第6話 ダンジョンn階層②

 ドゴォォォォオン……!


 轟音と共に俺らの真後ろの通路が崩れおち、土煙と共に巨大な影が二つ組み合うようにして転がり出てきた。


 地竜とフルメタルキングコブラ。どちらもSランクのモンスター。


 金属光沢の蛇が黄土色のドラゴンの胴に絡みつき鋭く伸びた牙をその喉笛に突き立てようとする。が、地竜はその巨躯を地面に打ち付け、締め付けが緩んだ隙にコブラの頭を組み伏せた。


 コブラは頭を押さえられてもなお金属塊を打ち出し抵抗している。


 二人分の息をのむ音がかすかに耳を打つ。


 俺は満面の笑みを顔に張り付けると、


「んで、いける?」

「無理ですって! 地竜ですよ!? 神託で討伐しろとは命じられていません! 逃げましょう!」

「だって勇者でしょ? 倒してみてよ。実力が知りたい」

「あなたを“味方”に引き入れることが私の任務ですっ! 神託に従ってください!」

「神託、神託ってさぁ……うおっ、熱っ!?」


 コブラに向かれて放射されたブレスの余波が直撃し、急いで距離をとる。


 もはやダンジョンは迷宮ではなくただの広間になりつつある。


「こんなことやってる場合じゃないんだよ。もう……」

「私のせいですか!?」


 目じりを釣り上げているリエルにおもむろに手を差し出した。


「え? セクハラ……?」

「違うからっ! 何もやましいことはないからほら、手出して」


 俺の奇行に引いているリエルの右手を優しくとり、『錯覚』を発動させる。


 流れてくる何かに驚いてリエルの手が一瞬ビクッと震えた。


「な、なにしたんですか!?」

「まあまあ」


 そろそろどっちか倒れたかなーなんて視線を地竜のほうへ向けるとその巨躯の下でコブラが動かなくなっていた。


 瞳孔が縦に細くなった両眼が今初めて俺たちの存在に気付いたかのように大きく開かれた。


 2体ともしぶとく生きているなら加勢しようかとも思ったけど、1体なら大丈夫そうだな。


「んじゃ。頑張って。ちなみにあいつ倒さないとここから出られないからね。頼んだよ」

「くっ……。なら、仕方ありませんね……。でも手伝ってくださいよ! ここで死ぬわけにはいかないんです」


 凛とした表情からは迷いは感じられない。ようやく戦うことを覚悟したようだ。


 俺は一歩下がりリエルの動きを分析する体勢に入る。


(生真面目金髪美少女とかッ! いや、俺は信用しないぞ! あ、好み……とか思ってもまだ信用はしないからな!)


 強制的に“味方“なったからもう他人行儀な態度とかどうでもいいわ。それで愛想尽かれても一人目の前から美少女が消えるだけだし。


 実力があるなら食材調達で大いに役に立ってもらおう。


 グオォォォぉ!!!


 地竜はまるで宣戦布告するかのように雄叫びを上げるとその勢いのままブレスを繰り出した。


「『聖剣起動:カリバーン』!!」


 スキル発動と共に地面を滑走。

 腰に下げたさやから金色に装飾された剣を抜き、前足に切りつける。

 流れるような斬撃。地竜の身体から何か所も血液がにじみ出ているがその動きに変化はない。


 足元に迫る尻尾を跳び越えて、反対側へ行きまた斬撃。頭がリエルのほうへ向きかみつこうとしているタイミングで今度は前へ。


 勇者だけあって動きのキレとか相手の攻撃の予測力とかは優秀なんだけどフェイントとかカウンターっぽい動きがないぶん攻撃が単調になっているな。


『認識錯覚』リアライズ・イリュージョンで姿を隠しながら俺は冷静に分析する。


「このっ……! くっ!」


 えぐられた地面からリエルに襲い掛かる無数の土の杭。


 リエルは後ろに飛びのいて避けようとするが、次から次へと追いかけるように杭は湧き出てくる。


 ズガガガガッ!!


 広間全体に展開される無差別攻撃。


 もはやここに安心して立ち止まれる場所はない。そもそも相手は地竜。地面を駆け回っても勝ち目はないに等しい。


 ならば、飛べばいい。


「リエル! 跳べ!」


 俺が声を出すや否やリエルは迫りくる杭を踏み台にして跳びあがる。


「『限定解除:光あれリライト』!!」


 振り上げた剣が淡く光に包まれ、金色の光線と共に刀身が伸び、一回り大きな両手剣が形成された。


 目の前に広がった深紅の口腔。


 ズシャッ!!


 喉奥を引き裂くように振り下ろされる光剣。鼻先からあごを切り裂くと勢いを失わずに喉笛から腹のあたりまで一気に切り裂いた。


 グアァァァァ!


 ズシィン……


 つんざくような咆哮の後、地竜は砂の城が崩れるように、素材となるアイテムだけを残してダンジョンに吸収されていった。


「やった……! 私でもっ、倒せましたっ。……っ!」

「……うおっと」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべながらよろけたリエルを慌てて受け止める。


「っはぁ、はぁ……。ありがとうございます……。ここまで力が抜けるなんて……」


 苦しそうに肩で息をするリエルを見て俺はバツの悪そうな表情を浮かべると、


「いやあ、すまない。半分おれのせいなんだよね」

「なっ、え?」


 リエルは大きな瞳をさらに大きくしてこちらを見上げた。


「手出してって言ったでしょ? あの時あんたに『筋力錯覚』マッスル・イリュージョンかけたんだよね。今はその反動が来ているから動けない」


 俺の『錯覚』はどのようなものでも生み出せる創造スキルでも人間に超越した力を与える加護スキルでもない。


 ただ“その通りにある”と思わせるだけ。

 力を増やせばその分体力は減るし、物を生み出せば一定時間で消滅する。


「やっぱり、何かしてたじゃないですか……」

「はいはい。んじゃ舌噛むから黙ってな。……よいしょっと」

「えっ? ……ひゃっ!?」


 ぐったりと俺にもたれかかっているリエルの背中と脚に手を回し持ち上げる。

 いわゆるお姫様抱っこ。


「……私、道間違えていましたね」


 ぽつりとこぼすリエル。

 弱弱しくも華やかに笑いかける彼女に俺は顔が熱くなっているのを隠しながら、


「結果が良ければいいさ。判断間違ったってさ」


 そこから帰ってくるまで一度も目を合わせられなかった。


──────────────────────────────────────

【あとがき】

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