第2話 フライパンを買いました。実力がバレる3秒前。

 ズゴゴゴゴゴ……!


「ただいまー! 今日は宴だー!」


「おかえりー。宴っていつも言ってるじゃん……」

「何取ってきた? 早くよこせ!」


 グラン・ダンジョン第55階層隠しエリア。


 ここが俺の楽園だ。


 元エリアボスの悪魔ベルゼブブに古竜の肉を放り投げ、元プリーストのヨハンナに笑いかける。


 貴族の権力争いも家族のしがらみからも解放されて生活し、適当に今日の飯を狩って、心を通わせた友人たちとのんびり暮らす。


 あとはうまい酒と肴があれば毎日が最高のものになる。


「今日はな……久しぶりの古竜だ!」

「ほんとに!? ベル、早くご飯作りなさい! 今夜は宴よ~!!」


 地上のストレスから解放されて心置きなく笑いあえるこのダンジョン生活が俺の理想であり楽園だ。


 家を出た後、ギルドにすら兄ルイの魔の手が入り、いわれのない罪状で指名手配になっていたことに気づき、俺は世界最大のダンジョン“グラン・ダンジョン”に潜り住まいを創った。


「二人ともちょっと待ってな。とびきりうまいもん作ってやるよ!」

「ベル天才~!」

「がっつり食えるもん頼む! んでヨハンナ、ちょっと時間、空いてる?」


「ちょ、ベタベタしてこないで! 今は無理だから!」

「今は?夜ならいいってこと?」

「んなっ、そんなこと……」


 ヨハンナが照れて終わるお決まりの流れを達成し頬を緩める。


「暇だし先飲んでるから!」


 返事も待たず、俺は棚からエールの瓶を取り出し、キンッキンのグラスに注いだ。


 ベルゼブブの飯にヨハンナの笑顔。豪華でこそないけれどここでの生活は俺のすべてをさらけ出せる。


 地上には戻りたくなくなるほどに。


「おぅら飯ができたぞう! 古竜の甘辛ステーキだ!」


「うまそう! ありがてぇベル様!」


「ほめたって付け合わせくらいしか出てこねぇぞー?」


「肴が増えるー!」


「ハハハッ!」


 ☆


 ──翌日。


 軽く体を動かしに隠しエリアを出ようとしたところ、ベルゼブブから声がかかった。


「すまん、ダンテ。地上行ってフライパン買ってきてくんねぇか?」


「うーい。ついでに酒買ってくるわー」


 ダンジョンで生活しているといっても完全に地上と縁を切って生活できるわけでもない。家具や生活必需品は買わなければならないし、酒もなくなる。


 そのため週に一回程度、地上に戻る必要があるのだ。


「うわ、太陽まぶしっ。とける……」


 10日ぶりに両目を刺した太陽光で視界が白くかすんだ。


 ダンジョンの入り口の隅で目を慣らしていると一つの張り紙が目に飛び込んでくる。


『指名手配:ダンテ・アリギエリ

 懸賞金:金貨1800枚』


(まだあんのかコレ……)


 ダンジョン受付のすぐ隣に張られているそれに深いため息を漏らす。


 ふざけてる。5年間も野たれ死にしたかもしれないやつを探しているのだ。


 罪状は財産の横領。


 あの親子は家の評判よりも俺への嫌がらせを優先したらしい。もともと『錯覚』ってだけで評判を下げていると噂されていたから下がる評判なんてないと思ったかもしれない。


 まあ、どっちにせよ俺は地上に居場所はなくなっている。


 庶民には有り余るほどの大金をかけられているから、いまだに一攫千金を狙って俺を血眼になって探している奴は多い。


 地上に出たら残酷で理不尽な世界が待ち受けているのだ。


『視覚錯覚』ディスガイズ・イリュージョンで変装しないといけないし、うかつにしゃべれないし、いろいろ発散できないし、散々だ。


「よし、帰るか」


 フライパンと酒瓶を手にダンジョンの近くまで戻る。


 ジャラ……


 手元に残ったのは銅貨4枚。


 酒場でエール一杯も買えない金額はさすがに焦った。低ランクの素材を売り払って稼いではいるがそれでも家計はいつもカツカツで贅沢する余裕はない。


 古竜とかSランクのモンスターは、肉は確かにうまいけど素材は高額すぎて買い取ってもらえないことが多いし、買い取ってくれたらくれたで凄腕冒険者とか言われて目立つし、そもそもギルド以外で買い取りしてくれる店も少ない。


