12.春だからつい気になった
無名島にやってきて三日目。そういえば桜が咲いてないなと思った。暖かいところだからもう全て散ってしまったんだろうか。
「近藤君、この島って桜は咲くのかな?」
「あるにしてももう咲いた後なんじゃない? 気になるなら藤木先輩に聞けばいいと思うよ~」
変わった先輩だけど確かに植物のことに関しては詳しそうだ。でも畑は作っているみたいだけど花の栽培とかはしていないのかな。少しだけ気になった。
朝食を取りに食堂へ行ったらちょうど藤木先輩が出て行くところだった。
「おはようございます!」
「ん? ああ、ウサギの飼主君とマザコンじゃないか。おはよう」
言ってることはアレだが今朝も先輩は爽やかだった。いいかげん名前で呼んでほしい。
「山倉と近藤です。先輩に聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい? 僕はこれから畑に行くつもりなんだが……」
「急ぎですか?」
「十分だけなら付き合ってあげよう」
「ありがとうございます」
和人がぶべーという顔をしていたが今は付き合ってもらうことにした。
「桜? 花の栽培だって?」
腰掛けて聞いてみると先輩は眉間に皺を寄せた。
「確か山の北側にオオシマザクラだかカワヅザクラだかが生えているはずだが……。この辺りでは見ないな。僕は花の栽培はやっていない。興味があるなら島の花を剪定している生徒を紹介しようか?」
「あ、いえ。それほど興味があるわけではないので。ありがとうございました」
先輩に礼を言って送り出してから朝食にした。
「山の向こうか……」
「桜ってそんなに見たいもん?」
「いや、どうせだから今のうちに島の探検とかできたらいいかなと思っただけだよ。今日のオリエンテーションは藤木先輩は行かないのかな。聞いておけばよかった」
「物好きだね~。僕は部屋で過ごすことにするよ~」
「少しは動かないと太るぞ」
「ママみたいなこと言わないでよ~」
ははは、とお互い笑って洗濯をしに行った。他の生徒たちと会話も特にしないから、学校が始まるまではこのままなんだろうなと思う。友達なんて無理に作るものじゃないと思っているからどうでもよかった。それに今は友達というよりもウサギたちに夢中だ。
今朝はベッドに糞が落ちてなかったからアルとラージをいっぱい褒めた。でもご褒美にあげるようなものもなかったから用意しておいた方がいいと思った。アルとラージは俺にぴとっとくっついてぷぅぷぅぷぅと機嫌良さそうに鳴いていた。かわいくてたまらん。
幸い部屋には小さい冷蔵庫がついているので餌用に野菜とか買いたい。そのことを和人に言ったら、
「畑で余分にもらってこようか?」
と言っていた。
「買わないでもらうもん?」
「寮監に聞いてみよ~」
わからないことはその都度聞くに限る。やる気がなさそうな寮監は、
「不思議な畑に頼めばいーんじゃねーの?」
とかわけがわからないことを言っていた。
「不思議な畑ってなんですか?」
「んー? なんか校長が持ってきた土でできた畑っつってたか。温室っぽいの見ただろ?」
「ああ、そういえば……」
学校と寮の間の畑の隅に温室のようなものがあった気がする。
「あそこならあらゆる野菜が生えてるってさ」
温室だからそれもありなんだろうか。あらゆる、は言い過ぎだと思うがいろんな野菜が栽培されているのかもしれない。
「ありがとうございます。あのぅ、でも料金とかは……」
「金? この島で現金を扱うところなんかないよ。どうしても気が済まないならなんか手伝ってやればいい」
「……わかりました。ありがとうございます」
なんていうか、村みたいなところだなと思った。かつては山で暮らしていたけど、そこはこんなかんじだった気がする。
「お金いらないよね~。でもエロ本とか買えないのつら」
「……確かに」
理想的な島ではあるが若い性欲はどうしたらいいのか。さすがに寮監に言うことでもないなと和人と顔を見合わせた。
「確か、長期の休みは実家に戻ってもいいらしいからその時に買うしかないかな~」
「部屋とか抜き打ち検査とかないよな?」
「あー、んとねー。週一で寮監が部屋を覗きにはくるみたい。あんまり汚いと部屋番号書かれて掃除しろとか掃除機かけろとか書かれるみたいだよー」
「マジか」
「でも入口から見るだけらしいからそーゆーのは隠せば大丈夫じゃない?」
「だな」
情けない話だが意外と切実だったりする。青少年の性欲ナメんな。そこらへんはおかずがなくてもできるけどな。
オリエンテーションが始まりそうな時間に風呂敷を斜め掛けしてウサギたちをその間に入れ、寮の入口に移動した。
「あら、山倉君は今日も参加するの?」
「山の向こうに桜が見えるかもしれないと聞いたので」
「花見もいいかもね~」
原口先輩ともう一人女の先輩、それから藤木先輩と立木先輩が一緒だった。今日はメンバーが多くて全部で二十人以上はいる。
「や、山倉君!?」
「ああ……河野さん、おはよう」
今日はワニとは一緒ではないようだ。小さな顔に大きな目を見開いて驚いたような表情をされた。
「山倉君も行くの?」
「うん、学校の向こうに用があってさ」
「そうなんだ……」
そんなに嬉しそうな顔をされてもな。ふと視線を感じてそちらを見やると、先輩たちがニヤニヤしたような顔をしていた。
だからそんなんじゃねえっての。
俺は内心ため息をつきながらウサギを撫でた。ぷぅぷぅぷっと満足そうに鳴かれて思わず顔がほころんだ。
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