10.新入生が続々とやってきた

 午後、なにかが飛んでいるような音がした。昨日乗ってきたVTOL機だろうか。まだ一日しか経ってないのになんでこんなに濃いんだろう。すでにいっぱいいっぱいで、俺もうここの高校に入学してたかなと首を傾げた。まだ入学式まで十日ぐらいあるはずなんだけど。

 俺も寮の管理室から問題集をもらってやってみることにした。寮監がやる気なさげに教科ごとの問題集を渡してくれた。……うん、真面目に勉強しないと無理かもしんないと思った。学校が始まるまでに全部終えるつもりでやらないといけないようだ。

 気分転換に床掃除をして窓の外を見たら、また藤木先輩たちがいた。午前中は畑の世話で午後は新入生の世話か。なんだかんだいって面倒見がいいよな。

 先輩たちって今年受験のはずだけどどうするんだろう。


「あ、新しい子たち来たんだね~」


 和人が今気づいた、というように窓を開けた。


「?」

「おっめでとーーーー!」

「きゃあっ!?」


 藤木先輩の声がした。藤木先輩が声をかけた女の子がたたらを踏んだ。反射的に身体が動いて、俺は裸足のまま飛び出していた。倒れそうになっていた女の子を後ろから支える。

 藤木先輩もそつなく女の子の腰を支えていたから、俺は余計だったかもしれない。


「あれ? ウサギの飼主君?」

「藤木先輩、人の耳元で大きな声出しちゃだめでしょう」

「そうだね、気をつけるよ。ごめんね」

「あ、いえ……」


 女の子の肩越しに抱えている生き物が見えた。


「ワニ?」

「あ、はい……」


 女の子は腕の中に収まるぐらいの灰色のワニを抱え、困っているように見えた。


「爬虫類もいるんだ……」


 ワニの表情はわからないが、女の子の腕の中に収まって満足そうにおとなしくしている。俺はそっと女の子から離れた。

 藤木先輩の声に驚いたのか、動物たちが庭の向こうから窺っているのがわかった。


「藤木先輩、あんまり大きい声を出すと動物に嫌われますよ」

「ががーん」


 マンガの効果音かよ。


「そうか。僕のこの大声のおかげで動物たちに倦厭されているのかっ! でも大声は僕のアイデンティティ! 畑にいると大声でないと通じない! ああどうしたらいいんだっ!」

「うるさいですよ~」


 立木先輩が何かの冊子を丸めたもので藤木先輩をスパーンと叩いた。


「立木! 貴様先輩に向かってっ!」

「動物逃げちゃったじゃないですか~」


 このままにしておいたら話が進みそうもない。うんざりして振り返ると、和人が出てきた。


「山倉君、靴履かないと~」


 スニーカーを渡されてはっとした。


「ああ、ありがとう」


 足の裏は草を踏んだぐらいだったから汚れているようには見えなかった。上がる時に改めて雑巾で拭けばいいだろう。


「藤木先輩、立木先輩、みんな困ってますよ~」

「ああ、すまない。動物たちは気に入った者には寄ってくるだろうからしばらくそのままでいてくれ」


 藤木先輩はようやく目的を思い出したようでキリッとした。顔は悪くないし背も低くはない。だから黙っていればモテそうなのだが口を開けば残念だ。


「あ、あのう……」


 ワニを抱えた女の子に声をかけられた。


「なに?」

「私、この子に気に入られちゃったんでしょうか?」

「たぶんそうなんじゃないかな。ええと、新入生だよね。俺も新入生だからタメでいいよ」

「ありがとう……でもこれからどうすれば……?」

「これが終ったら一度寮の中に戻って、原口先輩っていう女の先輩に声をかけられると思うからそっちで聞いてくれる?」


 女子のことはわからないから勝手なことは言えない。


「……うん、ありがとう」

「そうだ、女子については寮の広間で原口が待っているから安心してくれ」


 藤木先輩がみんなに声をかけた。それにしても今日は昨日より多いみたいで、軽く数えただけで十五人はいそうだった。そのうち動物が寄ってきたのは、ワニを抱えた女の子と犬が近寄っていった男子一人だけだった。今日は二人らしい。


「ここに集まっている動物は全てじゃないから、そのうち出会うこともあるかもしれない。そうしたら温かく迎えてあげてほしい」


 動物が寄ってこなかった者たちに藤木先輩がフォローしている。何人かはあからさまに肩を落としていたから慰めは必要だろう。


「どうにかなったみたいだね。山倉君、戻ろう」

「ああ」

「あのっ!」


 部屋に戻ろうとしたら女の子の声がした。振り向くと、ワニを抱えた女の子が真っ赤な顔をしていた。


「どうかした?」

「ありがとう! 私、河野(こうの)っていうの……」

「河野さん? 俺は山倉。こっちが近藤だよ。またね」

「うん、またね!」


 女の子―河野さんは笑顔で片手を上げて振った。肩ぐらいの長さの黒髪が揺れる。

 俺はそうして窓から部屋に入った。また部屋の床が汚くなっている。掃除しないとなとちりとりを取ったら和人がニヤニヤしていた。


「なんだよ?」

「青春だねー」


 そう言って指でメガネをクイと上げた。


「そんなんじゃないだろ」


 たまたまだ、たまたま。

 ウサギの糞を掃いていたら目の前にアルのかわいいお尻があって糞をした。かわいいけどウサギは糞が困るなぁと思った。

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