第16話

「掃除は終わったなー?んじゃ各自解散だ。今日も気をつけて帰れよ」


先生が教室に集まった皆を見ながら言う。男子達はガヤガヤしながら出て行った。

私たちはこれからカイのノートを買いに行かなきゃならない。カイにとっては初めての街中だろう。


「クルネ。図書室に寄りたい」


そう思っていた中、カイが言う。図書室に何かしら用があるのだろうか。


「良いけど……。ノート買うから、あんまり長くは居られないよ?」

「うん。大丈夫」


カイは自信満々に頷くと、歩き出した。表情は変わらなかったが、何かしら目的を見つけて図書室に向かったのが雰囲気でわかった。


図書室に人はあまり多くない。精々居残り組が駄べるか、テスト前に一夜漬けするクラスメイトがいるぐらいだ。

そんな中カイが選んだのは、意外にも絵本だった。先生や同級生には小さい子もいるので、その子たち用の貸し出し用として置いてある。


「絵本?」

「うん。絵本」


てっきり魔法の本とかかと思った。拍子抜けだ。

カイが選んだのは王道の絵本だ。騎士が囚われたお姫様を助け出し、最終的に結婚するというごく普通の絵本。

それをペラペラ……と読んでいくと、元に戻す。そして新しい絵本を手に取る。

次はちょっと暗い物語だ。お互いの家は敵対しているが、その子供たちが恋をしてしまった。最終的に仮死状態となった相手を見て、発狂した女性が自殺。目覚めた後、男もその後を追った……というストーリーだ。

それもパラパラ……と捲って頷くと戻す。


「ここはこれで十分。後は……」

「ま、待って?今ので話の内容覚えたの?」


絵本とはいえ、カイがページを見ていた秒数は1ページにつき10秒あるかどうかだった。カイは当然、とばかりに頷く。


次に向かったのは魔法の本棚だった。片っ端から捲っては戻し、捲っては戻し。それを繰り返していた。


「えーっと、カイ……?」

「ん、何。クルネ」


手をとめない彼女に申し訳なさがありつつ、聞く。


「……何で、そんなパラパラ捲りで読んでいるの?」

「……少し、言いづらい」

「そっか、なら言わなくていいよ」


その言葉に初めてカイが驚いた顔を見せた。手に本を持ったまま、こちらを向いている。


「……聞かないの?」

「うん。言いづらいならそれはきっと言いたくない事だから。いつか、言える時に話してくれればいいよ」

「そっか。……ありがとう」


感謝を述べて、またページを捲り始めた。

______________________________

清掃終わり。私は、オオカミの所へ向かうことにした。


「スレイス。オオカミの名前決まった?」

「……いいえ。まだよ」


そう、と言って私は歩く。雪を踏みしめながら、檻の前に辿り着く。


『我が主、何用でしょうか?』

「……貴方は私に仕える存在、そうなのね?」


スレイスが何を馬鹿な、という顔で見る。しかし、オオカミは服従の姿勢をとって伝える。


『はい。私は貴方様に仕えるべく、転生を繰り返していた下僕であります』

「なら、転生の間に蓄えた知恵も幾つかあるはず。それを頂戴」

『……貴方様が望むのであれば。ですが、私はタダの下僕。貴方様のように完璧な知識ではありません。その点を、申し訳なく思います』

「貴方が謝る必要は無い」


そう言って驚いてペタリ、と座り込んだスレイスを横に私はオオカミに触る。

その瞬間、様々な知識が流れ込んでくる。しかしオオカミとしても、不確定な情報や噂話は省いたのか、純粋な手段などが主だったものだった。


「ありがとう、オオカミ」

『貴方様のお力になれた事が何よりの幸せでございます』


最早口をパクパクさせるだけのスレイスに、私は告げる。


「……私はオオカミの声を聞くことが出来る。そして、貴方達がやっている事も大体理解した。

貴方達はごく小規模な圧政と同じことをしている。確かに、圧政は従わせる力があれば敷くことが可能。

けれどオオカミの知識によると、それによって永続した国は無く。最後には反乱、暗殺、もしくはそのどれでもない……いずれにせよ人が死ぬモノで終わっている」

「そ、それが……それが何……?」


怯えるスレイスに、私はただただ宣告する。


「貴方が変わるというのなら、明日までにオオカミに名前を付けて、私に教えて。そうしたら、私は貴方を『圧政者』から『人』に戻してあげる」

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