第3話 酒を守るためのフライパンです

 ──グラン・ダンジョン入り口


「なんだこいつ……、ケルベロス?」


 フライパンを構えながら目の前の3つ首の犬を見上げる。


 こちらをにらむ6つの目には確実に俺の姿をとらえている。


『視覚錯覚』ディスガイズ・イリュージョン『聴覚錯覚』イヤー・イリュージョンを発動させて、こいつからさっさと逃げて、ベルゼブブとヨハンナと酒を飲む。こいつがこちらをにらんでいる以上そんな余裕なさそうだけど。


 グルルルル……


 低いうなり声と共に前足にまとっている黒い靄の勢いが増していく。

 黒光りする巨躯に時折見え隠れする赤く濡れた口。恐怖感も一周回って神代の獣の美しさを発見する余裕すら出てくる。


 グアァァァァ!!


 ケルベロスが咆哮と共に前足をふるうと、一対の斬撃が飛んでくる。


 俺は冷静にそれを見極めると、ギリギリで横に転がってかわし、


『空間錯覚』ルーム・イリュージョン


 地面に手を当て発動する。


 俺の『錯覚』は生物以外でなければ基本どのようなものにも発動できる。


 俺は実際には距離が縮むなどありえない地面、《世界》に対して、スキルの力で「距離が縮んだ」と“勘違い”させることによって世界を一瞬“混乱”させる。


 この世界が混乱した結果は……、


 スッ……!


『俺だけ指定した位置まで瞬間移動』させるというもの。


 外れスキルと言われていてもその特性と長所を分析し世界をだますことができたなら、どのスキルだって最強になりうるのだろう。


 以前カールに説教されたとき心底むかついてこのことを言ったが逃げだの言い訳だのさんざん言われただけだった。


 まぁ多分外れスキル持ちで俺ほど研究をつづけた奴はいないだろうし、世界を相手にスキルを発動できる奴もいないだろう。だからこそ俺は、俺のスキルは、“最強”であると確信しているのだ。


 ザシュッ! ザシュッ!


 移動するたびケルベロスの前足から斬撃が襲ってくるが『空間錯覚』を連続で発動しながら地面を滑るようにして避ける。


(さすがに逃げるだけじゃ何も変わらないよな……)


 3つの頭で俺の姿をとらえながらかみつこうとしているケルベロスの全身をくまなく観察する。


(首筋あたりが弱点っぽいな。……うん。こいつ大した事なさそうだな。だとしたらむかついてきたわ。こっちは早く酒飲みたいのに何でこんな奴に邪魔されてんだよ!)


 いつもの古竜に比べれば動きは単純だし、動作も遅い。正直、神の時代の獣には拍子抜けだ。


 もはや俺の頭の中は今日の晩酌のことでいっぱいになっていた。


 バウッッ!!


 いつも自分が強い立ち位置にいるからすぐに獲物をしとめられないとイライラするタイプだ。立場が上になると邪魔なプライドが出てくるのは人間もモンスターも同じだな。


「フンッ……」


 勝手に頭に浮かんできた元家族たちの醜態に失笑が漏れる。


 ザシュッ!!


「だから当たんねえって」


 それでも俺に命中すると思っているのかケルベロスはなおも斬撃を繰り出した。

 四方八方に放たれた斬撃のうち一つが隅に置いておいた酒瓶に迫る。


 キイイィィン!!


(あっぶな!! 俺の楽しみがなくなるじゃねぇかよ! あのヤロウ、万死に値する! お前に飲ませるために買ってきたわけじゃねえ!)


『空間錯覚』ルーム・イリュージョンでケルベロスの背後に瞬間移動し、『重力錯覚』グラビティ・イリュージョンで軽くなった体でその黒光りする巨躯を駆け上る。


 ガチン!


 左右から襲い掛かるかみつきを体をひねって避けながら頭の近くまで駆け上がっていき、


 グオォォォ!!


 振り向きながらまた左右から2対の牙が迫ってくるが、


 ドコォォォン!


『重力錯覚』グラビティ・イリュージョンを解除し首筋にフライパンをたたきつけた。


「『痛覚錯覚ペイン・イリュージョン:衝撃』」


 ドサドサッ!


『錯覚』で作られた衝撃音と共に白目をむいた3つ首が崩れ落ちる。


 ズアアアアッ!


 くずれ始めた体全体から黒い霧が吹きだす。


「うおっ……!」


 巻き込まれないよう『空間錯覚』ルーム・イリュージョンを連続で発動しその場を離脱、すぐさま酒瓶のほうへ駆けよった。


 大丈夫、割れてないし一滴も漏らしていない。

 何事もなかったように酒瓶を抱え、フライパンを片わきに挟みダンジョンの中へてくてく歩いていく。


(やっと帰れる……! 早く帰ってキンキンのエールを流し込みたい! 予想外の運動もしたし今日の晩酌は気持ちいいだろうな!!)


 自然と顔がほころんだ。


 このケルベロスはダンジョンで生まれたモンスターだ。基本的にダンジョンで生まれたモンスターは死亡した途端、その死体は魔力としてダンジョンに吸収され素材、アイテム以外何も残らない。


 だから油断していたのだろう。


「そこの男性! ちょっと止まってください!」


(いやそこの男性て。もっとなんか呼び方あるでしょ!?)


 目の前から現れた一人の美女と目が合った。

 鋭くにらむ透き通った空色の瞳。


 真剣な表情の中にまだ少女らしいあどけなさを残した“絶世の美女”に、ゴクリと喉がなる。


 俺の後ろにはまだ原型をとどめているケルベロスの死体。


「あっ!? ちょっと! 待って!」


 理性を取り戻した瞬間、とっさに『視覚錯覚』ディスガイズ・イリュージョンを発動してダンジョンの中に逃げ込んだ。


 本能的な危険を察知して一心不乱にダンジョンを駆け下りたが、脳裏にはそのこの世のものとは思えないような美貌が焼き付いていた。


──────────────────────────────────────

【あとがき】

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