第8話 感じ方は人それぞれ


「ほ、本当に大丈夫、ですから、」


その小さな体躯を震わしながらも、何とか声を振り絞り下賎な輩を拒絶する少女。


「大丈夫にゃ見えねぇって言ってんだろぉがよォ。」

「そんなにビビることねぇじゃねぇの?お?」

「やさしーい先輩が君に指導してあげるって言ってるだけでしょ?」


対する三人のゴミは、その醜悪な顔を歪めて気色の悪い声を発して桃色の髪を持つ少女に詰め寄る。


目に涙を堪えつつも何とか持ちこたえていた少女は、限界を迎えその桃色の双眸から一筋の光を零し


「よォ、ミルル。久しぶりだなぁ、元気してたか?」


大きく見開かれた。


自身に声をかけてきた男を目にしたが故に。三人の男に詰め寄る金髪の男を見たが故に。己を助けるべく身を出して来た珍妙な男をその眼に移したが故に。


「え、えと……え?」


「あぁ?なんだァてめぇ。」

「俺らの邪魔するってか?」

「餓鬼があまり舐めたまねをするべきでは無い。」


そして3人に詰められる金髪の男を見て何とか再起動した少女は、その男が三人に暴力を振るわれるのではないかと思い声をかけようとするが、


「あ……あ、あ、……」


数瞬前まで恐怖していた体はまともに動かず、口をパクパクと動かすことしか出来なかった。


(な、なんで、あの人が危ないかもしれないのに……声が、体が……っ)


こうなってしまった彼女を責めるものはいないだろう。己に恐怖を与えてきた相手が目の前にいる状態で、それでも他人のことを気遣えるこの少女を誰がどうして責められようか。


彼女が動けないでいる先で、金の髪を持つ男は三人になにやら耳打ちをした後でその手に何かを握らせる。


「これで何とか手を打って貰えないですかね?」


「……ちっ、仕方ねぇな。」

「今回だけだぞ?」

「……次はない。」


そう口々に呟きながらも、彼らの顔には下卑た笑顔が貼り付けられていた。


恐らくは、かなりの額を握らされたのだろう。


嬉しそうにした男たちは、その少女ミルルの前から消えていった。


そして、こちらを向いた金髪の少年は、自分に声をかけてくれたその少年は、間違っても自分の友人などではなくその顔に見覚えはなかった。


それでも、助けてくれた事実に変わりはない。少女はそう判断し、声をかけようとするも少年は地面に跪き自分に声をかけてきた。


「先程は無礼な物言い、失礼いたしました。獣人の賢者ミルル様。あの場ではあの行動が適切と判断しましたがゆえの行動ですが、処罰は如何様にも。」


そして、かけられた声にまた数瞬思考が止まる。


その言葉の意味を理解した瞬間にミルルは慌てて目の前の少年に声をかける。


「ぶ、無礼だなんてそんな、あ、あなたは私を助けてくれましたし、えと、私の方がお礼をしなきゃ」


慌てて喋ったからなのか、話す言葉は纏まりがなくそれでも目の前の少年には意味が伝わったようだった。


「寛大な処置、感謝致します。」


「え、えと、私の方こそ助けて下さりありがとうございました。」


何とかお礼を言うことが出来たミルルは、訪れた沈黙の時間に再度軽いパニックに陥っていた。


(ど、どどどうしよう!?何を話せばいいのかな!?ていうかこの人いつまで跪いてるの!?何か言った方がいいのかな!?誰か助けてよぉぉぉ……。)


……重度のパニックに陥っていた。


見かねた少年は、自分の方から声をかける。


「先程の下郎によれば、道に迷っていたとか?」


その声に冷静になったミルルはその言葉に首肯する。


「は、はい。こ、この国に来たのは最近でして、恥ずかしい話ですが学園までの道が分からず……。」


その言葉に、少年は笑みを浮かべ、


「それならば、私も学園まで行きますので案内致しましょうか?」


その言葉を聞いたミルルは一にも二にもなく頷いた。


「ぜ、是非、お願いします。」


「承知致しました。それでは、参りましょうか。」


少年は立ち上がり、その上背の差から見下ろすようにミルルを見た。


そこからは、ミルルにとって初めてのことばかりであった。


生来の人見知り故か、その特異性故にか、彼女にはこれまで友達という友達がいなかった。そのために、その少年との会話が一層楽しかったのだろう。


少年の言葉遣いは決して友達のようなものではなく、その関係も友達とは言えないものではあった。


それでも彼女にとっては初めて話していて楽しいと感じる相手だったのは間違いない。


一つ不可解なことがあるとすれば、その少年のことをよく覚えていないことだろうか。


学園までの道を懇切丁寧に教えてくれた事も、ナンパに遭遇しないように口酸っぱく表通りを歩くように言われたことも、友達を作り守ってもらえと言われたことも、いざとなれば【武曾 煌むそう おう】という男を頼れと言われたことも、覚えている。


けれど、自分を助けてくれた金髪の少年のことを、道中初めて楽しく会話ができた相手のことを、よく覚えていなかった。


覚えているのは、その少年が綺麗な金髪を生やしていたこと。


優しい声音で話しかけてくれていたこと。


彼の名前が【無道 壱成むどう いっせい】だということ。


そして、彼がかけていた魔法のことだけである。



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