第12話

カイが目覚めて三日目。今日こそ、知恵の神様の像を見せようと心に誓いつつクルネはベッドから降りようとする。


「……カイ?」


後ろから軽く掴まれた気がして、振り返る。そこにはまだスヤスヤと眠ったまま、私の服を掴む美少女がいた。


(可愛い〜……)


無垢なカイが自分に甘えるような行動をとる事に胸がキュン、としながらも心を鬼にしてゆさゆさと起こす。


「カイ〜。朝だよ〜。起きて〜」


しばらく呪文のように唱えながら揺さぶっていると、彼女が目を覚ます。


「ん……」

「おはよう、カイ」

「おはよう、クルネ……。ふぁぁ……」


まだ眠そうなカイではあったが、しっかりと目を擦って起き上がる。手は離されていたので、私はベッドから降りる。


「カイ、昨日と同じ服でいい?」

「うん」

「はーい」


昨日と同じモコモコの服を取り出すと、カイに渡す。私は何を着ていこうか。

考えた結果、無難なグレーの服を選んだ。カイはブラウンのモコモコ姿。とても可愛い。


「おばあちゃんおはよー!」

「おばあちゃん、おはよう」


部屋を出ると、既に朝ごはんを用意してくれていたおばあちゃんに挨拶する。


「おはよう、クルネ、カイちゃん。さ、朝ごはんは出来てるからお食べ」


フランスパンにポタージュといういつもの朝ごはんだ。私とカイが椅子に座ると、手を合わせて食べ始める。


「はむ、はむ……」


相変わらず美味しそうに食べるカイを見ながら、私はポタージュを飲む。


「あっつ!」

「クルネ……冷まさないから……」

「ホントだよ。カイちゃんを見習ったらどうだい?」


余所見していて冷ますのを忘れた。トホホ、と思いながらおばあちゃんが持ってきてくれた冷たい水で舌を冷やした。

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ノートを買うお金、ついでにフランスパンを買ってきて欲しいとの事でおばあちゃんからお小遣いを貰った。


「ありがとう、おばあちゃん」

「いいんだよ。カイちゃんにノートは必要だろうし、パンはアタシらにも必要だしね」


彼女がぺこりとお辞儀をすると、おばあちゃんが優しく頭を撫でる。

私も昔はよくこうしてもらったものだ。そう思っていると、私も撫でられた。


「クルネもこうやって撫でてもらうの好きだったねぇ」

「……うん!」


笑顔で頷くと、二人しておばあちゃんのシワシワの手で撫でられながら見送られた。


「カイには昨日見せられなかったけど、知恵の神様の像を今日見せたいと思うの」

「知恵の神様……」


何か気になる事があるのか、少し悩んでいるように見えた。


「……どうかしたの?」

「オオカミが、似たような事を言ってたような気がして」

「オオカミが?なんて言っていたの?」


これまた少し悩んだ後、カイは呟いた。


「『待っておりました、知恵の女神様』……って」

「知恵の……女神様……?」


カイが知恵の神様。オオカミがそう言ったのか。けれど、何となく納得出来る自分がいた。


フランスパンを聞いただけで分かる知識。見ただけで真似をすることの出来る魔法。並外れた身体能力。何より、雪の中で埋もれていても大丈夫だった体力。


神様だったとしても、不思議はない。


「でも」


そう思っているとカイが呟く。


「私は知恵の神様じゃないのかもしれない。私は何も覚えてないから。だから、私はカイ」

「……そうだね!神様だろうと人だろうと、カイはカイだよ!」


思った事を口にした。

そうだ、神様だろうが人だろうが、彼女はカイ。記憶喪失のカイ。リンゴを食べて、笑顔になる、可愛いカイ。

彼女は、微笑んで手を繋いでくれた。

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「よしとうちゃーく。門番さん、また来ましたよー」

「おっ、昨日の子も一緒だね!また来るって……君は毎日来るじゃないか」

「仰る通りで!」


てへ!とウィンクするとはっは、と笑って門を通してくれた。


「じゃあ知恵の神様の像を見に行こうか」

「うん」


スタスタと、学校の校庭のちょっと端にあるそれを見せる。


知恵を授ける翼の生えた神様と、それにあやかる人々が掘られた像。これがウチの学校にある知恵の神様の像だ。


「知恵の神様が知恵を授けた場面をモチーフにしているらしいよ」

「……そう、なんだ。もしかしたら、私がこの……」


上の神様を指差す。それに対して、私は頷く。


「そう。その神様……かもしれないって事だね。だとしたら敬うだけじゃ足りないんだけど……」

「不要。多分、この神様だって敬われる為に知恵を与えたんじゃないと思うから」


そう言われて言い伝えを思い出す。

知恵の神様は敬われる為に知恵を授けた訳では無い。知恵の神様は、人間を憐れに思って知恵を授けたのだ。

やっぱり、彼女は神様なのかもしれない、と考えた。

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