第7話 ボーイミーツガール(恋をするとは言ってない)



師匠が影成弓士ヘカテイアを使った訓練を施すようになって数日、ようやく待ち遠しくも恐ろしい入学式の日がやってきた。


待ち遠しい理由はご存知の通り、一ファンである俺がゲームのキャラクター達に会えるという期待や、俺が知っている展開が広がるというやりやすさから。


そして恐ろしい理由は言わずもがな、俺の死が間近に迫ってきているというわかりやすい恐怖からだ。


なんせルートによっては壱成は一年の時点で死ぬことすらあるのだから。


強くなっている自覚はある。きっと今の俺は原作の壱成の何倍も強いのだろう。


けれどこの恐怖は、死という根源的な恐怖は俺の心から消えることは無かった。


「ま、やることはやったんだ。覚悟決めねぇとな。」


そう言って、鏡の前の見慣れた制服を着る壱成を睨みつける。


「さて、行こうか。」


俺は扉を開け学校への道を歩き出した。
















俺はタバコに火をつけ、これからのことに思いを馳せる。


俺が通うことになる学校、オリージネ魔法学園はこの世界有数の魔法学園でありこの国唯一の魔法学園だ。


そんなオリージネ魔法学園は、魔法を教えるという都合上どうしても危険が伴う場所であるため、生徒たちのレベルに合わせた授業を執り行う必要がある。


そのためこの学園は成績によるクラス分けを行っており、主人公たちはAクラス(一番上のクラス)に所属することになる……と思う。


で、問題は恐らく俺はAクラスに所属できないということ。


成績順で決められるのであれば、今の俺の実力ならAクラスに入れると思っているかもしれないがそれは不可能だ。少なくとも入学するまでは。


その理由となるのが、この学園が入学試験を実施して居ないということ。


それは誰にでも門戸を開いているというアピールでもあるのだが、問題は、上記の「生徒のレベルに応じた授業」を行わなければ事故が起きてしまうという件。


これを守る必要があるために、学園が苦肉の策で出したのが平民を下のクラスに、王侯貴族を上のクラスにするというもの。


これは別に貴族達を優遇している訳ではなく、1年時の実力はだいたいこうなるからである。


というのも、魔法の勉強には金がかかる。貴族であれば幼い頃から優秀な師匠に教えを乞うこともあるが、平民であればそうはいかない。


それほど魔法の習熟には金がかかるのだ。


故に、この学園に入るまで――オリージネ魔法学園は殆ど無料と言って良いほど低い金額で魔法を教えている――は魔法の実力に関して貴族に勝てる平民は数える程しかおらずこの分け方で問題が生じることも少ないのだ(主人公は別)。


原作では東青壱成はAクラス所属ではあったが、今や俺の名から東青は消え、その恩恵にも預かれなくなっている。


壱成がボンクラでありながらAクラスに配属されていたのは東青の力によるものだったという事だな。


今の俺はただの平民であるからして、どれだけ運が良くてもCクラスにも上がれないだろう。


入学後であれば完全実力主義であるために、一月後の試験での成績次第では一気にAクラスに入ることも可能であろうが、それまでは低級クラスに甘んじるしか方法は無いのだ。


「や、やめて、くだ、さぃ。」

「おいおい、つれないこと言うなよ。俺達はただ学園まで案内してやろうって言ってるだけだろ?」

「そうだそうだ。こんなに優しい先輩俺たちぐらいなもんだ。大人しく言うこと聞いとけって、な?」

「その通り、そう嫌がることは無い。」


……そんなテンプレ要らないんですけど?


考え事をしている途中、俺の耳に入ってくる在り来りすぎる展開に辟易とした気持ちになりながら俺は声のした方を見、


「ほ、本当に、大丈夫ですから、ひ、一人で行けますし……、」


そして固まる。


何も声をかけられている少女が、とんでもない美少女だったから固まった訳では無い。


その頭に犬のものと思わしき耳が、臀部から生える犬の尻尾が原因でもない。


「大丈夫じゃあねぇだろぉ?現に迷ってたじゃねぇか。なぁ?」

「あぁ、完全に迷ってたな。」

「俺たちでなければ見て見ぬふりをされていただろうな。」


ただ、その子の顔に、声に、覚えがあったから……


何度も助け、幾度も笑い合い、それでも一人で戦おうとした、健気でいじらしい、そんな少女を、【楽学】のヒロインたるその少女を、ミルル・ダカ・マルコンシャサをこの目に映してしまったが故の硬直だった。


「は?え、マジで?あの子原作外でもこんな展開に巻き込まれてんの?」


驚きすぎて声に出てしまうほどに、俺は驚いていた。


なんせ、幾ら原作内でナンパに縁があるミルルと言えども、俺が知らない、即ち原作外である今でさえナンパされているとは思わなかったのだから。


「なぁ、そんな拒否しなくてもいいじゃねえか。」

「案内してやると言っているのだ、遠慮することは無い。」

「優しい先輩が教えてやるだけだよ。」


「ひっ……や、やめてくださぃ」


っと、こんなこと考えてる場合じゃねぇな。俺が知らねぇってことは主人公もここを通らねぇはずだし周りの人も助けるという雰囲気では無い。


全くこういう所は日本人の悪い所だな。誰一人助けに行こうとしやしねぇ。嫌に世の中だ。


俺はいくつかの魔法を発動してから、彼女の元へと歩いていった。

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