第21話

知恵の神様。初めて、人からそう言われた。


「……わたし、は、人……」

「えぇ、見た目は人でしょう。ですが貴女様の使った未知の魔法、人離れした美しさ。そしてその体躯から繰り出された、大型魔物を仰け反らせる力。それは正しく神様であると判断しました」


周りを見ると、神様や、ありがたやと拝んでいた。


「……っ!」


私は耐えきれず、おばあちゃんとクルネの家に飛び込んだ。


「私は……知恵の神様……。本当に……?」


疑心暗鬼。確かにオオカミに言われた時からそうなのかもしれないとは思っていた。

だがそれを正面から突きつけられて、あったのは悲しみだった。


(集落ひとつを救えなくて、何が神様なの……?)

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泣き終わり、おばあちゃんの胸から顔を離す。


「もう……大丈夫」

「そうかい。……おや、カイは?」


そう言われて周りを見渡すと、皆私の家の方向を見ながら拝んでいた。

泣きながらも、薄々聞いて、気づいていた。


知恵の神様、カイ。その事実を真正面から突きつけられて彼女が一番傷つくとしたら何だろう。

無知への嘆きか?人と違う喜びか?

違う。神様でありながら、人を守れなかった悲しみだ。

辿り着いた時に恐らく二人亡くなっていた。しかしカイはスレイスを真人間に戻そうとする程の純粋に優しい子だ。それほど、人を愛しているのだ。


「私、カイと話してくる。……おばあちゃん、これでアップルパイ作れる?」


預かっていた大きな林檎を渡すと、おばあちゃんは静かに頷く。

私は急いで雪を蹴り飛ばして家に入り、自室に向かった。


「カイ!」


思った通り、カイは私の部屋で膝を抱えて泣いていた。


「クルネ……」


顔を上げた彼女は、泣き腫らしていて、涙が溢れていた。


「私は守れなかった……二人……亡くした……。神様なのに、守れなかった……」


そうだと思った。純粋な彼女だ。急に神格化されて崇められても、残るのは悲しみ。

そんなカイをそっと抱きしめる。


「……確かに、カイは知恵の神様かもしれない。オオカミと会話したり、力が強かったり、覚える早さが凄かったり。

でも、今のカイは人の身。天から見る目じゃなくて、地上を見る目。地上を歩く人。だから、間に合わなくても責めないで。カイが来たことで救われた命がいる。……集落は、終わってない」

「クルネ……クルネ……!」


そう言って彼女は泣き始めた。それは産まれた赤子のように純粋で。初めて『カイ』が産まれた瞬間なのだと思った。

彼女をそっと抱き包む。カイも後ろに手を回して泣いている。

カイは確かに超人を超えた神様だ。それでも、今の体は人なのだ。

ひとりの、人なのだ。アップルパイで喜び、スレイスの行動に嘆き、知らないことに対して貪欲な、人なのだ。


少しして、カイが泣き止む。


「私は……明後日、アイシクルに出発と思う」

「理由を聞いてもいい?」


問いかけると、銀印を見せられた。


「わ、初めて見た。それ、グレイシアの銀印だ」

「そう。……私に救える命があるなら。その術があるなら。何より、分かることがあるなら。私は行きたい。だからクルネとは……」

「うん、私も行くよ」

「……ぇ?」


カイが驚いた声を出す。ここでお別れだと思ったのだろう。


「だってカイ、一人じゃ何にでも突っ込んでいきそうだし。私も広い世界見たいし。だから着いていく」

「でも、この集落には……」

「戻れないかも、でしょ?……悲しくないとは言わないけど、それでも私は着いていきたい。おばあちゃんだって、応援してくれるはずだから」


後でおばあちゃんと話そう、そう思っていると扉が開く。


「クルネ、アイシクルまで行くのかい?」

「おばあちゃん……。もしかしたら、アイシクルよりも遠くに……」


その言葉に頷いてアップルパイを運んできてくれる。


「……行ってきな。アンタとカイちゃんに、この集落は狭すぎる。元冒険者のアタシが言うんだ。……ただ、金勘定に気をつけるんだよ」

「おばあちゃん……!」


喜びながら、アップルパイを食べる。カイも、口に入れる。


「私は忘れない。このアップルパイの味も、おばあちゃんも、集落の皆も」

「あぁ。そう言われると安心するね。おかわりもあるよ。……何せ、リンゴがデカくてね。擦るのが大変だったんだからね?」

「おばあちゃん、おかわり」


そう言っておばあちゃんに空の皿を渡す。おばあちゃんは笑いながらおかわりを取りに行った。


(……明後日。それまでに、支度をしないと)

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