第8話 帰ってゆっくりしたかった。あんの悪魔がよぉ!

 隠しエリアに到着。リエルも歩けるくらいまでは回復しやっと面倒ごとが終わる……酒飲みたい……さっさとこいつら帰そ……。


 そう思っていたが、


「おかえりなさいませ。万事うまくいったようですね。リエルもずいぶん惚れこんでしまったようで」


「なっ!? わ、私は惚れこんでなんかいません!」

「……あの、何やってんすか」


 目の当たりにした光景に俺は疲れをにじませた声でつぶやいた。


 キッチン代わりにしている箇所でフードを被った少女が細腕に似合わず豪快に鍋を振っている。


 鍋を動かすたびにフードから漏れてくる黒髪は肩口で切りそろえられており、切れ長の目、ローブを着ていても身体の起伏がわかるほどの豊満な肢体も相まって、世話好きでナニから何までやってくれそうな雰囲気を醸し出しているが、その口元が終始ニヤついているせいで何かをしでかしそうな危険な香りが漂っている。


「何って、下層で仲を深く、深ぁくしてお帰りになられたのを労って差し上げようかと思いまして」


 ガチャガチャガチャガチャ


 ジュージュー


 黙々と料理を続ける仲間の少女を前に気が抜けたような顔をしてリエルが立ち尽くしていた。


「誤解が多いな……別に仲を深めるために下に言ったわけじゃねえよ。……リエルさん? あの、なんで固まってんの?」

「……な、仲を深める……破廉恥はれんち


 ぽつりとリエルの口から漏らした言葉に少女は嬉々とした表情を浮かべると、


破廉恥はれんちなことがあったならダンテさんに責任、取ってもらわないとですよねぇ」

「何もしてねぇって!? さっきから失礼だな誰だよお前!?」


 俺のツッコミもものともせず優雅に一礼。こちらとの温度差で風邪ひきそうだぜ。


「これは失礼しました。わたくし、神託指定勇者リエルとパーティーを組んでおりますベアトリーチェと申します。先ほどは興が乗って無礼な発言をしてしまいました」

「あ……どうも……? ベル、いまいち状況がつかめてないんだけど。ヨハンナどこいった?」


 キッチンスペースの端でニヤニヤと俺らのやり取りを眺めていたベルに尋ねる。


 いつもは俺が返ってくると必ずヨハンナが声をかけてくれるのだがリビングスペースにも見える範囲にはいない。


「ダンテが女連れてきたー私のものなのにーってヤケ酒でふて寝したよ。いつからそんなたらしになったのかなぁ?」

「俺が連れてきたわけじゃねぇよ! こいつらが勝手に!」

「そうですねぇ、もう私たちのダンテさんです。ね? リエル」

「え? ああ、そうですね。“味方“になってくれたのですから」


 ちょ、何で3対1になってんだよ!? せめてベルは俺の側につけよ! あいつだって不法侵入された側のくせにさぁ! 


「くっそ、何でこうなった……」

「いやあ、良い感情エサをもらったよ。ごちそうさん」

「このクソ悪魔がよ……」


 もはや俺の“味方”はいないのか……。


「こんな運命くそくらえ……」


 さすがにやりすぎたと思ったのかうなだれて地面に手をついている俺を見て、


「ほら、料理できましたから食べて疲れを癒してください。お酒もありますよっ?」


 疲れの大半はあんたのせいだ……

 でもまあ疲れて酒飲みたくてたまらなくなっているのは事実だしありがたく食べさせてもらおう。


 席に座ると何やら香草のスパイシーな香りの漂う料理が運ばれてきた。


「“古竜の香草焼き“です。ダンテさんには特別にこのソースをかけてあげますねー」


 キノコと果物を煮詰めたような甘ったるい匂いのする液体が肉にまんべんなくかけられていく。


「ベア、それって……」

「リエルも欲しいの? あげるわよ」

「い、いや、私はいい。」


 何故か引き攣った顔をしてリエルはベアトリーチェの手を押しのけた。


 そのまま肉を齧ると顔を綻ばせる。


「……おいひい」

「ならよかったです。作った甲斐がありました」


 毒は入ってなさそうだな。まあ、リエルに毒が効かない可能性もあるけど考えたらキリがない。


 俺も、いただきますと手を合わせてからナイフとフォークを手に取った。


「私たちのことを信用してないとか言っていましたけどベアの料理は食べるんですね」


 口に含んでいた肉をゴクン、と飲み込みリエルが尋ねた。


「別にあんたらのことを信用した訳じゃない。これ、ベルが見ている前で作ってたんだろ。なら大丈夫って判断しただけだ」


 ベルゼブブは人のピンチ見てニヤニヤ愉悦を感じているような性格の悪い悪魔だけど料理には人一倍いや悪魔一倍こだわりがあるから食事において俺に迷惑がかかるようなマネはしない。


「……フハッ」


 あーもう本当こういうところでニヤついてるから嫌なんだよこういうこと言うの。リエルとベアトリーチェも羨ましそうに見んな! 


「ほら、冷めちゃいますからおしゃべりもほどほどにして食べましょう?」


 ベアトリーチェからの助け舟にのってもう一口。


 今度はソースをたっぷりつけて。


「このソースもうまいな……ん?」


 急に目の前がぼやけ……!?


 焦点の合わない視線をベアトリーチェへ向けるがその表情まではもはや見分けがつかない。


「ベルゼブブさんに協力していただいたおかげです」

「ベア! これはさすがにやりすぎです!」


 段々と遠のいていく意識の中で3人が口論しているのが微かに聴こえた。


 あのクソ悪魔っ……!


──────────────────────────────────────

【あとがき】

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