第13話 適切な訓練では、死ぬ一歩手前まで追い詰める


「うちの師匠が迷惑をかけたな。私は、竜人のエリカ・ヴァルヒ・ルチル・ドバルヌロと言う。また、この馬鹿に何かされたら、すぐに言ってくれ。力になる。」


「ええ、頼りにさせてもらいます。自分は、東青 壱成と申します。今回はありがとうございました。」


自己紹介を済ませ、阿呆オリヴィアの愚痴に花を咲かせる。


すると、エリカの説教のせいか少しくたびれたゴミオリヴィアが出てくる。


「さっきから酷いぞ。私だって人だ。傷つくんだぞ?」


「いまさっき、物理的に傷つけられたんですがその辺は?」


「……そんなことあったか?」


よーし、表出ろや。エリカに着いてきてもらって手出し出来ねぇ状況でボコってやるからよぉ。


「……で、なんでいきなり、襲ってきたんだ?初対面だよな?」


俺が気になっていたこと。なぜ、俺が襲われたのか。あったことも無い人間相手に、いきなり真剣を出してきたんだ。それなりの理由があると思ったんだが……


「あ?お前がちょっと面白そうだったからな、ついやっちまった。」


……俺がこいつを殺しても、バチは当たらないと思うんだ。


「本当に申し訳ない。後できっちり躾ておく。」


「あぁ、いや、エリカさんは悪くないんで。この駄犬に付けれるリードはないでしょ?」


「それもそうだが……すまん。」


何か色々噛み締めたような表情で謝るエリカ。


……普段から、振り回されているんだろう。


「……お疲れ様です。」


「いや、いいんだ。師匠としては優秀だからな。人として終わっているだけで……。」


哀愁すら漂う表情の彼女を見て同情を禁じ得ない。


そんな会話をしていると、何やら機嫌が悪そうに駄犬オリヴィアが話に入ってくる。


「人の事を犬のように扱うなよ。怒るぞ。」


「あんたがそれだけ、アホなことしでかした証だろうが。謹んで受け取れよ。できるだけ恭しくな。」


「フッ、断る。」


殴りたい、この笑顔。


オリヴィアは、徐に懐から煙草を取りだし、火をつけた。


「壱成、少し話がある。」


急に真面目な顔を作ったオリヴィアは、俺にそう切り出してきた。


煙草を吸いながらでも、真剣な話をしだしたことが分かる。……自慢か?俺が未成年だから煙草を吸えねぇのを馬鹿にしてんの?その煙草よこせや(いい笑顔)


「君の実力は、同年代で見ればかなり高い。思考の速さもそうだが、思い切りの良さや、土壇場の閃きも強い。動体視力も高く、私の攻撃を見ることが出来ていたな。」


そういうオリヴィアの言葉を聞いて、エリカは目を見開いてこちらを見つめる。


更に、オリヴィアは続けた。


「極めつけは、その高いバトルセンス。私の攻撃を勘で躱したことや、当て感もいい。」


いきなりこんなに褒められると裏があるとしかおもえねぇんだけどなぁ……。


「いきなりどうした?宗教勧誘かなんかか?」


「真剣な話だよ、壱成。君さえ良ければだが、」


そこで区切り、彼女は少しためた後、言い放った。


「私の弟子になってくれないか?」


そう言った彼女の顔に、冗談の色は見受けられない。


少し、考えてみる。


俺にとって、この話は願ってもない話のはずだ。元から欲しかった、ちゃんとした指導者。


オリヴィアは、世界でもトップクラスの実力を誇る魔術師で、この人に師事できるならかなりのアドバンテージを摂ることが出来るはずだ。


なら、これを受けるデメリットは?


まずは、エリカと言うメインヒロインとの接点ができること。


これは、俺の死亡フラグの観点から見れば好ましいことではないが、どのみちもう関わってしまっている。いきなり縁を切れる訳でもないのだから気にするほどのことではない。


どのみち、全ての死亡フラグを叩き壊すことを目標に鍛えているんだ。ここでビビる必要は無い。どのみち、死ぬとしてもまだ先のことなのだから。


他のデメリットで言えば、オリヴィア自身か。


この鬱陶しい人間を相手にするのはデメリットかもな。それに、イベントのこともある。


だが、あのイベントは、元々手を貸そうと思っていた。主人公は、シナリオの都合上手を出すことは出来ないし、放っておけばオリヴィアは不幸になってしまう。


だから、元々関わるつもりではいたのだ。計画が狂っただけで。


なら、実質デメリットはないようなもの……だな。


「俺としては、ありがたい。そういうことなら、是非、頼みたい。」


こうして、俺の弟子入りが決まった。



「じゃあ、ありがとな。今日はもう帰るわ。」


話しが終わったので、家に帰ろうとした俺に向かって、オリヴィアは言い放った。


「何を言ってるんだ?これから鍛錬だぞ?」


「……はぇ?」


え?ダンジョンの攻略にした後じゃないの?君ら。休憩は大事だよ?さすがに嘘だよね?


そんな思いで、エリカの方を見れば、彼女は諦観の籠った目でこちらを見ていた。


その瞳に、「諦めなさい」と言われた気がした。


「オリヴィアよ、人間には休息というものが必要なのだよ。」


そう切り出した俺に、オリヴィアはいい笑顔で答えた。


「壱成、知っているか? 人間がいちばん成長するのは、死を目前にした時なんだぞ?」


やばい、目が笑ってねぇ。


こ、ここは脱出するしかねぇ。戦略的撤退だ、決して敗走じゃねぇ。


「ちょっと用事思い出したんで帰りますね〜。」


ドッ(全力身体強化で逃げる音)


パシっ(いとも簡単に追いつかれ肩に手を当てられる音)


ぶんっ(それでも逃げようとする俺を元の場所に投げる音)


ドピュン(俺を囮にしてエリカが逃げる音)


スパン(エリカに追いついたオリヴィアが足払いをかける音)


カタカタ(逃走が絶望的だと知って震えている音)


「さぁ、鍛錬を始めようか。」


この地獄において、笑っているのはオリヴィアただ1人だった。

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