第17話
初めて街に出たカイ。周りをキョロキョロと興味深そうに見渡す美少女に、周りの人も思わず目を奪われている。
「カイ、行くよー?」
「あ、うん」
街の入口に突っ立っていないで、歩き出す。その間も店や家を見渡していた。
「ここにも人が住んでいるの?」
「うん。どっちかというと、私たちみたいに集落みたいな外れで住む人が稀かな」
「そっか」
納得したような返事が来たところで、ノートを買っているお店に来る。
そうすると、中から何か喧嘩のような声が聞こえる。
「うわー、揉めてる……。先にフランスパンを」
「行こう、クルネ」
「えっ!?」
悲しいかな、有無を言わせぬカイの腕力は私を本屋の中へと引き摺り込んだ。
「だから!困るんですよ!勝手に使われちゃ!」
「ああ!?ただノートの書き心地を試しただけじゃねえか!」
必至に説明する女店主と、それを強く出たか男が喧嘩している。
「ん、ノートに書いたの?」
「あ?んだおめぇ」
カイが男の方に話しかけた。男はガンを付けるように屈む。
「おーおー、可愛いこって。その顔面が汚くなりたくなければ口を挟まないこったな」
「私からも。人の売り物を買わずに使った貴方が謝罪をしないなら考えがある」
その言葉に男が大笑いする。腹を抱えて、膝を叩いて。
「おー!威勢がいいな!んで?どんな考えだ?」
「言うと思う?あの人に謝って。十秒あげる」
そう言うと、男は立ち上がって笑った。そして、カイに蹴りを入れる。
「誰が謝るかバーカ!」
勢いよく振り上げられた脚を掴んで、カイから『見たことの無い色』の魔法が発せられる。
その瞬間、男はどさり、と尻餅をついた。
「な、何が、何が起こった……」
「身体を司る神経。そこに負荷をかけた。今なら謝ったら許して治してあげる。謝らなかったら……それは、貴方が一番よくわかってるいるんじゃない?」
この時、カイの無表情で無機質な声に初めて恐怖を覚えた。
神経というのは脳からの信号を送る動線だ。そこに負荷をかけた。それも、男が立ち上がれないほどの。
つまり、このまま行くと男は歩けなくなる。いや、文字通り手も足も出なくなり、最後には言葉すら出なくなる。
男もそのカイの言葉と無感情さに恐怖を覚えたのか、店主に謝罪する。
「お、俺が悪かった!このノートは俺が買っていく!お金はここに、ここにある!だから……」
男が辛うじて財布を取り出す。それを受け取った女店主さんが、キッチリ貰う。
「あ、謝った!お代も払った、だから、だから……」
「うん。治すよ」
そう言ってカイが男性に手を当てると男性は直ぐに立ち上がる。
「同じような事をしたら、これじゃ済まない。直ぐに……」
「も、もうしない!しない!!」
脱兎の如く店から逃げていった男性を見送って、女店主にカイは近づく。
「ひっ……」
「ごめんなさい。貴方のお店で、大問題を起こしてしまった。あなたにも辛い思いをさせてしまった」
礼儀正しいお辞儀をすると、店主が私に聞いてくる。
「ク、クルネちゃん……この子、あの男の人と関係は……」
「全くない!今初めて会った!」
手をブンブン振り回す。女店主とは長い付き合いだ。私の言葉に納得してくれたのか、ホッとしたようだ。
「えっと……」
「カイ。私はカイ」
「カ、カイちゃん。貴女は問題を解決してくれたから……その、ありがとう……」
カイは頭を上げた。ただ無表情で、氷の彫刻のような整えられた美少女。そしてその目を向けて謝った。
「もっと、相談して解決する方法もあったと思う。けれど、あの人はそういう人じゃなかった。……恐怖を与えて、ごめんなさい」
「そ、その……一応聞くけど、神経にってやつは」
「本当。身体の神経に一時的な負荷をかけて脳からの信号を受け取れないようにした。あの後放っておくと信号が徐々に受け取れなくなって、完全に動けなくなる」
ヒュっと喉が鳴る。そんな危険な魔法をどうやって知ったのか。まさか図書室ではあるまい。となれば。
(……オオカミ)
にわかに信じ難いが、転生を繰り返して彼女の下僕であるオオカミの知恵だ。それを何らかの手段で受け取って、使った。
その時、カイは悲しそうに言った。
「……何でだろう。私は、こんなこと、望んでいなかったはずなのに。もっと、平和に解決する方法があったはずなのに」
見ると、カイは泣いていた。女店主さんも、私も近づいて背中や頭を撫でる。
「……もっと、私に知恵があれば。知識があれば。他の道もあったはずなのに……」
もしも彼女が知恵の神様だと仮定して。言い伝えも真実だとした場合。
『争わずに、平和に生きなさい』と言った知恵の神様とは真反対の行動を取ったことになる。
本当にそうだった場合、カイの悲しみは私には計り知れない。
最も人間の平和を愛し、争いを嫌った神様が、人間を力で脅かしたのだから。
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