第13話

知恵の神様の像も拝んだところで、教室に向かう。

扉を開けて、いつも通り話をしている男子グループの所へ向かうと珍しく静かだった。


「おはよう。……え、何この静寂」

「おはようクルネ。……あっち見てくれよ」


そう言って視線を合わせると、スレイスが居た。

しかしいつもと違い囲いがいる訳では無い。ただ一人でボーッと、放心したように外を眺めている。


「……いつも囲ってる女子は?」

「あの辺に……ほら」


指差した方を見ると、そちらはそちらでヒソヒソと何かを話していた。


「いつも一緒にいるスレイスと離れた所で話しているって、怖いね」

「そうだな。スレイスの囲いも不満のあったやつはいるって事だろう」


女子の敵は、女子だ。それは関係性が変われば一瞬で仲間からひっくり返る。オセロのコマのように。

今スレイスは黒から白にひっくり返ろうとしているのだろう。この男子達とカイに挟まれて。それを囲いの、黒の女子たちが許すだろうか。


「クルネはどっちの味方?」

「へ?」


そんな事を考えていると、隣のカイが問いかけてきた。


「どっち……って言うと?」

「今までのスレイスか、それとも変わろうとしているスレイスか」


その問いかけは、カイの無表情で透き通る声だからこそ重たかった。

そこにカイの私情は一切存在しない。ただ、私がどちらのオセロの色になるか、と言っているのだ。


「今周りにいる人達も、私がやった事も関係なく。クルネはどっちを望むの?」


「わ、たしは……。

……変わって欲しい。スレイスは確かに許せない事をし続けたけれど。人を傷つけるのじゃなくて人の為に何かを出来るスレイスになれれば、それが良いと思う」


それを聞いて、静かにカイが頷く。


「分かった」


ただ一言。それだけだった。男子達も首を傾げていた。

ただ、彼女が席に移動する時、その背中が大きく見えた。


「ほら各自席につけ!出席とるぞー」


先生が入ってきた事で、私もコソコソ話をしていた女子達も席に戻る。

______________________________

二時間目、魔法の実践授業だ。

今日も外に出て、先生からの注意を聞く。


「間違っても人に当たらない距離でやれよ?暴走することだって無くはないんだからな」


昨日のスレイスの一件を受けてだろう。そう釘を刺されて開始した。

カイは掌に出た炎をじっと見ている。私は彼女に言われた通り、魔力を凝縮させている、はずなのだが。


「魔力の凝縮ってどうやるのカイ……」

「ん、自分の中にある力を、ギュッて」

「ギュッて……」


説明が雑なのか、それとも分からないまま使えているのか。恐らく後者だろうと思いながら自分の中の魔力に集中してみる。


(これを、ギュッ……)


身体の所々にある魔力を手のひらに集中させようと試みる。

これが難しい。最も魔力のある心臓部や腹部から魔力を取り出せば、他の身体へと直ぐに染み渡ってしまうような。


(頑張る、頑張れ私……!)


何とか形にはしたいな、と思いながら特訓を続けた。

______________________________

「スレイス」


ボーっとしていた所に私の名前が呼ばれる。清々しい程、綺麗な声。


「何、カイ」

「呼んだだけ。横で訓練しているね」

「……貴女に訓練なんて必要あるのかしら」


羨ましく思う。彼女はこっちを見て首を傾げながら、離れた方の手のひらの上に中くらいの雪玉サイズの炎を浮かべている。


「必要ある。知識はあっても、訓練で身につけなければ意味が無いから。スレイスもやってみたら?」

「……」


手のひらに魔力を集中させて、炎を出す。彼女の炎とは比べるべくもないが、私も魔法を使える部類ではあるはずだ。


「……私のこのちっぽけな炎で、どうしろっていうの」

「……原初の頃、人は炎の出し方が分からなかったとクルネに聞いた。知恵の神様が火の出し方を伝えたとしても、それを炎と呼ばれるまで熱く、拡張させたのは努力だと思っている。訓練は努力の一番見えやすいもの。貴女がまだ小さい火でも、いつかは全てを照らす炎にまでなるはず」

「何それ。太陽にでもなるの?」


少しだけ元気が出た気がする。癪だが、彼女の言う通りだ。訓練しなければ何も出来ず、失われていくだけ。


訓練しようとしたその時、囲いの女子の一人がやってくる。

話しかけようとした時、カイが先に対応した。


「貴女にも教えてあげる。こっちに来て」

「え?いや、私はスレイスさんに」


その言葉に冷静に返す。


「カイの方が教え方上手いよ」

「……分かった」


何か不満げだった。それから見ていても、私に寄ってくる女子を選別して話しかけているようだった。

現に、私の近くにいるのは十人ぐらいの囲いの中でも二人だけだ。


(……女子の敵は女子。裏返る事を面白くないと思っている女子がいたとしたら。

……もしかして、アイツがやっている事って)


想像が当たっていれば、彼女はとてつもない事をしている。

私はクルネとの会話を聞いていた。クルネは私が変わる事を望んだ。


それが、この結果だとしたら。変わることに反対、不満、私が堕ちる事にメリットを見出しているものだけを囲いから連れ出したとしたら。


(……カイ、一体、何者……)

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