第15話 『富貴』の目覚め
もぐもぐと口を動かしながら何か問題でも? というようにキョトンとした表情でこちらを見上げる少年。
街の中では違和感のないシャツ姿。だがダンジョンの中では明らかに異質な恰好。
「フッ……!」
ブンッ!!
とっさに『
しかし、振りぬいた右腕には肉体に触れた感触を感じることができない。
少年らしきナニかはゴクンとパンを飲み込むと、むすっと頬を膨らませて、
「危ないよ。おれはただ挨拶に来ただけなのになんで攻撃するの?」
「挨拶だけだったらパン食ってんじゃねぇよ」
「もー、つれないな。ぼくの親切心を無駄にする気なの?」
少年はやれやれといった感じで首を横に振る。
「……親切心? というかそもそもあんた誰だよ?」
「ぼくは『
街の少年のような、言ってしまえば富とはかけ離れた格好と『富貴』の二つ名に俺は違和感を覚えた。
それに領域を作ったという趣旨の発言。
なぜここまで俺らに情報を与えに来た? ベリトと同じように精神に関わる“異能”? そだとしたら『富貴』と矛盾するか……。
勝手に考察を始めた脳内を抑えつつ、マモンと名乗った悪魔を正面から見据える。
「……それで、忠告というものは?」
「そんなに警戒しなくてもいいのに……。ぼくは本気で君たちを心配しているんだよ? それで忠告ってのはねぇ……、剣とかハンマーとかは持ってきてほしくないことだね」
「武器禁止ってことね」
「金属を持ってきてほしくないんだよ」
両手を顔の前で合わせて懇願するマモン。
もはや弱点を自分から公開してないか? なぜ忠告として俺らに教えたんだ?
口角を少し上げながらなおも懇願する。
「ぼく自身の実力を試したいんだよ。頼むよ」
「敵方に懇願するくらいだったら戦わないっていう選択肢もあるわよ?」
からかうような口調で提案するヨハンナに対してマモンは目をスッと細めると、
「ぼくは悪魔で君たちは人間だからね。その時点でありえないかなぁ。君たちだってダンジョンで出てきたモンスターが命乞いしてきたって倒すでしょ? そういうことだよ」
「……忠告はそれだけですか?」
リエルがマモンの首元に剣を突きつける。
彼女も俺と同じ違和感に気づいたようだ。
「あなたを今倒してしまっても構わないですよね? あなたは悪魔なのですから」
産毛が触れそうな距離に剣先が居座っているにも関わらずマモンの表情はまるで人形のように変化していない。
「ぼくだって悪魔のはしくれだからね。ちゃんと何千年分の知恵を使って対策してるに決まっているじゃないか。やれるものならやってみなよ」
シュッ!!
空気を切る快音と共に剣がマモンの喉元に突き出される。
──。
「ね? 言ったでしょ? 対策してきてるんだよそのくらい。当り前じゃないか」
マモンの首はつながっているどころかかすり傷一つついていない。
にやりとマモンが笑った瞬間、ヨハンナのハンマーが彼の頭に直撃する。
粉々に飛び散った頭部が時間を巻き戻したかのように寸分狂いなく元の首の上へ戻っていった。
「だから無理だって言ってるのに。ちなみにスキルでも倒せないよ?」
「だったらなんで忠告なんてしに来たんだ? 俺らへの当てつけか?」
俺、リエル、ヨハンナの3人の視線の針のむしろとなりながらも我関せずといった感じでマモンはコキコキと復元具合を確かめるように首を鳴らしている。
「ぼくの実力を試したいって言わなかった? 理由はそれだけだよ。じゃあね。ぼくは楽しみにしているから頑張って来てね!」
くしゃっと笑い両手を振ると、マモンは煙にまぎれて消えていった。
「消えていきましたね……」
「意味が分かんないのだけど。ほっといてもう帰りましょう? 無駄死にするわよ」
「帰るのも選択肢としてはありだけど、どっちにしろあいつと戦うことになるからな……」
俺らの目的はダンジョンの攻略だ。マモンを倒さずに下層に行くのは難しいだろう。あいとを待たせて怒らせるのも、マモンが次どのような行動に出るか予測できない以上よろしくない。
「皆さーん。いろいろわかりましたよー」
ここまで俺らの後ろでじっと黙っていたローブ女が口を開いた。
「あの子、今の身体は分身みたいですねー。細かい粉状の物質でできていたみたいです=」
ニコニコとしながら次々と情報を開示していくローブ女にリエルは誇らしげに胸を張ると、
「さすがはベアです。いつもありがとう」
「わたくしの『
ねっとりとした笑みをこぼしながらそのままリエルに抱きつくローブ女。
そんな他人の入る余地のない空間が形成されていてもヨハンナは我関せずといった表情で、
「ダンテ、これからどうするの? 私はあなたに従うわ」
一瞬の沈黙の後、全員の視線が俺に注がれた。
「このままマモンを討伐する。しっかり準備しよう」
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【あとがき】
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