第20話 目的なしに上がってこない

「君たちは悪魔が何の目的もなしにダンジョンにいすわっていると思うかい?」


「地上世界に進出することか?」


 チッチッチとわざとらしく舌を鳴らしながらベルは人差し指を大仰に横に振る。


「そんな野望だけのバカみたいな理由じゃないさ。そもそもまずこのグラン・ダンジョンの最下層に“ヘル”が存在していることは知っているだろ?」


「だから最下層まで到達した人間がいないのよね。下っていけばいくほど“異能”が嵐みたいに吹き荒れているから」


 これまで人間が到達したのは第108階層までだ。数十年前のSランク冒険者が一人で到達しその後失踪している。


 ヘルはそのもっと下層にある悪魔が住むと言われている第2の世界だ。


 ベルは俺らに前提知識が定着していることに満足げにうなずくと続けた。


「もともとはその“異能”の嵐のおかげで人間たちとは共生できていた。そんな感じで平穏な日々を暮らしていたんだけどある日事件が起きたのさ」


 まだ家にいたころに見た本でも確かに下層のまた下層に行かなければ悪魔と呼ばれる存在は出現しないという記述があった気がする。


 それがこの数年間で第50階層ほどまで進出してきている。


 ベルの表情から優しく軽やかな感情が抜けると、硬い声色で、


「“聖浄せいじょう”が起きたのさ」


「ダンテ、知ってる?」

「……いや」


 さすがに俺も小さいころに見た本の知識しかないし、“聖”とついているような神々関連のほうはプリーストのヨハンナのほうが詳しいだろうから、その彼女が知らないとなれば人類にとっても稀有な情報なのだろう。


 ベルは教師のように左右に歩き回りながら説明する。


「“聖浄”ってのは悪魔と神々の戦争さ。過去何度か勃発したんだが、神々がほとんどの戦を勝利してしまっているからこの戦争の神側の呼び名で呼ばれることが多い。んでその“聖浄”が数十年前に起き、多くの悪魔が神々に支配される形になってしまったんだよ」


「家を追われたからここまで上がってきたってことか……」

「いいや? それが違うんだよ」


 きゅっと眉を細めるベル。


「ほとんどが神々の配下に加わったんだ。地上を攻め落とす兵器としてね」

「そんなわけないでしょう!? 元々敵対していた側につくほど能無しでもないでしょ?」


 諦めたようにため息をつくとベルは、


「操られたんだよ。新入りの神さんにな」


 そういって俺らの正面に腰かけた。


「その洗脳の“権能”で前線兵士の大半が謀反、そこからなし崩し的に国中に洗脳が広がり、絶体絶命となった状態のときに悪魔の王が逃亡、完全に神々にのっとられたってわけさ」


 事情は大体わかった。わかったんだけど……


「一ついいか? お前も洗脳されるってことでいいのか?」


 洗脳されているとしたらずいぶん親切な洗脳だけども。


 俺の疑問に対してベルは気まずそうに頬をかく。


「あー、いや、えっと……。俺、“聖浄”の時ヘルにいなかったんだよ。ダンジョン上層の調査とやらで」

「調査ってことはあんたの“異能”も捜索系なのか?」

「ま、まあそういうことだな」


 ベルがぎこちなくうなずく。


“異能”が捜索に長けているなら俺らが戦った悪魔のことも知っていることに妥当性が増してきた。


 でもいつでも監視されているみたいでいやなんだけど。


「そういうことで気をつけろよ。ダンテもヨハンナも残りの二人も相手は悪魔じゃない。その後ろに控えている神々を忘れるなよ」


 黙りこくっている俺とヨハンナの肩に重い空気がのしかかる。


「帰りましたー! 大変です皆さん!」


 隠しダンジョンの扉を勢いよく開けて転がりこむようにリエルが帰ってきた。


「どうした? 甲冑の人たちが何かあったのか?」

「違うんです! 私たちは大丈夫というか平気なんですけど……えと、えっと!」

「ギルドマスターに全員顔を出せって言われたんですよー。4人全員に話したいことがあるって」


 焦りすぎて言葉が出ずわたわたしているリエルにため息をつきながらベアトリーチェが補足する。


 4人ってことはヨハンナの存在がバレているということ。隠しダンジョンここに来てから一度も地上に出なかった彼女すらも知っていること自体に恐怖が走る。


「断ってくれ。俺らに賛辞はいらないとでも言っておけばごまかせるだろ。俺とヨハンナは地上に出れないんだよ。頼んだ」


「だめですよー。全員連れてこないとギルドカード失効するとまで脅されてるのでー」


 なぁんでゆっくりできないんだよ! まだグラス半分ぐらい酒残ってんだけど! 晩酌ぐらいさせろこのクソったれ運命!!


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【あとがき】

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