第19話

「楽しみ」

「ふふ、カイ楽しそう!」


街から出て、帰り道の雪を踏みながらカイは笑顔で林檎を持っていた。

そんな彼女に釣られて私も笑顔になる。

他愛も無い話をしながら、歩いていった。スレイスの事や、カイが来る前の授業の話。街での暗黙の了解など。


集落が近づいてきたその時、異変に気づいたのはカイだった。


「……クルネ」

「どうしたの?カイ」


かなり深刻な声で私を呼ぶ。その声が何故か不吉に思えて、思わず身構える。


「これ、持って後から来て。私は先に行く」

「え?えっ、カイ……カイ!?」


そう言ってお土産の林檎を私に渡すと、彼女は雪の上とは思えないぐらい素早い走りで集落へと向かって行った。

カイがお腹を空かせて駆けつけるのなら私に林檎を預けるはずもないし、声も真剣なものじゃない、いつもの綺麗な高い声のはずだ。


(集落に何かあったっていうの……!?)


私は荷物を持ちながら、小走りし始めた。

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「ひぃっ!」


ドシン、ドシン。四足歩行で角の生えた、魔物と呼ばれる存在が集落を闊歩していた。

アタシはそこに家の中にあった丸太をぶつける。

一瞬こちらに目を引かれた隙に、村長に視線を送る。

村長は意図を汲み取ったのか、尻餅をついている男性に手を差し伸べる。


「こっちじゃ!早く!」

「そ、村長……」


アタシは狙われたままだが、このままじゃ終われない。

若い頃は魔物退治をやっていた経験が、身体を動かす。


「にしても……クルネ達が居ない時で良かったよ」


あの子達は。あの子供たちだけは喰われてはならない。ここで死ぬべきでは無い。

村長に『アレ』を見せてもらったあの時、いっそう、そう思った。

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「なんだい村長、改まって話って」


クルネ達が学校に出かけて行った日。村長は問いかけてきた。


「気づいているのではないか?……あの、カイという女の子の特異性について」

「……まぁ、それはそうだね」


傷一つない身体、フランスパンの知識。あれはどう考えても思い出したのではなく、今知ったものだ。


「……グレイシアに伝わる、古い歴史。ウチの集落も、『これだけは守れ』とよく先代から言われたもんじゃ」


二重底になっている引き出しを開けた村長が出したのはそれはもう、ボロッボロになった紙束だった。


「……なんだいこれ」

「雪国グレイシアの建国当時のエリート達が残した、『知恵の神』の記録じゃよ」


その中を捲ると、神託に居合わせたであろうエリートの記録がある。


「ふむ……?

私達は知恵を授かるべく貴方様に捧げられる巫女です。どうか、私の命と引き換えに知恵を授けてくださいませ。

……嫌だねぇ。こんなんじゃ知恵の神様も愛想を尽かすだろうに」

「読み進めてみるとよい」


言われた通り、大事に捲る。すると、神託ではなく声が聞こえてきたとの記述があった。


「私は生贄など必要とはしません。ですが、貴方達の場所において巫女が無傷で生還となればその存在は無くなりましょう。ならば、神託はそこの者に任せて私の中に入りなさい。そして、神託ではなく、好きな質問を一つしなさい」

「……では、名前を。知恵の神様の、名前を」


ページを捲る。そこでアタシは愕然とする事になった。


「貴方のその問いに答えましょう。

私はカイ。貴方達人間の求める物に『解』を示す者です。……それでは、神託の方に……」


そこまで読んでからアタシは村長に振り向く。


「おい、まさかあの女の子……!」

「……あの子は儂の魔法を見ただけで理解し、使えた。そして凍傷や霜焼けひとつ無い身体。不自然な場所での遭遇。……間違い無いじゃろう。あの子は……いや、あの御方は……」

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「はぁっ!」


既に屍となった数人の前で戦い続ける。家にあった、昔の獲物……両手剣だ。

しかし年老いたアタシじゃ時間稼ぎにしかならない。かと言って、街まで援軍を頼みに行った集落の人々を待っている暇はない。


(……相打ちかね。ごめんね、クルネ、カイ)


そう思った直後だった。

何か小さい影が魔物の背中を蹴り飛ばす。

四足歩行の魔物は前に押し出されると、そちらを振り向いて吠える。そして、小さい影へと突進していく。


「……安らかに」


見えたのは赤紫色の閃光。それが見えたと同時に、どさりと魔物は倒れる。


「魔物の神経伝達部分を全て圧迫させて、信号が二度と届かないようにした。……ただいま。おばあちゃん」

「……カイ……」


その数十分後、クルネと街へ援軍を頼みに行った男衆、援軍が来る。


「……大物ですね。これは誰が?」

「彼女だよ」


アタシがカイを指さすと、頷く。


「グレイシア護国軍の者です。失礼ですが、お名前を聞かせてもらっても?」


その問いに、彼女はやはりあの名前を答えた。


「カイ。……それが、私の名前」

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