第7話 魔族の少女
「えっと、大丈夫ですか……?」
恭一は壁に寄りかかって座り込んでいる女性に声をかける。
先ほどの戦いで彼女もかなりのダメージを受けており、肩口から腹部にかけて大きな火傷を負っていた。
「だ、大丈夫……くっ!」
気丈にも立ち上がろうとするが、上手く立てずに崩れ落ちてしまう。彼女の服はボロボロで、焼け焦げていたり破れて穴が空いていたりと無残な姿になっていた。
「先に回復してしまいましょう。<
恭一は両手をかざして魔法を唱えると、淡い光が女性の体を覆う。すると、徐々に傷口が塞がり始めて半分ほど回復したところで光が消えていく。
「俺の魔法では、これが限界みたいです。残りは街についてから治療を受けた方がいいと思いますよ」
「あ、ありがとう……。先ほどの魔法もそうだが、貴殿は一体……」
彼女はそう呟くと、恭一の方をじっと見つめる。
「俺は……レストって言います。見ての通り宝箱の魔物ですよ」
異世界リーナセイルでは敢えて別の名前を名乗ることにした。こちらの世界で本名を名乗ってしまうと後々問題になる可能性もあるだろう。ちなみに、名前の由来は宝箱の英語読みである”トレジャーチェスト”を少し崩してみた。
「レスト殿は
セラフィと名乗った女性は悔しそうに唇を噛むと、目を伏せる。
「……何があったのですか?」
レストが問いかけるとセラフィはポツリポツリと話し始める。
「私たちは秘薬の原料となる特別な花を求めて旅をしていたのだ。そして、数日前に乗合馬車の客からグレンステア王国周辺に、その花が咲いている場所があるという噂を聞いてな。だから、一番近い街に向かっていたのだが途中で賊に襲われてしまい、気がつけば主人と離れ離れに……私は護衛失格だ……」
セラフィは深いため息を吐くと、涙を堪えるように天を仰ぐ。
「なるほど……。事情はわかりました。でも、どうしてこの迷宮に?」
「街中で主人の行方を捜していると、魔族の女性が迷宮に入るところを見たと、あの男たちに声をかけられてな。奴らの目的も迷宮の中だったから仕事を手伝う代わりに主人の居場所を教えてもらう約束だったのだ。それが、まさか罠だったとは……」
セラフィはそう言うと拳を強く握り締める。おそらく、騙した男たちに対する怒りと自分の不甲斐なさを責める気持ちが入り混じっているのだろう。
レストは黙ったまま彼女の話を聞いていたが、あることを思い出す。
(あれ? そう言えば……)
数日前、迷宮内で転移を繰り返しながら経験を積んでいた時、偶然目に入った少女のことを思い出す。この迷宮は初心者向けなので一人で潜る冒険者も多く、その時は気にも留めなかったが、今にして思えば明らかに様子がおかしかった。
「あの、セラフィさん。捜している主人って黒い髪に赤い角と瞳をした少女だったりしますか?」
レストは恐る恐る尋ねると、セラフィは大きく見開いた眼差しをこちらに向けてくる。
「な!? ど、どこでその女性の姿を?」
「いえ、実は少し前に魔物に襲われていたところを助けたんです。怪我を負っていましたが、命に別状はないです」
レストは慌てて補足を入れると、セラフィは安心したように胸を撫で下ろす。どうやら彼女が捜していたのは、この少女で間違いないようだ。
「そうだったのか……! レスト殿にはなんと言っていいか……。本当にありがとう!」
セラフィは深々と頭を下げる。きっと彼女にとって大事な人なのだろう。
「ところで、私の主人がどこにいるのか知っているなら教えてもらえないだろうか? もちろん、礼はするつもりだ」
「ええ、わかりました。では、俺の手を握ってください」
レストは蓋を少し持ち上げると腕を伸ばしてセラフィに手を差し伸べる。彼女は一瞬驚いた表情を浮かべていたが、すぐに手を取った。
「<転移>」
レストはスキルを発動させると、セラフィを連れて迷宮の中層にある部屋へと移動する。ここは、階層内に設置された安全地帯となっており、普段は傷ついた冒険者たちが体を休めたり、食事をしたりする憩いの場になっている。その中でも、殆ど冒険者が近づかない部屋があり、そこへ少女を匿っていた。
