第6話 宝箱vs人間2

『ミディア様、これは一体……!?』


 突然の出来事に戸惑っていると、ミディア様が説明してくれる。


『それはボクからの贈り物だよ。恭一は宝箱だから動けないと困ることもあるでしょ? だから、キミの代わりに戦ってくれる守護者を呼び出せるんだ。等級ランクによって強さが変わるみたいだから、試してみるといいかもね』


 ミディア様はそう言うと、一方的に話を終わらせて念話を切ってしまう。残された恭一は唖然としながらも、すぐに気持ちを切り替えて、新しく覚えた魔法を発動させてみる。


「<守護者召喚サモンガーディアン>!」


 すると、目の前に現れた魔法陣が眩しく輝き出し、やがて光の中から二匹の犬が現れた。どちらも体長は大型犬ほどだが、銀色の毛並みは美しく、金色に輝く瞳からは知性を感じさせる。額には赤い宝石のようなものが埋め込まれており、普通の犬ではないことを示していた。


(これが俺の守護者なのか……?)


 初めて見る存在を前に驚いていると、二匹は召喚した恭一に敬意を表するかのように頭を下げている。


『お呼びでしょうか、主さま』

「えっ……? もしかして、キミたちが喋ったのか……?」


 突然聞こえてきた少女のような声に驚いた恭一は、目の前の二匹を見つめながら呆気に取られてしまう。どうやら守護者は人語を理解するだけでなく、話すこともできるらしい。


『左様です。私たちはあなた様の忠実なるしもべ。もし、名前を授けていただければ、さらなる力で主さまを御守りいたします』

「名前か……」


 見た目は銀狼のようだが、実は狛犬で女の子の双子らしい。恭一はしばらく考えた後、思いついた名前を口に出す。


「それじゃあ、キミの名前は”ハクア”だ。そっちの子は”ハクウ”でどうかな?」


 狛犬の”狛”を分解して”阿吽あうん”をつけ足したのだが、どうやら気に入ってもらえたらしい。


かしこまりました。これより私はハクア、こちらはハクウと名乗ります。この命尽きるまで、主さまの御身を御守りすることを誓います』

『同じく、この身を捧げることを誓います』


 彼女たちに名前を与えた瞬間、銀色の体毛が光り輝き、その体が一瞬にして女性の姿に変わる。そして、光の中から現れたのは白銀の髪をサイドテールにした美少女だった。年齢は十歳前後だろうか。大きな瞳の色は左右で異なり、金と銀のオッドアイになっている。肌は透き通るように白く、身に着けているのは白い小袖に緋袴ひばかまという巫女装束で、足元は赤い鼻緒の下駄を履いていた。


「……キミたちは、ハクアとハクウ……?」


 恭一は突然のことに驚きながらも恐る恐る尋ねると、二人の少女はうやうやしく頭を下げる。そんな彼女たちの頭には可愛らしい犬耳と、尻の付け根辺りからは大きくてフサフサとした銀色の尻尾が生えていた。


『はい、私たちはミディア・クロース様の神使しんしであり、主さまの守護者。このように人の姿にもなれますので、いつでもお呼びくださいませ』

『私たちの魂は常に主さまの傍にあります。ご命令を頂ければ、すぐにでも駆けつけましょう』

「な、なるほど……。ちなみに二人は戦えるのかな……?」

『もちろんです。主さまのご命令とあらば、あの者たちを殲滅することも容易いでしょう』


 ハクアはそう言うと、視線を鋭くさせて敵を睨みつける。


「なんだ、コイツらは!? 新しい魔物か!?」


 目の前の光景に驚きながらも、ダミルたちは距離を取って、こちらの様子を窺っている。しかし、薄汚れた革鎧を身に着けた男の一人が痺れを切らしたのか、仲間の制止を振り切って飛びかかってきた。


