第11話
帰り道。比較的軽い雪の中、カイに話しかける。
「カイ、明日はノートとパン買いに行こうね」
「のーと……?あ、クルネが何か書いていた本?」
「うん。無いと不便でしょ」
少し悩む素振りをした後、頷く。
「不便……かも。でも、お世話になりっぱなし……」
「いいのいいの!まだ会って二日目なんだよ?それに記憶喪失で不思議な子は放っておけないよ」
「クルネ、善人」
その無垢な言葉に少しだけ言葉に詰まる。
善人。それはどうだろう。
スレイスのいじめを無視して、自分には来ないようにして。仮初の善を演じて。
それに対してカイは記憶は無いものの、スレイスに再起のチャンスを与えた。人を変える力を持っていた。
そんな彼女に善人、と言われると私が善人なのか疑わしくなってくる。
「クルネ、難しい顔してる」
「え?あ、ごめん!考え事!」
ザクザク。行きと同じ道を通って帰る。道と言っても道無き道では無く、集落までは整備されているのだ。昨日は吹雪で積もってしまって辛うじて道が分かるぐらいだったが。
「そういえば、オオカミっていつからあそこにいるの?」
「オオカミ?うーん、と数年前に学校の敷地で寝転んでたから檻を作ったらあんな感じだよ」
「殺そうとは思わなかったの?」
物騒な言葉が出てきた。だが、それも正解だと思う。オオカミは獰猛で、人に噛み付く獣だ。魔物とは違う怖さがある。
「なんか、先生が見た時は欠伸をしてのびのびしてたらしいから害は無いって思ったんじゃないかな。現にカイに会うまで退屈そうにしてたし」
「そうなんだ」
あのオオカミの言葉が分かるのも疑問だ。一部の小国には動物の言葉が聞き取れる部族も居ると習ったが、あくまで聞き取るだけで会話で意思疎通をとるなんて聞いたことが無い。
そういえば、その理論で行くとオオカミも賢い事になる。カイを主と認めるような行動を取っていた。彼女は本当に何者なのだろう。
「あ、この辺だよ。ほら、ちょっと分かりにくいけどへこんでる」
そう思っているとカイが倒れていた場所を通る。カイが屈むと、ほんとだ、と呟く。
「ちょっと人型にへこんでる」
「でしょ?昨日吹雪の中カイがここにぶっ倒れてたんだから」
そこまで言って新たな疑問が浮かぶ。
確かに昨日は吹雪だった。だが、カイは雪に埋もれてはいなかった。
なら、それまでの足跡はどこにあったのか。
いくら雪が降っても、カイが雪に完全に埋もれていなかった以上どこかに歩いてきた、もしくは運ばれてきた痕跡が無いとおかしいのだ。
それが無かったから、私は転んだ。一々足元を確認している訳では無いが、足跡があれば分かるはずだ。
「……カイって、あ。うん、ごめん、なんでもない」
「?」
どこから来たの、と聞こうとして彼女が記憶喪失な事を思い出す。そんなの分かるはずもない。
それよりも帰ろう、集落へ。
______________________________
「おばあちゃんただいま〜!」
「ただいま」
家に帰ると、おばあちゃんがこっちを見る。
「おかえり。……カイちゃんの調子は大丈夫かい?」
「うん。今日学校で……あー、男子とパンチングマシーンで遊ぶぐらいは元気だった!」
流石に女子グループと喧嘩して全員返り討ちにしていました、なんて言うと私に拳骨が飛んできそうなので止めた。
「そうかい。……カイちゃんも、体調は大丈夫なんだね?」
「大丈夫。クルネが一緒にいてくれたから。……でも、少しお腹が空いた」
その言葉に私が吹き出し、おばあちゃんは笑う。
「はっはっは!そうかい!それじゃおやつにするかね」
そう言って立ち上がると、おばあちゃんが準備をし始める。
カイを椅子に座らせて、自分の部屋から追加の椅子を持って来る。
しばらくするとおばあちゃんがおやつのアップルパイと紅茶を持ってくる。
「ほれ、食べなさい。病み上がりなんだから沢山食べないとね。あぁ、クルネも」
「いただきます」
そう言ってモキュモキュとアップルパイを食べ始める。
「甘くて、美味しい。今日給食に出たリンゴに似てる」
「そうかいそうかい!それはリンゴと生地で作ったおやつだよ。いっぱいお食べ」
そう言われると、嬉しそうな顔でアップルパイを頬張る。
私も自分の分を頬張る。うん、おばあちゃんのアップルパイ、美味しい。
「無表情かと思っていたけど、可愛い表情するね」
「でしょ?リンゴ初めて食べた時もそんな感じだったよ」
ゆっくりだが、幸せそうな顔をしながら食べるカイを見ておばあちゃんが微笑んでいた。
「……何も覚えてなくても、笑えるって幸せだね」
「そうだね、クルネ」
ポツリと呟いた言葉をおばあちゃんが拾う。
「あの、おばあちゃん」
その時カイが申し訳なさそうに言う。彼女の皿は空っぽだった。となると、次に言う言葉は。
「……まだ、ある?」
「おお、待ってなさい!もう一枚焼いてくるよ」
あんなに嬉しそうなおばあちゃんも久しぶりに見たな、と思いつつ私は紅茶を飲んでいた。
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