第7話

カイが魔法で火を出したその頃。

スレイスは、面白くないといった顔で魔法の練習をしていた。


(あの子に出せて私に出せないっていうの?記憶喪失のあの娘に?冗談じゃないわよ!)


そう思いながらスレイスは掌に魔力を出してみる。炎は出たものの、カイのようにスっと出せたものではないし、大きさも威力も違う。私の方が劣っている。


(ムカつく、ムカつくムカつく!記憶喪失?嘘に決まってる!どこかで化けの皮剥がしてやる!)


それに、と容姿に目をやる。

整った体型、艶やかな肌、透き通るような銀髪。あれを維持するのにどれだけの努力が必要なのか。


(……ふふ、どこか傷をつけたら面白そうね)


舌なめずりをして、クルネとカイの方に向かった。


「カイさん?私にも教えてくださる?」

「分かった」


そう言って無表情で来る彼女の前で唐突に炎を出す。

少しは驚け、そうしないと面白くない。


「うん。スレイスさんは出せてるから大丈夫だと思う」


驚かない。何だ、なんなんだ。

しかしここで取り乱しても何にもならない。あくまで取り繕ったままでいなくては。


「あ、あら。魔力の暴走ですかね?貴女の目の前で出してしまったのは詫びますわ」

「……?暴走?貴女は私に元々魔法を見せるために呼んだのでは?魔力に刻まれていたから、そう思ったのだけれど」

「魔力に……刻まれて……?」


嘘だ、私が知らない知識が記憶喪失の小娘にあると?そんな事があってたまるか。

許せない。許せない……。


「魔力に?それは勘違いでは?」

「勘違いじゃない。貴女が言った。

『魔力に文字を刻んで魔法は発動させる』。

だから、魔力の流れと魔力の文字を読めば何が繰り出されるか分かる。……例えば、今もう片方の手で炎とは違う魔法を見せようとしているのも」

「っ!!」


その通りだ。今隠しているもう片手には氷の魔法を驚かせようと刻んであった。

バレていた。私の言葉を引用してまで。この屈辱は忘れない。


「……そう。貴女、本当に記憶喪失?本当は皆に嘘をついているのではなくて?」

「私は自分の名前以外何も分からなかった。私は、誰かに教わった事しか出来ない」


そう言って、カイはクルネの方に戻って行った。

ギリィ、歯ぎしりする音が響く。


「化けの皮剥がしてやる……」

______________________________


魔法の授業が終わり、カイが私に話しかけてくる。


「クルネ、次は?」

「次は休み時間だね。……あっ、餌をあげに行かなきゃ」

「餌?」


カイが首を傾げると、苦笑しながら説明する。


「ここの学校では保護しているオオカミが居るんだよ。……誰にも懐かないんだけど」

「おおかみ?」


彼女はオオカミを見た事が無いのか。それもそうだ、と思って先生に話しかける。


「先生、オオカミに餌あげてきます」

「はいよ。次の授業までには帰ってくるんだぞ」


許可も得られたので学校の外へ出て、少し歩いたところで警備のお爺さんに声をかける。


「すみません、オオカミに餌をあげたいのですが」

「ああ、今日の分かね?はいよ、ちょっとお待ちね」


そう言うと警備室に入って餌を取ってきてくれた。


「はい。食べさせすぎには注意だよ」

「ありがとうございます。カイ、行こう」

「分かった」


そこから更に歩いて、学校の敷地かなりギリギリにある檻に辿り着く。そこには退屈そうに寝ている、紺色の毛色の狼がいた。

名前はない。故に、オオカミ。皆そう呼んでいた。


「オオカミー。餌あげに来たよ」


そう言うとオオカミは怠そうに起き上がってウォーンと鳴く。


『毎度毎度、律儀なこった』


「クルネ、この子、話せるの?」

「え?」

『え?』


カイがオオカミに近づいて聞いてくる。


「え?そりゃ鳴き声は出すけど」

「ううん。今、毎度毎度律儀なこったって、この子言ってた」

『待て、俺の言葉がわかるのか!?』


クルネにはウォンウォン鳴いているようにしか聴こえないが……。


「今も何か言った?」

「うん。俺の言葉が分かるのかって私に問いかけてた。分かるよ」

『……お、おぉ……。もしかして、名前はカイって言ったりするか?』

「うん。……あれ?オオカミさん、何で私の名前を知ってるの?」


餌あげの私を置いてけぼりにしてカイが今まで見た事ない興奮具合のオオカミと話している。



『わ、我は貴女をお待ちしていました!カイ様!我らが知恵の女神様!』

「……?私を待ってたの?」

『我は貴女様に仕えるべく待ち続けた下僕でございます故に!』

「つかえる……?しもべ……?」


鳴いたと思えば服従の姿勢を取るオオカミと混乱するカイを見て、私が一番分からない!と叫びたくなった。

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