第18話
「その、カイちゃんは知恵が欲しいの……?」
女店主さんが背中を撫でながら遠慮がちに聞く。
その言葉にカイは泣いたまま頷く。
「私は、わたしは……名前以外、何一つわからなかった……。今は皆が教えてくれるけれど、それが全てとは限らない……真実とも限らない……。だから、私は知らなければいけない……」
そっか、と女店主も撫でてくれていた。
ふと、私に疑問のようなものが浮かんだ。しかしそれは飲み込めなかったフランスパンのようなもので、言葉にならない違和感。
(私は、この状況に何か違和感を感じている)
それが何なのか結局分からずに、カイの背中を撫で続けていた。
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「ありがとう、ございます」
ざっと五分程。カイが泣き止むまで背中を摩っていた。カイが立ち上がると、女店主が改まって礼をしてくれた。
「ありがとうございます。正直、私は力がなくて……。あの手の輩は追い返せないんです」
「……うん」
「突っ込んで行ったのはカイだから、お手柄だね」
あの時フランスパンを買いに行こうと逃げた私に対して、カイは真っ向から揉め事を解決しに行った。真っ直ぐな子なんだな、と思う。
「まぁ!本当にありがとう。宜しければ何か礼をさせてくださいな」
「それなら……この店にある、本を幾つか読ませて欲しい。勿論落書きもしないし、試し読みをするだけ」
「ええ!それぐらいで良ければ!それでクルネちゃんはどうしたの?」
「あぁ、今日は彼女用のノートを買いに来たんです」
私と女店主が話している間に、カイは周りをキョロキョロとしながら、本を一冊手に取る。
(……よく分かるかもしれないグレイシアの歴史……?)
胡散臭そうなタイトルの本もあるんだな、と思いつつそれをパラッと捲って元に戻す。
その間に私はカイのノートを買って待っておく。
「……ん」
(知識の原点……また難しそうな本を……)
カイはそれを手に取って、興味深く読んでいく。
「……知恵の神様って、実在したんだ」
「あら、カイちゃんぐらいの魔法を使える子が珍しい!でも、確かに実在したか、という確証は昔の事だから確認しないと分からないわよね」
「うん。知恵の神様がもし全ての知恵を持つような神様なら、最後の言葉が気になる」
「最後の言葉?」
それに疑問を持った女店主と私は近づく。
「『私の知恵を争わず、平和に生きなさい』。もしも、知恵の神様が全ての知恵を持つのならこの時の考えとしては3つ考えられる。
1つ。既に教えられる知恵を全て与えたから逃げの手段をとった。
2つ。人間に愛想を尽かした。或いは見放して、最後を飾った。
3つ。……多分、一番これが確率が高いと思う。人間という雛は、私という知恵の親鳥から離れて一羽の鳥となるべきだ」
なるほど。つまり、逃げた、愛想をつかした、人間の成長を促した。この三択の中でカイが一番感じるところがあるのは成長を促した、の論なのだろう。
「へぇぇ……名前以外は知らないって言っていたけれど、頭の回転早いんだね」
「そう?……ありがとう」
女店主さんが褒めると、カイは首を傾げながらお礼を言う。
「それじゃ、また来ますね!」
「うん!クルネちゃんもカイちゃんもまた来てね!」
「うん、また来る」
そう言って店の外に出る。粉雪が降り注ぐ中、パン屋へと向かう中で聞いた。
「私がもしも本当にそうなのだとしたら、最後以外有り得ないと思う」
「ああ、さっきの話?」
もしも本当にそうなのだとしたら……カイが全てを忘れた知恵の神様だとしたら、という仮定である。
「うん。勿論他のふたつも可能性が無いとは言いきれない。
でも、人間が知恵の神様から齎されたものを改良して、もっと良いものにしたとしたら。
知恵の神様は、知らなければいけないのだと思う。その知恵を」
なるほど。知恵の神様は、同時に未知の探求者でもあるという事か。
そんな事を考えていると、ふと果物屋さんが目に入る。
「……美味しそう」
「……美味しそうだね」
そこには丸々と、艶々としたどデカい林檎があった。
「フランスパンの代金を引くと……うん、買える!」
「買って帰って、おばあちゃんにアップルパイにしてもらおう」
二人の意見は合致して、片手からでは溢れ出るサイズのリンゴを買った。
尚、持つのはカイだった。終始ご機嫌な彼女を見て、フランスパン屋の店主はフランスパンを割引してくれた。
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