第10話
スレイスは抵抗する気力も無いようで、ペタンと座り込んだまま俯いている。
「ウザイんだよ!!記憶喪失をいい事にっ!」
取り巻きの女子が後ろから殴りかかってくる。
チラッと見て、拳を掴む。
『嫌だ、嫌だ』
『もう誰にも棄てられたくない……』
「……そう。貴女も捨てられたのね」
飛んできたもう片方の拳を躱して頭突きをする。
「アンタに、アンタに……!何がわかる!」
「さっきも言った。私は何も分からない。だから、これからどうするかは貴女達次第。
変わらないなら私に怯え続ければ良い。スレイスも、貴女達も。でも変わるなら、そうじゃないのかもしれない」
それだけ言って檻の場所を後にする。
教室に戻る途中、男子グループを纏めている子に会った。
「あれ、オオカミに用事?」
「あ、え、んー、そんな所だ。そしたらスレイスとカイが何かやってたからちょっと止まってた」
「……そう、ありがとう。
スレイスは確かに酷い事をしてきたのだと思うし、それを許せとは言わない。
でも、スレイスも怖がっている事をみんなに伝えておいて欲しい」
その言葉に疑問を抱いたのか、顔を近づけてくる。
「それ、どういう事だ?スレイスが怖がっている?アイツは傷付ける側なんだぞ!?」
「それは事実。スレイスは傷つけられない為に傷付ける側になった。
自分の身を周りから簡単に守る方法。それは周りが逆らえないって知らしめてやればいいって事」
「……」
黙ってしまった男子を背に、教室へ戻った。
「あっ、カイ!大丈夫!?傷とかない!?」
「クルネ。私は大丈夫。それよりも、スレイス」
「スレイス……?スレイスがどうかしたの?」
クルネも周りの男子も首を傾げるだけだった。
そこに遅れて、息を切らしながら走ってきたリーダー格の男子が現れる。
「……お前ら、スレイスが急に変わっても何も疑うなよ。受け入れてやってくれ」
「なんだよそれ、どういうことだよ?」
一人が質問する。それに対して肩で呼吸をしながら男子は答えた。
「……ちょっとスレイスに話を聞いてきたんだ」
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「……な、んだこれ」
オオカミの檻の前ではスレイスのカッターナイフは地面に落ち、そのスレイスは俯いている。他の女子も無力化されて地面に転がされている。
「……無様でしょう。記憶喪失の女の子一人に、私達がこのザマよ」
スレイスが顔を上げた。その顔は泣き腫らしている。
俺だって男子だ。女子に優しくしたいとは思うがスレイスは違う。こいつは仲間を傷つけてきた虐めっ子だ。
それが、今見ているのは何なのだ。これではまるで……。
「まるで、私達がやってきた事のやり返し。鏡みたいよね。今まで私達が傷つけてきた子も、こんな気分で去っていったに違いないわ」
「……どうした、お前」
スレイスの今にも絶望しそうな声から本当に心を折られたのだと理解した。だから問いかけた、どうしたのだと。
「……私は怖い。カイの事じゃないわ。こうやって、私達が束になって殴りかかっても何も出来ない無力感。昔の私みたい」
「そういやお前も転校生だったな。スレイス」
そこまで言って理解する。スレイスは……。
「……虐め、られていたのか」
「はは……。当たり。私は少し頭がいいから、少し魔法が使えるから、少し顔がいいから。それだけで虐められた。
だから転校した先ではそうなりたくなかった。それがスレイス。私の在り方よ。
……なのに、あの子。変わるも変わらないも自由なんて言ってくれちゃって。ムカつく……」
そう呟くが、嘲笑いような表情だった。
古い映し鏡を見ているような顔。それが今のスレイスだった。
「……アンタは、私はここから変われると思う?」
唐突に振られて少し悩んでから言う。
「お前が今までした事は許されねえ。過去に何があろうが、それはお前が決めた事だからだ。
……でも、変わろうと思えば変われんじゃねえかな。俺はそう思う」
「そう。……ならこのオオカミに相応しい名前を考えなきゃね」
「は?」
何故そうなる。素っ頓狂な声を出した後に説明された。
「カイが、変わるならオオカミに名前に付けるところからだって言ったのよ。私には名前を付ける『知恵』が無いからって。それがどういう意味かは分からないけどね」
「……」
オオカミを見ると、珍しく静かに見守るような顔でスレイスを見ていた。いつもは気だるげな顔しかしてないのに。
「……お前、今日はそのまま帰れ。男子の連中には俺から言っておく」
そう言って、俺は駆け出した。
スレイスだって怖かった。それが、カイの言う通りなら今変わろうとするスレイスを元に戻さないためには──。
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「って事だ。スレイスが変わろうとするなら、俺らがまず受け入れなきゃならねえ。
過去のことを許せとか言わない。そんなの俺も無理だ。だが、虐められた過去を持つやつが変わろうとするなら応援してやりたい」
その言葉に全員が黙ってしまった。出会って初日のカイに変わらされるとは。
「……いいと思うぜ、俺は」
「俺も。昔やった事は許さないけどな」
「まぁ、お前が言うなら……」
そうやって賛成が出てくる。それが良いところだと思っている。
「……カイ、明日も来るか?」
「ん、クルネ。どうなの?」
「え?あ、来るよ?体調不良じゃなければ」
急に私に振られたが、まぁカイなら大丈夫だろう。
「……頼む、見守ってやってくれ。スレイスを」
「……なんでだろう。昔、こうやって人を見守った気がする。そんなはずないのに」
カイの不思議な独り言を聞きながら、私は帰る準備をし始めた。
「……ぁ」
ノートを買うお金なんてもの、今日持ってきているはずもなかった。
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