第4話 バレたのでいったん逃げます。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい……!」


 俺は隠しエリアの隅で膝を抱えてぶるぶると震えながら小さくなっていた。原因はもちろんケルベロス討伐の時にふいに出てきやがったあの冒険者。


(見られた……! よりによって『錯覚』使ってるところを! ヤバいヤバいヤバいめんどくさいってー!)


 元家族たちのコネ、情報網はその地位もあり、どこでどうつながり俺の存在を確認できるのか計り知れないし、俺に対応する暇はない。


 だからこそ地上と縁を切りダンジョンに引きこもってなるべく他の人間に鉢合わせしないように過ごしてきた。


 だというのに見られた……! ケルベロスをワンパンした謎の冒険者とか噂になって傭兵マシマシの捜索隊がダンジョンに流れてくるんだぁぁぁ! めんどいってー! 酒買いに行けなくなるってー!


 ゴンッ!


 目の前で火花が散ったがやらかしてしまった記憶は頭から離れない。

 俺は壁に脳天を打ち付けた姿勢のまま深くため息をついた。


 向こう数週間は酒を節約しながら気を張ったまま生活をしなければならなくなるだろう。1時間当たりのストレス値は高くなるのに発散量が少なくなるのだ。


 食料にならない昆虫種とかリッチーとかでストレス発散するかー。タフだからやりがいがあるんだよね。ベルには無駄だって怒られるけど。しょうがないじゃん気が狂いそうなんだもん。


 俺が酒中毒者のような理屈を並べ立てていると、


 ぴとっ


「うおっ!?」


 頬に冷たいものを押し当てられる。


「ほら、エールでも飲んで元気出しなさい」


 ヨハンナから差し出されたグラスを受け取り一気に喉に流し込む。


 ゴク、ゴク、ゴク、プハーッ


「ッカーッ!! あーうんまっ。もうどうでもよくなってきたわ。ありがとな、ヨハンナ」


 エールの爽快感に任せて素直に感謝を述べると、ヨハンナは一瞬言葉に詰まったように静止し視線をそらす。


「べ、べつに励ますためとかじゃないから。ダンテがしょげてると変に気まずいだけだし。……こっちをじろじろ見ないで。殴るわよ」


 やっべ、胸のあたり見てたのバレた……。


 頬をうっすら赤く染めながらヨハンナもエールを優雅な所作であおる。


「許せ。男の性だ」

「ま、まあ……。許す」


「つまみができたからこっち来なー」


 ベルのつまみの匂いに誘われて俺たちはテーブル席に座りなおした。


 先ほど本人の了解が得られたところで照れくさそうにそわそわしているヨハンナの均整のとれたきれいな姿を肴にしながら酒を飲み進める。


 この、たまに出る謎にやさしくなる時のヨハンナは普段割とドライというかサバサバしている性格であることも相まって男の心に直接よからぬ思いを抱かせるような色気をまとっている。


 今度の買い物はヨハンナに任せるか、などとこれからの生活を計画建てていると、


 コツッ、コツッ


 硬い石の床を歩く足音が響いてきた。


 俺はすぐさまベルのほうへ視線を向けたが、彼もキッチンで棒立ちになり警戒心をあらわにしていた。


「……あんたのいたずらじゃないでしょうね?」


「なわけないだろ」


 徐々に足音は大きくなってゆき、ついにぴたりと止まった。


「やっと見つけました。あなたがケルベロスを討伐したんですね」


 隠しエリアの入り口のほうから姿を現したのは先ほど俺の戦闘を見られた少女。

 その後ろにはパーティーメンバーだろうか、ローブをまとった少女の姿もある。


「あー違いますぅ! ほか当たってくださぁい!」


「ちょっと! ダンテ!?」

「待ってください! お話したいことがあるんです!」


『視覚錯覚』ディスガイズ・イリュージョンを発動させて背中に降りかかってくる声は無視し、俺はとっさに逃げ出した。


 すみかにしていた隠しエリアを飛び出した俺は地上に出るわけにもいかないので全力で下の階層へと走った。持ち物もなにも持たず、迷ったら死亡の二文字が目に見えているような状態だがなりふり構わず下っていく。


「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ! なんでバレた!? 『認識錯覚』リアライズ・イリュージョン『視覚錯覚』ディスガイズ・イリュージョンも使ってんだぞ!?」


 俺が住みついてから第55階層には隠しエリアがないっていうことでギルドには認識されているのにアイツ、スキルガン無視で来たんだけど!?


 走り疲れて道端で立ち止まる。


 ゼェゼェ……


「……はぁ、ここまでくれば大丈夫だろ……」


 息を整えてから冷静にあたりの状況を見直す。


「……ここどこ?」


 見渡す限りごつごつとした岩壁が反り立っている。


 目印になりそうな特徴的なものすらないどこまでも続く同じ壁。


 どっちが前かもわからなくなりそうだ。


「……あれ? 迷った?」


 もう一度おさらいしてみよう。俺の手元には何もない。とっさに家を飛び出したせいで水も食料も武器もケルベロスの時には世話になったフライパンすらも持っていない。


 要するに、ほぼ詰みな状態。


「まーじで今日ついてない。ケルベロスには襲われるし、スキル見られたし、そいつ追っかけてくるし逃げた先で迷うしもう運命とか信じられんわ!」


 悪の方面に全力ダッシュしてしまった俺の運命に文句を垂れながらどこかもわからないゴールを目指して歩き始めた。


 一応脱出する手立てはある。ただその方法だと副作用でモンスターと否応なく戦うことになってしまうため丸腰の今だと危険が伴う。


(だからと言って階段がすぐ見つかるわけでもないしな……。60階層くらいまで戻って隠れてるか……)


 俺は短く息を吐くとひんやりとした壁に手のひらを当てる。


『迷宮錯覚』ラビリンス・イリュージョン


『錯覚』は俺の手が触れた物に対してしか効果を発動できないが、その物のサイズに関しては際限がない。


 一つの構造物、ギミックと解釈することによって建物などにも発動できるのである。


 ズゴゴゴゴッ!!


 腹に響く振動音と共に俺の頭上に3メートルほどの穴が縦に連なりながら次々に空いていく。


 不幸にも穴の真上にいた哀れなモンスターたちが真っ逆さまに落ちてくるのを横に飛びのいてよけていく。


 ある程度穴をあけたら、もうあとは『重力錯覚』で跳んでいくだけ。


「きゃああああ!!!???」


「え、ちょっ、『重力錯覚』グラビティ・イリュージョン!」


 運悪く落下してきた少女を何とかキャッチする。


 腕に柔らかい肌の感触を知覚した瞬間、少女と目が合った。


「見つけました!」


──────────────────────────────────────

【あとがき】

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