第5話

それからカイは黙って歩き続けながら、私の話を聞いていた。


「……でね、フランスパンっていうのは元々他の国からの交易で手に入れた物を加工したものなんだよ」

「フランスパン、美味しい。他のパンも、美味しい?」

「うん!学校なら時々フランスパン以外も出てくるよ!」

「どうして?学校は教えてもらう場所じゃないの?」


給食の存在を教えていなかった。まぁ、そこは先生に話を通してもらおう。

郊外と街を隔てる門に辿り着くと、いつもの門番さんが気楽に接してきた。


「やぁクルネちゃん。おはよう。……ん?横の子は?」

「この子はカイ!事情は……まぁ、色々あるけど悪い子じゃないよ!」


ふーん、と笑いながら門を開いてくれる。それに対してカイがお礼を言う。


「ありがとう」

「……凄く綺麗な声だね」


やはり誰もがそう思うか、と考える。

容姿も今はモコモコに包まれて分からないだけでかなり整っているし、銀髪だって透き通るような色だ。こんな美少女、男なら放っておかない。


「……あ、カイ。もう一つだけ。学校や街で変な人に声をかけられても着いていっちゃダメだよ」

「変な人って?」


無垢が過ぎる首傾げに、思わず溜息をついて言う。


「……フランスパンあげるとか、お茶奢ってあげるとか。後表情が下世話な人とか。

無理に連れていかれそうなら殴っちゃえ!」

「ん、分かった。ありがとうクルネ」


ナンパが心配だ……。そんな事を気にもせず、カイは街を物珍しそうにキョロキョロしていた。


街の中を歩いて学校へ着くと、先生に話を通すべく職員室へと向かう。


「失礼します、クルネです」


そう言って入るとその声に反応して振り向く人が一人。


「あん?どうしたクルネ……ってなんだ、その横の美少女は。どこで拾ったんだ」


ぶっきらぼうそうに言うが、この人これでも女である。ただ男勝りなだけで。


「えっと、雪の中で……」

「雪の中ぁ?まさか遭難か?」

「記憶喪失なので、そうだと思います」


実際に記憶喪失なのかはかなり怪しいが、一番可能性が高いのは記憶喪失だ。それを聞いて先生がジーッとカイを見つめる。


「……?」


深い蒼の瞳が先生を真っ直ぐ見据える。そこに戸惑いはあっても迷いは無かった。


「……分かった分かった。とりあえずウチのクラスで面倒を見て欲しいんだな?いいよ。ただ男衆からは護りきれないぞ、こんな絶世の美少女」

「カイは力も強い……のかなぁ?カイ、力ってどれぐらいある?」

「力……?」


そう言うと先生が手招きする。あぁ、あれかと思いながらカイを連れていく。

その先にあったのはパンチングマシーン。なんで学校にあるのか分からないが男衆はこれでしょっちゅう遊んでいる。


「これに、こうやって殴りかかるんだ」


そう言って先生がパンチングマシーンに殴り掛かる。相変わらずの馬鹿力だ、と思う。数値もそれを示している。

50を男子の基準とするパンチングマシーンで先生の記録は75。いざとなったらクラスの生徒を殴る。それも相まって男勝りだ。


「カイ、やってみて」

「殴ればいいんだね」


そう言ってパンチングマシーンの前に立つと、先生と同じ構えをする。さて、どれ程の数字が出るのか。

まぁ50出てくれればいいかな、40前後の私としては。


……そう思っていた時期が私にもありました。


「……シッ!」


ヒュッと風を切る音と共に拳がパンチングマシーンに当たる。数値は100。つまり、カンストを示している。


「……あー、クルネ。本当にこの子雪の中に埋もれていた記憶喪失の子なのか?」

「本当です。……本当なんです」


そんな中、カイは表情変えず一言。


「……結構痛い」

「だろうね」


彼女に表情は存在するのだろうか。そう思いつつ、パンチングマシーンを見ていた。


「今、先生がやったみたいに構えて殴ったら痛かった。今度は痛くないぐらいに殴ることにする」

「あ、あぁ……。ウチのクラスの生徒に怪我はさせないでくれよ……?」


男衆はカイに力で適いそうにないな、と思いつつ私もパンチングマシーンに挑戦する。


「クルネ、結構低い?」

「先生やカイが強すぎるのよっ!」


数値、41。

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