第5話 ダンジョンn階層①
「ちょっと待ってください! 不審者ではないですから! ほら、ギルドカードを見てください!」
「……」
勝手に個人情報をさらしている少女は放置して、俺は適当に検討をつけた方向へと歩いていく。
こいつが落ちてきたときに
今のところモンスターは出てきてはいない。いつでも一人で逃げるなら逃げられる状況だがダンジョンに置き去りにしていくのはなんとも目覚めの悪い。
自分の良心に対して深いため息をつくと、
「……あんたを地上まで帰してやる。話を聞くかはその時に考える。これでいいか?」
「はい! ありがとうございます! 神託指名勇者リエル・ガブリースです。以後お見知りおきを」
リエルと名乗る少女はキリリとした無機質な表情になるとスカートの端をつまみ優雅に一礼した。
腰まで届く豊かな金髪に女性らしさを醸し出しながらも名工の作った剣のようなすらりとした四肢。改めてよく観察してみると指名手配中の俺よりよっぽど犯罪的だ。
「……な、何か変ですか?」
「変というか、うーん……。わからん、いいや」
「え? 逆に気になります! なんですか!?」
性格変わりすぎじゃね? とか思ったけど今はそれどころじゃないわ。
リエルは俺の3歩ほど後ろでついてきている。いつの間にかマップ攻略は俺の担当になっていたらしい。
しばらく無言で歩みを進めていたが、
「一つ質問いいですか?」
「何?」
「まだあなたの名前を聞いていません」
「今更だな」
「あなたが逃げるからですよ、もう」
後ろからムッとした気配が伝わってくる。そもそも逃げていたのはリエルが本当に地の果てのようなここまで追いかけまわしてきたせいなのだが、本人にとってはその全責任は俺にあるようだ。
「……ダンテだ。苗字はない」
リエルはそうですか、ありがとうございます、と真面目に礼を言うと俺の目の前に回り込んで深く頭を下げた。
「ダンテさん私たちのパーティーに加入してください。あなたの力が必要なのです」
「断る」
「神託によって運命づけられたものなのです! お願いします!」
勇者という職業は神託で選ばれた者のみが授かり、授かったものは基本的にその神託通りに行動するよう求められている。いわば神々のマリオネット(おもちゃ)。
自分の意志での行動が制限されていることに同情はするが、だからと言って信用しているわけでもないやつと行動することはしない。
「俺はダンジョンから出るつもりはないし、どこの回し者かもわからないやつとなれ合うつもりはない」
リエルの横をすり抜けて俺は先を急ぐ。
「ならば私の味方になってください!」
「パーティーに入るのと何が違うんだ?」
「うっ、それは……。私にもわかりません。神託でそう告げられたので」
「ふーん、そう」
自分の意志というものがリエルの言葉から感じられないことが先ほどからずっと俺の神経を逆なでしていた。
ただ神託に従い行動し、何も考えず、何も決定せず機械的に冒険者をこなす。自分で何か目標を立てるだとか努力するだとか改良するということがない。
いつの間にか強く拳を握っていたのか指の筋肉がしびれている。
人の人生について俺がとやかく言う権利はないのはわかっているがその人生の片鱗を俺に向けるなら自衛だけはできる。
「ねぇ、これどっちだと思う?」
振り返り、リエルの瞳を真正面から見据えて尋ねる。
目の前にはT字路。どちらかは行き止まりであり、どちらかが目指す方向につながっている。簡単な二択だ。
リエルは左右に目を泳がせると、
「え? どっちって……」
「あんたが決めてくれ」
「うっ……、み、右で」
おずおずと右方向に指をさすリエル。
「なんで?」
「え? 困ったときは右って、習ったので……」
完全な指示待ち状態だな。指示がない状態に陥った時の対処法を知っているだけ余計にタチが悪い。
あきらめ気味にため息をつくと俺は右の通路に足を進めた。が、小さく袖を引かれる感触に立ち止まる。
「あの……なぜそこまで私を拒否するのですか。神託に従わなければ多くの人が迷惑をこうむることになってしまうのです。どうか! 私のすべてを犠牲にしてでもあなたに、ダンテさんに私の味方になってほしいのです! お願いします!」
リエルの細かく震えた声での叫ぶような、張り裂けるような懇願。
神託はある意味呪いだ。神の意志に従わず命を散らした者たちは歴史書の中に何人も記載がある。
俺も協力する気がないわけでもない。ただ俺のスキルを見られたこと、リエルについていけば地上に出ることが多くなり元家族に捕まる可能性が高くなること、ヨハンナ達との生活が気に入っていることなどその他主観的な理由からリエルの願いが俺にとって百害しかない。
そもそも何も縛られていない状況で美少女にあなたが必要ですとお願いされて断ることができる男がいるだろうか、いやいない。断言できるね。
袖をつかむ手を払いのける。
「そんなっ……!」
「条件がある」
「えっ?」
神託どおりに動くなら俺は“味方”になればいい。パーティーに入る必要なんてそもそもないのだ。
「“味方”になるためにはその条件を飲んでもらう」
大きな瞳をさらに大きく見開いて俺を見上げるその姿に引き込まれそうになる。
「“味方”になってくれるのですね! ただ条件とは?」
「俺のことを地上で口にしないこと、俺が地上に無干渉であることを認める、あと……」
「あと?」
俺は大きく深呼吸して静かに告げる。
「後ろに
「な、なっ、えっ!?」
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【あとがき】
次回”戦闘&帰宅”回です。ダンテとの共闘の末リエルが出した結論とは? 協定を結んで帰ってきたダンテに対するヨハンナの反応とは?
ご期待ください!
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