第17話 閃光と錯覚

「キリがないな! 進めねぇ……!」


 マモンが再び姿を消してからしばらく、俺たちは入り組んだ通路の中で次々と襲い掛かってくる甲冑に進路を妨害されていた。


「私たちが皆さんを救いますから! もう少し、もう少しだけ待っていてください!」


 リエルは甲冑相手にそんなことを語り掛けながら戦っている。


 この甲冑たちはマモンに操られた人間たちだ。勇者のリエルとしては誰一人殺すことなく進みたいのだろう。


 俺はその意思を尊重したい。


 赤の他人でも救おうとする姿勢は俺にはないものだ。自分を顧みず他人を想い、助けるために行動する。


 その人間らしい思想がうらやましい。


 だからこそ俺はその願いを聞き入れる。


「──『時間錯覚タイム・イリュージョン』」


 ぎこちない動きで俺に殴りかかってきた甲冑が止まる。滴った血液ですら地面につくことはない。


時間錯覚タイム・イリュージョン』で止めることができるのは体感十数秒だ。そもそも俺のスキルは『錯覚』、スキルの効果が永遠に続くわけがない。


 兜に手を伸ばす。推測通りなら全身の鎧を脱がせば中の人間は救出できるはずだ。


 ブシュッ!! 


 野太い悲鳴と共に噴き出す血潮。


 わずかな抵抗感と共に肉を裂いた感触が両手に伝わる。


「肉に食い込んでッ……!」


 装備剥がすのは対策してるよな! 助けんのは無理だろこれ!


 後ろに飛びずさり距離をとる。


「……して。……してくれ」


「お前まだ話せるのか!?」


「……殺してくれ。みすみす生きながらえるより……戦場で、死にたい……」


 神に祈るような懇願。


 心の中でごめんとつぶやきながら『空間錯覚ルーム・イリュージョン』で鎧ごと消し飛ばしていく。


 リエルの思想と兵士自身が望むことの天秤。


 鎧が食い込んでおり完全に救うことが不可能である以上、リエルの思想を優先して無駄死にする確率を増加させるよりも早く兵士たちをこの地獄から解放して先を急いだほうがこのエリア根本の解決には近づくだろう。


 そう考えたがゆえに次々と襲い掛かってくる甲冑の頭を吹き飛ばしていった。


「兜が外れない!! こいつらを殺すしかない!!」


「そんなっ……!」


 背中越しにリエルの悲痛な声が聞こえる。


「ダンテ! このままだとジリ貧よ!」


「さすがに量がおおいですー!」


 人がやっとすれ違えるほどの幅の通路に前後からとどまることな甲冑が襲い掛かってくる。


「開けた場所があれば何とかなるのですが……!」


「広ければいいんだな!?」

「はい!」

「リエル! 10秒だけ耐えてくれ!」


 俺は細かなステップで通路はじに移動し床と壁に手をついた。


 体力消費とか考えてる場合じゃねぇ!! 生きるか死ぬかだ。どうせ戦闘不能になるなら役割果たしてから倒れろ!


 カラカラに乾いた喉を唾で潤して叫んだ。


「『迷宮錯覚ラビリンス・イリュージョン』!!!」


 ズゴゴゴゴゴ!!!


 空間全体が軋むような鈍い地響きと共に通路の両側がゆっくりと開いていく。


 壁が左右に広げられたことで、他の通路や部屋が消滅し、あふれた甲冑たちがぞろぞろと這い出してきた。


 ざっと3、40体ほど。マモンの言葉が真実なら甲冑のほとんどがこの広間に存在していることになる。


「この数処理できる!?」


「いけます!! 下がってください!!」


 俺が後退すると同時にリエルが振りかぶる。


 両手で握りしめているのは甲冑から奪ったであろう両手剣。


「『限定解除:聖閃カリバーン』!!」


 リエルが剣を振り下ろす。

 しかし刀身は空を切っている。


 剣先が地面につきそうなほど降ろされたそれから発されたのは光の奔流。


 闇を切り裂くように一直線に伸びた光が甲冑たちを包み込む。


 ガシャンガシャン!! ドサッ!!


 甲冑たちがバタバタと波が押し寄せるように倒れていく。


 再度動く気配はない。


 かすかに呼吸音が聞こえるから、なかの兵士たちが無事であることは確実だろう。


 開けた視界に金属片の山が2つとその奥に見え隠れする重厚な扉が映る。


「“異能”を断ち切りました! 今のうちに!」


「後ろは抑えたわ! 早く!」


 俺らの背後に迫ってきていた甲冑を蹴り飛ばして奥へと全力で走る。


迷宮錯覚ラビリンス・イリュージョン』を発動した直後の気怠い体を引きずるようにして金属片の山の目の前に到達した瞬間、


 ガシャガシャガシャ! ドシン!


「そうだよな! まだいるよな!」


 金属片が寄り集まり俺の頭を優に超えるゴーレムが組みあがっていった。


 扉を守るように両腕を広げ立ちはだかる。


「邪魔だ」


 右腕一閃ゴーレムの身体が細かく震え赤熱する。


 俺が発動したのは『温度錯覚サーモ・イリュージョン』。ただ物体の温度を上下させるだけ。


 どろどろにとけて液状に変化した元ゴーレムのしぶきが飛ばない位置まで飛びずさる。


 今度は『空間錯覚ルーム・イリュージョン』を発動。液体金属の真下に穴を掘り、流し込む。


 シューシューと空気が焼ける音を立てながら金属塊はダンジョンの床に埋もれていった。


「あともう一体は……」


 急いでもう一体のほうへ振り向くと元の金属片の山に戻っていた。


 ヨハンナは右手の淡い光を消すと、


「こっちは大丈夫よ。行きましょう」


 と勝気にほほ笑んだ。


「やっとボスのお出ましだ」


 ボスへの扉が開く音がダンジョン内にこだましていく。


 まるで聖者を迎え入れる鐘の音のように。


 ──────────────────────────────────────

【あとがき】

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