第21話 ヒーローとは、正義を掲げる狂人である


「ここか。」


目の前に聳え立つ廃ビルを睨みつける。


彩晴から受けた報告によると、この廃ビルにシュエルは連れていかれたらしい。


「師匠、まずは俺が行く。シュエルが危険だと判断したら出てきてくれ。それまでは、こっちでやるから。」


「分かってる、そう何度も言わんでもいいだろ?」


そう言って嫌な顔をする師匠。


「何度も言わなきゃ、不安になるんで。」


そう返した俺は、廃ビルに足を進めていく。


入ってすぐのところで、話し声が聞こえてきた。


「此方は問題ない。そっちは?」


「問題ない。つーか、こんなとこに来るやつなんか居ないだろ。」


「そう言うな。万が一、見られた時のことを考えたら、見張りを立てない訳には行かないんだよ。」


数は3人。


服装はバラバラだが、全員媒体器デバイスを持っているな。


奴らが言う通り、見張りなんだろう。


俺は懐からピエロの仮面を取り出し、被る。


……いや、趣味じゃないからね?魔人の眷属に顔見られたら面倒臭いじゃん?


そう思って顔を隠すのを買おうと思ったら仮面しか無かったんだもん。仕方ないじゃん。


視界を1番塞がないのがこれだったんだから、普通これ買うじゃん。不可抗力なんだよ。


「……行くか。」


媒体器に《亡失態バーナム》を装填セットし、魔力を込める。


「見えている敵は3人。見張りの数は、もっといるだろうから魔力は温存。確実に、且つスピーディに。」


《亡失態》を、見張りの顎に照準を定める。


「掃射」


不可視の弾丸が、三人の見張りの顎に命中し、脳震盪を起こす。


その隙に駆け寄り、峰打ちで意識を刈り取る。


ドサッ


3人は、意識を失い床に倒れ込む。


「どんどん行こうか。」


見張りがほかに居ないことを確認し、最近やり方が掴めてきた魔力感知を発動しつつ、階段を上る。


「……ここはいないな。」


部屋を一つずつ巡り、確認していき、進んでいく。


「ここも違う。」


敵にバレないように、少しづつ進みながら探り、ようやく……見つけた。


「やめてっ! ルナリヤに手を出さないでっ!」


悲痛な声が聞こえてくる。


モニターの前で、幾度も聞いた、高く、それでいて力強い、そんな声。


王族でありながら、何処にでもいるような少女のような感性をもつ彼女、シュエル・ハハーレク・ノル・ラナメルが、泣きながらも親友を守ろうと、声を張っている。


床に描かれた儀式用と思われる魔法陣の上で、親友の前に立ちはだかり、涙ながらに訴える彼女。


そんな場面に出くわして、怒りがわかない『楽学』プレイヤーは……存在しない。


身体強化を発動し、シュエルの傍にいた男を蹴り飛ばして、周囲を睥睨する。


「やぁやぁ、皆さんこんにちは。楽しそうなことしてるね、」


そこで1度区切り……


「俺も混ぜてよ。」


声のトーンを落とし、無属性魔法【威圧】を発動する。


ドサッ


「なっ……!」


「おいっ!どうなってるっ!」


……格下の何人かは、気絶したか。


残ってる奴は、全部で5人か。


それぞれ、直剣型、双剣型、槍型、杖型、弓型だ。


「てめぇ、何もんだ?表には見張りを立たせていたはずだ。どこからきやがった。」


此方を睨み、問い掛けてくる槍の男を無視し、エルフの2人組に話しかける。


「大丈夫かい?」


外傷は見当たらないが、少し脅えている。


慎重になりすぎたかせいか、少し遅れてしまったからな。


あのクソ野郎共に、なにかされたのかもしれない。


「だ、大丈夫。助けてくれてありがとう。……あなたは?」


……そりゃ、警戒するよな。護衛のルナリヤなんかは、俺を睨みつけている。


「俺のことは、まあ好きに呼んだらいい。それより、動ける?戦えとはいはないけど、避難ぐらいはして欲しいな。」


そう聞くと、シュエルはルナリヤを見て、


「私は戦えるけど、ルナリヤは毒を食らってるから、動けない。」


あー、麻痺毒だな。原作でも食らってた。


なら……


装填【治癒キュア】――発動


水色の光が、ルナリヤの体を包み込む。


治癒自体は簡単な魔法なのだが、今のシュエルはゲームの初期能力値パラメータより少し低いぐらいだろうし、属性は風と土だ。使えなかったんだろう。


「簡単な魔法だけど、楽にはなったはずだ。動けるなら端によるか、なんなら2人でここから逃げてくれてもいい。どうする?」


シュエルが口を開いた瞬間……


「無視すんじゃねぇッッ!!」


幾つもの魔法を撃ってきた。


「ちょいと失礼。」


そう言って、シュエルとルナリヤを持ち上げ、車線が切れる所まで運ぶ。


「姫さんに触るのもどうかと思ったんだけど、あー、不可抗力ってことで許して欲しいかな。……それで、2人はどうする?」


シュエルは少し赤くなり、ルナリヤはこちらを睨みつけていたが、


「戦う。やられたら、しっかりとやり返さなきゃね。」


「シュエル様に魔法を撃ったのだ。きっちりと、身の程を知らせてやるさ。」


二人ともやる気十分のよう。


俺は、仮面の下でニヤリと笑い、


「そうこなくちゃな。」


媒体器に魔力を込める。


「敵は5人、後衛型が2人に、近接型が3人だ。近接は俺がやる。二人には後衛を頼みたい。」


ルナリヤの方は知らないが、シュエルの方は初期パラだ。あまり無理はさせられない。


メインヒロインと言えど、最初の能力値で戦えるほど甘くは無いのだから。


「……分かりました。ご配慮、感謝致します。」


何かを呑み込んだような表情で、礼を言うルナリヤ。


……退避の時に、どっかに手当てちゃったのかな。それとも、シュエルに触ったこと自体かな。


ルナリヤって、かなり過保護だったもんなぁ。


遠くを見ながら、俺はそんな事を考えていた。


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