「シャルロットお嬢様!」
セラフィは部屋の中を見回すと声を上げる。そこにはレストが昔使っていた寝袋の上に横たわる少女の姿があった。彼女はセラフィの声に気づいたのか、ゆっくりと瞼を開けると弱々しい笑みを見せる。
「ん……セラフィ? あなたも……無事だったのですね」
「ああ、シャルロットお嬢様、申し訳ございません! 私がついていながらお嬢様をこんな目に……!」
セラフィはボロボロと涙を流すと膝をつく。そんな彼女を慰めるようにシャルロットと呼ばれる少女が微笑みながらセラフィを抱き寄せた。
「気にしないで、セラフィ。あなたが悪いわけではありません」
「うっ……うぅ……」
セラフィは泣きじゃくりながらも、ぎゅっと強く抱きしめ返す。
レストはそんな彼女たちの再開に水を差さないようにそっと見守っていると、しばらくして落ち着いたのかシャルロットとセラフィはこちらを向いた。
「レスト殿、改めて助けてくれて感謝する。そして、私の主人を救ってくれたことに対して心から礼を言う」
セラフィは深々と頭を下げた。その瞳からは未だに涙が流れており、主人である彼女と再会したことがよほど嬉しかったのだろう。
「宝箱様、私からもお礼を言わせてください。私はシャルロット・リアリザ・オステンドルフ。グレーカジャ魔国の第二皇女で、見ての通り魔族です。危ないところを救っていただき、本当にありがとうございます」
続けて、セラフィの主人でもある少女も同じように深々と頭を下げる。
その容姿は漆黒のような長い髪に、ルビーを思わせる真っ赤な角と瞳が特徴の少女であり、肌は白く透き通るような透明感がある。身に纏っている衣装は質素なワンピースだったが、上品な雰囲気と可憐さを感じさせた。おそらく、彼女の育ちの良さが表れているためだろう。
(まさか、皇女様だとはね……)
レストは目の前で頭を下げる二人を見ながら、驚きを隠せない。宝箱の仕事を始めて二ヶ月近くになるが、身分の高い人物に出会ったのは初めてだった。それも、国を治める王族とは予想外すぎる展開である。
「いえ、お気になさらず。何よりお二人が無事だったのなら俺はそれで満足ですから」
レストは慌てて二人に顔を上げてもらうように促すと、ようやく納得してくれたのかゆっくりと顔を上げた。
「そういえば皇女様には名乗っていませんでしたね。俺の名前はレストって言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「私のことはどうぞシャルとお呼びください。それより、宝箱様は
レストの言葉を聞いて、なぜかシャルの目がキラキラと輝く。どうやら彼女にとっては衝撃的な事実だったらしく、その表情には隠しきれない興奮が浮かんでいた。
「ええ、まあ一応。でも、様はいらないですよ。ははは……」
レストはどう対応していいかわからず、ただ、愛想笑いを浮かべることしかできない。
「それにしても、レスト様は不思議なお方ですね。言葉を話す魔物はいますけれど、こんなにも流暢にお話ができるなんて……」
「うむ。レスト殿は魔物というより魔族に近いのかもしれませぬ」
シャルもセラフィも興味津々といった様子でレストを見ている。この世界で言葉を話す魔物はいるらしいが、ここまでしっかりとした会話ができるのは稀なことらしい。
(まぁ、中身は人間だしな。それより、二人に事情を聞いてみるか)
未だに興味が尽きない二人をよそに、レストは本題に入ることにする。まずは状況を把握しないことには話が進まない。
「ところで、お二人は特別な花を求めてこの地にやってきたと伺いましたが……?」
「あっ……申し訳ございません。まだ、きちんとお話していませんでしたね」
シャルは居住まいを正すと、改めてレストと向かい合うようにして座る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「レスト様は、『スクナビの花』と呼ばれる薬草をご存知でしょうか?」
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