第7話 リエルは彼の前では勇者ではなくなるようです

 ─────【リエル視点】


 私は夢でも見ているのでしょうか?


 今私は地竜を単独で討伐した後力尽きてお姫様抱っこで運ばれております。


 討伐適正ランク“Sランク以上”。原初の世界で誕生したとされる竜種の中でも特に残虐で数々の人命を奪ってきた“地竜アースドラゴン”。


 Sランクパーティーでもどんなに戦略を立てたとしても多くの犠牲を払い苦戦を強いられる化け物を相手に……、無傷のまま一刀両断してしまった光景が目に焼き付いている。


(本当に夢だったらどうしよう……)


 砂埃を被って茶色がかっている黒い髪はグレートウルフの毛並みのように方々を向いている。痩せ気味で若干頬がこけているが、非常に整った容姿だ。


 気怠そうに見える目元に黒い瞳。私とは正反対の宵闇のような済んだ眼は先ほどから前を見るばかりで一向にこちらに向く気配がない。


(……ハッ! 私は今、なんてことをっ!)


 じっとダンテさんの顔を見つめていたことに気づき慌てて目をそらした。


 心の中でどれだけ動揺しようが、それを表情に出すことは許されない。私は“勇者”であり皆を導くものとして毅然とふるまわなければならない。


 一瞬たりとも気を抜かず完璧な“勇者”でなければいけないのだ。


 まぁ、たまに素の自分が出てしまうのは修行不足ということで……


「……私は変態です……」

「へあっ!? 急になんだよ!?」


 彼はうろたえたかのように声を震わせている。


(お姫様抱っこされていることにつけて結婚してもいない男性の顔をまじまじと見つめてしまいました……)


 力が入らない今、お姫様抱っこされていることはしょうがないとあきらめている。


 いくら視線を動かそうとも彼の姿が視界に入ってしまう。


 彼の装備はいくら観察してみても質の高い物とはお世辞にも呼べない。


 身に着けているのは鎧ではなく着古されてよれた服。武器に至っては剣や槍などを持っていないどころか素手である。ここがもし地上の都市であったらただの住民といっても差し支えない。


 それにしても……


(なんて規格外なスキルなのでしょう……)


 いや、正直、今でも自分の記憶が信用ならない。

 私が”地竜アースドラゴン”を討伐した感覚は確かに両手に残っているのに、その記憶を現実に起きたこととして受け入れることができない。


「何か言ってくれない!? 戸惑うんだけど!?」


 彼は本気で焦ったかのように顔を引きつらせているが、そのままでいいかな。焦った顔ちょっとかわいいかもしれない。


(いやいやそういうことではなくてっ!)


 またしてもぼうっと彼を見ていたことに気づき慌てて目をそらす。


 もう一度意識を思考に戻そう。


 ケルベロスをフライパンで倒すほどの実力があり、私が地竜を倒せるように身体強化を付与させることができ、さらには姿を隠したりもできるスキル。


 そんなおとぎ話のようなスキルを持つ人物が目の前にいる。


 それよりも、こんな逸材が明らかに困窮した格好でダンジョンにこもって生活しているのはどういうことなのだろうか?


 彼の細腕の中で固まっていると、彼はコホンと一つ咳払いをして、


「その……ごめん」

「なぜ謝るんですか? あなたのおかげで地竜を倒せたんですよ?」


 Sランクのモンスターを討伐できたのだ。王国に報告すれば彼にも最大の名誉と褒美が贈られるのは確実なのに。


「いやさ……俺が逃げなければあんたが”地竜アースドラゴン”を倒すこともこうやってぐったりしてしまったこともなかったはずだなって思ってさ」


「私が急に押し掛けたのが悪いんです! マナーがありませんでした。すいません」


 綺麗な黒い瞳に引き込まれてしまいそう。


 けだるげな瞳が大きく見開かれていて、自分が至近距離に顔を寄せてしまっていたことを理解する。


「ダ、ダンジョンで修行中でしたよね……。私、迷惑をかけてしまいました……」


 ダンテさんのような手練れの冒険者のような方がさらなる高みを目指して修行されているのに私ったら出しゃばって何をしていたのでしょう……。


 ダンジョンよりも深く反省していると彼はなぜか苦虫をかみしめたような表情をして、


「いや、そういうわけじゃないんだけど……まあいいか」


「はい? それ以外にも何か事情が?」


「いや、まぁあるにはあるんだけど……。人がニガテなんだよね。実は」


 前を向きながら照れくさそうに笑う彼。


 少しひきつったその笑顔の裏にはまだ私には伝えられない事情が隠れていそうだが出会って少ししかたっていない人にそこまで詮索するのはさすがにやりすぎだから一時撤退。


「……ふふっ。あのようなすさまじい力がある方の弱点が人だなんて」


「笑うな。俺はまだあんたを信用しているわけではないからな」


「話してくださっただけ信用されていると思っておきましょう。人嫌いなのに私には色々教えてくださるのですね?」


 私がからかうように笑うと、彼は盛大に顔をしかめて、


「それはあんたがっ!……いやなんでもない。ほらもう55階層につくぞ」


 また調子に乗ってしまいました……。今の私たちには彼の力が必要です。何とかしてパーティーに加入することを了承してくださるまで信用を勝ち取らなければいけないのに、私はなんて失敗を……!


 彼の前では“勇者”としての自分がいなくなることに疑問を持ちつつも必死に顔を取り繕いながら彼の隠しエリアへと運ばれていった。


 もう一人のパーティーメンバー、ベアトリーチェが問題を起こしてないといいけど……。


──────────────────────────────────────

【あとがき】

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