 金儲けで悪目立ちしてダンジョンの中にまで追っかけられることになるなんてごめんだ。


 そんな俺にとっては危なっかしい街だけど雰囲気や活気は気に入っている。


 ギルドや繁華街、屋台が立ち並ぶ通りはもちろん、奥まった路地や住宅が立ち並ぶエリアにも活気がある。


 奴隷や孤児の姿も見ないし荒くれものが多い冒険者が多い街のくせに喧嘩の騒がしい声も聞こえない。


 相当治安維持に力を入れているいい街だ。


 だが騒動が全くないわけでもない。


 それは家に帰ろうとギルドの前を何気なく歩いていた時。


「おい、お前。一人でダンジョンに行くのか?」

「そんなわけないだろ。“スキルなしのダンテ”にそんな勇気ないって」

「そうよ。外れスキルすらもらえなかったかわいそうな人なんだから」


 たいした用もないのに絡んでくる奴もいる。


(……クッソ、散々言いやがって! まあ俺が仕向けたことだけど! だとしてもさぁ、わざわざ本人に言うなよ! これだから地上はいやなんだよ!)


 ただ通っただけなのに精神的ダメージが心にくる。


「屋台に行くだけだよ。じゃあな」


 地上で買い出しするにあたって俺が演じているのが“スキルなしのダンテ”という元冒険者だ。


 この街にはスキルのない一般市民も元冒険者ってやつも数えきれないほどいる。目立たない一般人を演じるにあたってちょうどいい配役だった。


 陰口をたたいている一般冒険者たちは無視して俺は先を急いだ。


 しかし、あと少しでダンジョンの入り口というところで足が止まってしまった。


「はぁっ、はぁっ。もう、腕が、限界っ……」


 実は俺が地上に出たくない理由はもう一つある。


 俺には体力が極端に少ないのだ。


 剣術の鍛錬を続けていると言っても『錯覚』で軽くした剣を使っているし、古竜とかの首を切っているといっても『錯覚』で切っているから筋肉というものを使わない。それに5年間のダンジョン引きこもり生活もあって体力というものが、ない。


(フライパンってこんな重いの!? ちょ、もう動かない……。酒も重いし、もう飲んで軽くしたほうが早くね? くっそなんで一人で買いに行かせたんだよ!)


 軽く返事を返してしまった数時間前の自分をぶん殴りたい。


 筋トレをしたことがないわけではない。


 そのとき、疲労で地面に突っ伏していた俺をトロールが持ち帰り、餌にされそうになった後、うっそうとした森を数日間さまよったことがある。


 木の実と小川の水で食いつないでいたあの時にもう筋トレはしないと心に誓った。


 家にいたときは筋力がないことでも説教をくらった。


(助けてベルゼブブ! ヨハンナでもいいから!)


 泣きそうな表情で通りにへたりこむ。


 なんで俺だけ遺伝しなかったんだよ。ルイとカールみたいな身体だったらよかったのに。


 便所のような性格だが無駄に屈強な家族にすら助けを求めた。


 そもそもフライパンを買わせるあの悪魔が悪い!


 腕の感覚が戻ってきたタイミングで立ち上がりもう一度荷物を持ち直す。


 ドォォォォン……!


 腹を震わせるような衝撃音がダンジョンの入り口のあたりから響いた。


(……なにあいつ!? でかっ!!)


 なけなしの体力を振り絞って近づくと何やらうごめいているものとその周囲で戦う人影が見える。


 ダンジョンの入り口から這い出してきているのは黒い体毛に覆われた三つ首の犬。

 明らかに地上には出してはいけない化け物が姿を見せているのだ。


 周囲に人はいない。ダンジョンに隣接した街だから緊急事態のときの逃げ足は速い。


『錯覚』を使って姿を隠せば横を通るくらいどうってこともないはずだ。地上のことは地上にいる奴らが何とかするだろうし俺に責任があるわけでもない。


 普段どおりにダンジョンへ入ろうとすると視界の隅から黒い塊が目の前を通った。


「……へっ?」


 ギョロ……


 犬と目が合う。


 はっきりと俺の存在を確認したとわかると同時に敵認定されていることを悟った。


 なんでばれたんだよ!? いまこっちにはフライパンしかないんだけど!?


 素早く距離をとってフライパンを構えた。


 こーれ明日筋肉痛確定です。


 ──────────────────────────────────────

【あとがき】

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