「うぉおおおっ! 死ねぇええっ!」


 男は雄叫びを上げながら、剣を振り下ろそうとする。だが、ハクウは手にしていた錫杖しゃくじょうをくるりと回すと、それを器用に使って男の攻撃を弾き返した。


「ぐあっ!」


 攻撃が弾かれたことで体勢が崩れた男は、勢いよく地面に倒れ込む。すかさずハクウが錫杖を構えると、先端についている鈴がシャンと音を立てた。


『<聖獣の牙ホーリーファング>』


 ハクウが魔法を詠唱すると、錫杖の先端が淡く輝く。すると、彼女が放った魔法は鋭い光の牙となって男の体を貫いた。


「がぁああっ……!?」


 全身に走る激痛に悲鳴を上げた男は、そのまま倒れ込むとピクピクと痙攣する。そして、口から血を流すと息絶えてしまった。


「この野郎ッ!」


 仲間が倒されたのを見て激高した別の男が、今度は槍でハクウを突き刺そうと襲いかかる。


『遅い』


 ハクアは小さく呟くと、腰にいていた刀を素早く抜刀する。そして、ハクウに向かって突き出された槍を真っ二つに切り裂いた。


「な、何だと!? 俺の槍が……」


 武器を失ったことに動揺している男。

 ハクアはそのまま流れるような動作で相手の背後に回り込むと、刀を横薙ぎに振って男の首を斬り落とす。首から大量の血液を吹き出した男は、ゆっくりと前のめりに倒れた。


『ふぅ……。こんなものでしょうか?』


 ハクアは静かに刀を鞘に戻すと、ハクウと一緒に恭一の前に戻ってきた。


「す、すごいね、二人とも……」


 恭一は目の前で起きた戦いに圧倒されながらも、素直に勝算の言葉を口にする。


『ありがとうございます。これも主さまの御力があってこそですよ』

『はい、主さまの御力で私たちは強くなったのです。これからも精進して参りますので、どうぞよろしくお願いします』


 ハクアとハクウは笑顔を浮かべると、恭しく頭を下げる。


「そ、そう? それはよかったよ……。残りはあいつらだけだ」


 恭一はダミルたちに視線を向けると、その顔には怒りと恐怖が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


「チィッ、クソが! テメェは一体なんなんだ!?」


 ダミルは毒づくと、残った仲間に目配せをして再び襲いかかってくる。しかし、ハクアとハクウが時間を稼いでくれたおかげで、恭一の左腕も亀裂の入った左側面も<自動修復>によって修復が完了していた。


「……もう油断はしない。行くぞ……! <稲光槍ライトニングスピア>!」


 恭一は意識を集中させると、魔法を発動させる。先ほどまでとは比べ物にならないほどの魔力の光が周囲に放電されると、空中には無数の光の槍が現れた。それらが、眩い輝き放ちながら凄まじい速度でダミルに向けて射出される。


「な、なんだ、これは……!?」


 突然現れた光の槍の群れに、ダミルは驚愕の表情を見せると回避しようとするが、とても避けきれるものではない。光の槍が次々と襲いかかり、彼の体を貫いていく。


「がぁあああっ!?」


 ダミルの体は槍の衝撃に耐えられず、吹き飛ばされるように宙を舞った。そして、地面に落下するとピクリとも動かなくなる。


『お見事です、主さま。素晴らしい魔法ですね』


 ハクアがそう言うと、隣のハクウも首を縦に振りながらパチパチと手を叩いていた。


「く、くそっ!」


 リーダー格であるダミルが倒れたのを見て、生き残った魔法使いの男が逃げ出す。しかし、女性が素早い動きで男を追い抜くと、背中から剣を振り下ろした。


「ぎゃぁああっ!」


 男の叫び声と共に、鮮血が飛び散る。そして、男はその場に倒れ伏すとそのまま事切れてしまった。


「ふぅ……。これで全員倒したみたいだな」


 恭一は周囲を見渡すと、辺り一面は男たちの死体だらけだった。しばらくすれば、迷宮に吸収されるだろうが気持ちの良い光景ではない。


『お疲れ様です、主さま』


 ハクアがそう言いながら微笑むと、恭しく頭を下げてくる。隣ではハクウも同じ仕草をしていた。


「ああ、二人のおかげで何とか勝つことができたよ。ありがとう」

『そんな……。私たちは当然のことをしただけです』

『主さまのために戦うことが私たちの使命なのです』


 ハクアとハクウはお互いの顔を見て笑い合う。


『それでは私たちは戻ります。何か御用があれば、何なりとお申し付けくださいね。私たちはいつでも主さまを見守っております』

「うん、ありがとう。またよろしくね」

『はい、それでは――』


 二人が笑顔で答えると同時に、ハクアとハクウの姿は一瞬にして消える。おそらく、彼女たちが住む世界に戻ったのだろう。


(さて、次は女性と話をしないとな)

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