8.山もあれば湖もある

「全く、いいかげんなんだから……」


 原口先輩が嘆息した。相田先輩がうんうんと頷いている。二人とも苦労性みたいだった。


「この更に北に行くとね、山っていうか少し高い丘があるんだけど行く子いる?」


 残っていたみなが手を上げた。どうせ特に予定もない。学校が始まるまで島の散策をしようと思っていたからちょうどよかった。


「山、ですか」

「丘みたいなものだけどね。一応標高は300mぐらいあるわ」

「それなりに高いですね」


 確か某TV番組で開拓している島の山の標高より高いかもしれない。それに当然ながらこちらの島の方が遥かに広そうだ。


「この島って元々は神津島より小さかったんですよね」

「ええ、神津島より小さかったのに、今は伊豆大島ぐらい面積があるのよ。不思議よね」


 ウサギたちは原口先輩の手を嫌がらなかった。撫でられて気持ちよさそうにしている。女子の手の方が柔らかくて気持ちいいのだろう。

 学校の裏手に回るとまた開け、そちらにも畑が広がっていた。畑の向こうにまた林、というか森があり、その先には山があった。そういえば来る時に見たなと思った。


「山のてっぺんに校長先生のお宅があるの。毎日軽々といらっしゃるのよ」

「へ~。校長先生はこの島に住んでいるんですか?」

「島は国有らしいんだけど、校長先生には居住権? みたいなものがあるみたい。卒業後も島に残りたければ残っていいみたいよ。ある程度条件はあるけどね。藤木君はもうこの島に住むつもりで畑を拡げているわ」

「へ~」


 そんなことができるのか。島を開拓して暮らすってやつなのかな。それはそれで楽しそうだなと思う。

 標高はそれほど高くはないけど登山道などがあるわけではないのでけっこう疲れた。よくこんな山のてっぺんに住んでいられるなと思った。

 校長先生の家は小ぢんまりとした平屋だった。


「校長せんせーい! おはようございます!」


 原口先輩が戸を叩くと、好々爺然とした校長先生が出てきた。着物姿で、それがなんとも似合っている。


「おはよう。おりえんなんとかだったかね?」

「オリエンテーションです。島の案内をしています」

「そうかそうか。今年はいっぱい来ると聞いたが」

「予定では132名です」

「そうかそうか。それは豪儀だ」


 校長先生の足元から昨日見た黒くて丸っこいのが現れた。どうやら猫のようである。


「校長先生、また拾われたんですか?」

「昨日な。また気が付いたら足元にいた」


 気が付いたら足元にいるってどんな状態なんだろう。校長先生はすごく動物に好かれるということなんだろうか。


「拾っちゃったら増えちゃうじゃないですか」

「拾わなかったら可哀想だ」

「それ、ダメな飼主の言い分ですよ!」


 原口先輩が笑いながら言う。校長先生はバツが悪そうに笑い、黒猫を抱き上げた。


「誰か主はいるか?」


 校長先生が黒猫に話しかけた。黒猫はふいとそっぽを向いた。


「いないみたいですね。また来ます。校長先生は今日も出迎えするんですか?」

「毎日出迎えはしよう。もしかしたらみなが探している子がいるかもしれぬしな」

「もう少し自重しないと動物だらけになっちゃいますよ」


 校長先生はまいったなあというように頭を掻いた。みんなで校長先生に頭を下げて山を下りた。この山から北の方にかけては全て森のようになっている。植生はとても豊かなのだろうと思った。


「ここから北は野生動物の宝庫よ。イノシシとかシカが増えすぎて学校とか寮の近くまで来ることがあるわ。シカは見かければ逃げていくけど、イノシシはパニックを起こして突進してくることがあるから気をつけてね」

「……どう気をつければいいんでしょうか」

「見かけたら相手を刺激しないようにして逃げることね。それ以外対処法はないわ」

「ですよね」


 原口先輩に言われて、みな顔を見合わせた。昨日一緒に来たうちの一人が手を上げた。


「すみません、でもイノシシってそんなに怖いものですか?」

「正面から突進されたら死ぬわよ?」

「……あのう、そんなにイノシシって頻繁に見ます?」

「月一ぐらいで遭うわね。畑にいると余計かも。でも畑番の動物たちがいるからそれほど被害はないわ」


 やっぱりイノシシとかって害獣なんだなと思った。それにしても畑番ってなんだろう?

 山を東から回って下りたところに大きな湖があった。その南側にも大きな池のようなものがある。どうやらそこは貯水池のようだった。


「あっちの湖は夏の水泳教室に使うからね~」

「湖で水泳教室ですか……」

「直接海に入って波にさらわれたら困るじゃない」

「確かに……」


 みんなでうんうん頷いた。更に東に歩いて行ったら海岸についた。


「ここで海水浴もできるわ。梅雨はあるけど6月の下旬頃には普通に泳げるわ。10月ぐらいまで泳げるけど、クラゲには注意してね」

「はーい」


 ウサギたちは砂浜に下りて砂を浴びまくっていた。砂、好きなのかな。穴掘って埋まってる。かわいい。

 それからしばらく砂浜でまったりしてから寮に戻った。海岸からは道が二本あり、北西に向かっているのが今歩いてきた方で、南西に向かう道は寮と学校の間の道に続いているらしい。これなら道に迷わなくていいかなと思ったけど、定期的に草むしりをしないとすぐに道がなくなってしまうそうだ。

 まだそんなに生えてはいなかったけど、みんなで草むしりをしながら戻った。


「オリエンテーションは毎日やってるから、また参加したくなったら来てね~」


 寮のロビーで解散となった。砂を落としたつもりだがじゃりじゃりするので、ウサギたちの身体を庭で改めてブラッシングした。ウサギたちは嬉しそうにぷぅぷぅぷぅと鳴いた。かわいいなぁ。じゃりじゃりしてるけど。


「風呂入れないとだめかなー……」


 窓から部屋に入る。


「ただいま。近藤君、風呂って何時から開いてる?」

「おかえり~。動物と入れる風呂は24時間開いてるよ~」

「わかった。ちょっと洗ってくる」

「いってらっしゃーい」


 ウサギたちを抱えて昼から風呂に入ることになった。もうすっかりウサギのお世話係だなと思った。

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