第16話 金属の回廊
──第75階層
「遺跡、ですね……」
あたりをぐるりと見渡してリエルがつぶやいた。
洞窟の中のようなごつごつとした岩壁に囲まれていた第74階層までとは違いきれいに磨かれた岩が整然と積み上げられており、ところどころに豪奢な彫刻が施された柱が立っている様子は古代の人々が作り上げた神殿の内部に似ていた。
悪魔の領域というものはダンジョンそのものにも影響を与え彼らの意のままに作り替えることができるようだ。
「相手の領域内ですから十分警戒して進みましょう」
リエルを先頭、ローブ女もといベアトリーチェを殿にして一歩ずつ確かめるように慎重に進んでいった。
ザッ、ザッ、ズズッ
奥へ足を進めるにつれリエルの脚が遅くなっていく。
「大丈夫か?」
「すいません。このままだと戦闘は難しいです……。鎧が壁に吸い込まれるような感じがしています。お気を付けください」
リエルはもはや直立することすら困難になっている。
しかし、リエル以外のメンバーには特に目立った影響がない。
「原因調べるので待っていてくださいー」
「いや、待ってくれ。わかったかもしれない」
リエルのみ影響が出ているということは、俺らとリエルの間に相違点があるということ。
そう、服装だ。
俺はシャツにパンツの軽装、ヨハンナは修道服、ベアトリーチェはローブと誰一人金属製品を身に着けていない。
それに対してリエルは軽装備ながらも全身に鎧をまとっている。
つまり、
「金属は影響を受ける領域か……。マモンの忠告は馬鹿正直だったんだな」
「そうだよ? それなのに鎧も剣も持ってきちゃって。没収だよ?」
あざけ笑うような言葉と共に俺たちの頭上にマモンが逆さになって現れる。
グン!
ガキンガキン! ガシャン!
つんざめくような金属音とともにリエルの剣が、ヨハンナのハンマーがマモンの両手に吸い寄せられていった。
「きゃあああ!?」
リエル自身も鎧ごと空間を切るように彼の元へと吸い寄せられていく。
「人間は没収しないからいらないや。鎧は脱いだ方がいいよ? もうわかったでしょ?」
マモンはつまらなさそうにため息をつくと、呆れたように肩をすくめた。
その拍子に宙で放心していたリエルが落下する。
「痛たたた……。降りてきなさい! 卑怯ですよ!?」
もてあそばれたように扱われたことに憤慨してか、きつくにらむリエルをにらみ返してマモンはムッとした表情になって、
「あのさぁ、落ち着いてよ。こんな序盤で戦うはずないでしょ? 君たちはこいつの相手でもしてなよ」
彼が軽く手を振ると、ダンジョン奥の暗闇からまばゆい光を乱射させながら一直線に物体が飛来する。
とっさに俺は『
「なっ……!」
目の前をふさぐようにいびつな球体が飛ぶ。
一拍おいて飛び散る赤いしぶき。
恨みと言わんばかりに血を噴き上げ足元まで転がってきたのは甲冑をまとった人間だった。
胸当ての白百合の紋章が赤く染まる。
「あんた、シュミ悪いな。最悪だよ」
「大丈夫だよ。そいつはもう死んだも同然だったから君が殺したわけじゃないよ」
ニヤニヤしながら言っているのもタチが悪い。
それにこの甲冑の人間、さっきまで息はあったはずだ。
温かい血液の感触の余韻がまだ右手に残っている。
「……悪魔さんよ」
「ん? 何かな? ぼく、もう帰りたいから簡潔に言ってね?」
俺はスッとダンジョンの奥を指差すと、
「あと何人転がってんだよ?」
俺の後ろで息を飲む音が3つ。
この白百合の紋の甲冑の人間は王国軍の兵士だ。一人だけ取り残されたというよりもリーダーごと全滅した可能性のほうが高いだろう。
その指揮官だったルイは……。
結末が容易に想像できる。
マモンは死体を眺めて顔をしかめていた俺を見つめると口角を上げて、
「ざっと5、60体くらいかなあ。ベリトくんが暴れてくれたおかげでぼくの準備は万端さ。君に負けちゃったのは残念だけどねぇ」
言葉と顔が噛み合ってないんだよ。
同じ悪魔が倒されたというに悲しみの色が表情に現れていない。
「あんたもベリトと同じところに送ってやるよ」
俺も負けじと挑戦的に口角を釣り上げる。
あおるような俺の言葉を鼻で笑うとマモンは、
「やってみなよ。ぼくは奥で待ってるからさ。まずはこのエリアを突破してね」
そう言い残すときらめく砂塵にまぎれて姿を消した。
「……覚悟を決めてくれ。進むぞ」
「私は大丈夫です。一刻も早くこの人たちを解放しなければいけません」
「あたしもよ。むかつくけど人の死体なんてとっくに見慣れてるわ」
「わたくしはリエルについていくだけですからー」
皆、突然の人間の死体、殺人の風景で参っていたのかと思ってたけど杞憂だったみたいだ。
こうして俺たちは武器なし防具なしでマモンの元へと急ぐのであった。
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【あとがき】
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