(SS)ゲット・バック・ラバー

「静かな日曜日の午後に、

私とあなた以外誰もいない家で一人、

あなたをひそかに呼び寄せて、

唇を交わしたことを、

覚えていますか。」


「あれは父の書斎でしたね。

ええ、覚えていますよ。

あなたがあまりにも、私を求めるので

怖くなって、あなたの頬を叩きました。」


「痛かったですよ。

でも、そのあと執事のメアリーが入ってきて

二人で急いで服を着て、クローゼットに入りましたね。

頬を赤くして、向かい合って、目を合わせ、息をひそめて。

もう一度、あの頃に戻れませんか?

戻れない過去に、身を焦がして…二人で逃げるんです。

この途方もない世界から。」


白いタキシードを着た男と、黒いドレスを着た―—男が、女が向かい合って

ジャスが流れるカッフェで何かを話している。

白いタキシードの男は、ブラックコーヒーを一口も口に付けていない。


「どんな風に?」

黒いドレスの女は、小指を立てカプチーノを飲みながらそう言った。

「わかりません。でも、あなたとなら、もう一度逃げれる気がします。父からも、私の名前からも―—」

「父を殺した罪滅ぼしのためなら、もっと使える子はたくさんいるわ」

「あなたとでなきゃ、だめなんですよ。あなたは現に私を知っているじゃないですか」

「この途方もない世界で分かるのは、あなた自身が落ちぶれているということなのよ」

「なんだよ、金はいくらでもあるんだろう?借金は返したはずだ。なら、私に…俺によこしてくれ」

女は、カッフェの窓から、別の白いタキシードを着た男がいるのに気づく。その男が女に、時計を見せて、時間だといわんばかりにせかす。

「行かないと」

「もう別の男がいるんだね…なあもうおしまいかい…もう俺には君しかいないのに」




女は”カッフェ”から出ると、黒いドレスを脱ぎ始めた。

白いタキシードの男に、”衣装”を渡す。

「だめだ。もう彼に改善の見込みはない。」

女声をしていたものは、男の野太い声に変わった。

「25回同じ言葉を繰り返す。パラノイアかな…」

「仕方ないさ。愛なきこの世界が生み出した、人間というやつだよ」

「良い研究材料になるから、治療後も観察材料にしよう」

「現に愛なんてものは、幻想に過ぎないのだがね」

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