのことだ。大抵の人はうさのんを宇佐先輩かウサギ先輩と呼ぶ。
「俺ってそんなにあの人と一緒にいるイメージ?」
「うーん。そう……でもないか」
「だろ?」
「でもあの人がいればナンパなんて楽勝だろ?」
「だとしても、お前に旨みはないけどな」
「うぐっ! 不公平じゃね?」
「お前だってゲイ・バーに行けばモテモテじゃん。筋肉ゲイボーイたちのアイドルじゃん」
飛び交う歓声、フォーッ!
「うれしくねえんだよ……ああ、筋肉ネエさんのトラとウマが⋯⋯!」
別に偏見があるわけじゃない。バーのママ兼オーナーは、俺たちが小学校に上がる前からの昔馴染みだ。
ナンパを切り上げた遼平と、暇を持て余してブラブラした。途中、どっかのヤンキーにケンカを売られたが、二人とも無傷で切り抜けた。こういうことも、時々はある。つまりケンカを買うことも、売ることも。
遼平が部活を辞めたことに微塵も後悔がないのは、こうして拳を試す機会があるからだ。最近は特に。
俺に関しては元々の目の良さと、書籍からの知識を遼平をはじめとした幾人かを実験台にすることで、これまでわりと何とかなってきた。
◆
カラーギャングをはじめとした、いわゆるヤンキーは、2000年代後半には衰退したという話だったが、平成の終わりから微増を続け、一定の数を維持し、2028年に元号が平成から
といっても。
俺たち自身はあくまで『適度な不良高校生』を自称している。
◆
「なんか、寒いな。な?」
タンクトップの遼平が言う。そりゃそうだろバカ、とは思うだけにしておいてやった。
「どっか喫茶店でも入ろうぜ」
「ああ。じゃあ……」
いつの間にかオフィス街に差し掛かっていた。場所を選ばない働き方の普及により、全国的にオフィスビルは急速に減少しているようだが、この街にはあまり関係ない。さすが時代遅れで図々しい街。高級ブランド品の店も軒を連ねているが、俺たちにはまったく関係ない。
「――戻るか」
▼
陽が落ち始め、空が一秒ごとに濃淡を変化させる頃合。チカチカと街灯が点る。その中の一つが息切れを起こしたかのように点滅を繰り返す。
そんな寂しさを覚えるかもしれない情景はしかし、この町には無意味だった。
駅から吐き出されてくる人たちが、バスから降り立つ人たちが、それぞれの目的に従って(あるいは目的などないのかもしれない)集まってくる。人の通りはますます増して。
ファミレスの窓枠に切り取られた世界をぼんやりと見つつ、時間を潰した。
ロータリーに列を作る族の車。
のろのろと流す車から、今日のお相手を得ようと声をかけてる。
――ねえ、彼女カワうぃね。遊ばない? ってか、オレとヤんない?
声をかけられる女も愛想はいいが、しっかりと品定め。気に入らなければ、はい次のひとー。
脈なし、と男が諦め車が去ると、並んでいた次の一台が進み出る、また次の一台、次の一台。まるでファストフードのドライブスルー。
族の車はスポーツカータイプのものが多かった。彼らは、警察の分類でいうところの違法競争型暴走族というやつだ。いわゆる『走り屋』のチーム。
◆
昔からこの辺は走り屋が多い。かつては長野・松本方面を結ぶ交通の要衝であった峠道があるからだ。標高889メートル、急斜面に31のカーブを有する難所が命知らずの走り屋たちを惹きつけた。
通称ウルトラ峠。
正式名称が当然あるけど、この辺のヤツらは使わない。頂上のドライブイン跡に、でかい『光の巨人』の人形が置いてあるからウルトラ峠といわれていて、俺たちも自然とそう呼ぶようになっていた。
◆
そんな彼らを眺めていると、同じところを見ていた遼平が鼻で笑って呟いた。
「なんだありゃ。なんか回転寿司みてーだな」
どうやら同じようなことを考えてたらしい。
だいぶ冷めてしまったコーヒーを一口。遼平はいつの間にか熱々のポタージュスープをすすっている。
「そういや、聞いたか?」
窓の外の景色に飽いたのか、遼平は体の向きをこちらへと変えて言った。
「最近できた新興のチームが
適度な不良高校生である俺たちはチームなんてものには所属していないが、適度な不良高校生であるがゆえにその〝テ〟の話も入ってくる。
「別のヤンキーが台頭してきたってだけだろ。みんなヒマだからな。珍しくもない」
人材不足、労働力不足が叫ばれているのに、俺たちの世代に限らず、なぜだか人は時間を持て余しているように見える。
「まあそうなんだけどよ。そのチームってのがゴリゴリの武闘派で、『喧嘩党』とかって名乗ってる。徒党を組んでケンカを売り歩いてるって話だ」
「またストレートなネーミングですな」
「まあ、ネーミングセンスはともかく、お前も気を付けろよ、はろ。最近はただでさえ通り魔がどうの、連続失踪事件がどうのって騒がれてるしな」
まだ捕まらない通り魔と、少し前から短期間のうちにこの町でもう三十人近い奴らが行方をくらませている失踪事件。テレビでも報道されたそれは、何人かがただの家出だったことと、他に大きな失踪事件が起こったことで、今は下火になっているが、まだ発見されていない者も二十人以上はいるはずだった。
なんだかそういう事件が全国的に増えてるらしい。隣の市では高校の一クラスが丸ごと失踪したことで、連日報道されている。
「この町の失踪事件にその喧嘩党が噛んでるなんて噂もある。通り魔もそこのメンバーだってな。からまれたらすげーめんどくさそうだろ?」
たしかに、と笑い合ってからコーヒーを飲み干すと、席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます