13.自然をなめてはいけない

 学校までは昨日と同じだった。

 藤木先輩は今日も「まずは学校へ」と行ったのに高校の校舎を紹介するととっとと畑に行ってしまった。原口先輩が「アイツはー」と文句を言うまでがセットらしい。


「この先に山っていうか丘みたいなのがあるから行く人いるー? そうでなければ来た道を戻れば寮には戻れるわよー」


 何人かは藤木先輩に付いていき、残った面々はみな顔を見合わせた。


「山倉君は、山? に上るの?」


 河野さんに声をかけられて素直に答えた。


「うん。桜が咲いてないかなと思って」

「桜!? 私も見たい!」

「本当に咲いてるかどうかはわからないよ?」

「そうなの? でも山倉君が行くなら……」


 もしかしてなんか依存されてる? 先輩たちのニヤニヤした顔とか、他の生徒の舌打ちの音とかはどうなんだと思った。


「……体力があるなら行ってもいいんじゃないかな? 俺は桜を探しに行くだけだから途中でみんなとは別れるかもしれない。そしたらみんなと戻った方がいいよ」


 いいかげん周りの視線がうざい。イライラしていたのかもしれなかった。


「山倉君、そんな言い方って……」


 原口先輩に窘められてムッとした。そっちの方向にいちいち考えたのはそっちじゃないか。


「あ、あれ? くーちゃん? なんで……」


 おろおろしていた河野さんが足元を見てしゃがんだ。そして立ち上がった河野さんの腕には小さなワニが抱えられていた。どうやら自分のワニと再会したようだった。

 グゥッ、グゥッとワニは鳴いた。そんな声なんだと思った。


「な、なんかうちの子が着いてきちゃったみたいです……」


 どうしようとまたおろおろしている。


「だっこしてたら山は上れないかもね。なんか紐とか持ってる人いるー?」


 原口先輩が聞く。風呂敷じゃ足りなかった時の為に、実は腰に上着を巻いていたのでそれを渡した。


「紐の代わりにするといいよ。汚したら洗って返してくれればいい」

「あ、あああありがとう!」


 原口先輩ともう一人の女の先輩が手伝ってワニを俺の上着で包むようにして抱っこ紐のようにしてしまった。袖とか伸びそうだなと思った。ま、どーせうちのウサギの支えかなんかにする為にもってきたんだからいいかと割り切った。

 そんなちょっとしたアクシデントはあったが、残った生徒たちと山に上った。ウサギたちは自分で上るらしく風呂敷から出てくれたから助かった。山頂付近で女の先輩に声をかけられた。


「山倉君だっけ? 私は稲村っていうの。よろしくね」

「稲村先輩とおっしゃるんですね。よろしくお願いします」


 今日一緒に来た女の先輩は稲村先輩というらしい。


「山倉君にはウサギが二匹もいるのね。羨ましい~」

「あはは。うちのルームメイトなんかウサギとモルモットにオオカミですよ」

「一人分けてほしいわ~」


 そんなことを言いながら昨日と同じように校長先生のお宅に行った。


「校長せんせーい! おはようございまーす!」


 今日戸を叩いたのは稲村先輩だった。稲村先輩には動物がいないらしい。

 校長は在宅だった。好々爺然とした笑みを浮かべ、今日も着物姿で現れた。


「おはよう。おりえんなんとかだったかね?」


 そして今日も同じことを聞いた。


「オリエンテーションです。昨日までに来た生徒たちに島の案内をしています」

「そうかそうか」

「校長先生、足元にいらっしゃる黒猫は……」

「うん、そうだな」


 校長は足元に絡まっている黒猫を抱き上げると家を出た。そしてみなを見回し、黒猫に話しかけた。


「誰か主はいるか?」


 と。

 稲村先輩はわくわくしているように見えたが、黒猫はふいとそっぽを向いた。残念ながら該当者は今日も現れなかったらしい。稲村先輩の肩が落ちた。


「……いないみたいですね。また来ます」

「うむ。出迎えもしよう」

「……お願いします」


 みんなで校長先生に頭を下げて山を少し下った。


「あーあ……」


 稲村先輩がため息をついた。けっこう期待していたのかもしれない。


「山倉君は桜を探すんだっけ?」

「ええ。北の森には下りてもいいですか?」

「ん-……一人だとだめかな。誰か着いてく?」


 稲村先輩が原口先輩と立木先輩を見やった。


「あ、私も桜が見たいからついて行くわ。でもきっとこの辺からの方が桜は見えると思うわよ。森まで下りちゃうと遭難しちゃうかもしれないし」


 原口先輩が手を上げてくれた。ありがたい。


「じゃあ先に行ってるわねー」


 稲村先輩と立木先輩が他の生徒を先導して戻っていった。河野さんがこちらを振り向いたけど、頭を下げて先輩たちについていった。みんなの姿が見えなくなってから、原口先輩は口を開いた。


「山倉君、いろいろごめんね」

「なにがですか?」

「……わからないならいいわ」


 原口先輩はそう言って笑んだ。


「ウサギさんたち、撫でてもいいかしら?」


 ウサギたちは今は風呂敷の中で気持ちよさそうに目を閉じている。でも口がもぐもぐ動いているから起きてはいるみたいだった。そっと原口先輩がウサギたちを撫でた。


「かわいいわねぇ。うちのちゃーちゃんもこれぐらいちっちゃい時期があったはずなんだけど」

「そういえば大きな猫? と一緒に暮らしているんでしたっけ?」

「そうなのよー。本当に大きいの。かわいいわよ」


 二人でそんなことを話しながら山をぐるりと一周した。ところどころ薄い色の花をつけた木が見えた。それが桜なのかもしれなかった。


「あれ、なんですかね」

「そうかもしれないわね。近くに行けばわかりそうだけど……どうする?」

「できれば近くで見たいです」


 そう言って山を下りたけど、俺たちは顔を見合わせた。木々が鬱蒼と茂っている。さすがに準備をしないと探せそうもなかった。


「……明日にしましょうか」

「ですね」


 さすがに二人で探すのは無謀なようだった。

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