第20話 夢の終わりに
第二十話 夢の終わりに
サイド 剣崎蒼太
やっぱりだ。
「どこだぁぁぁぁ!」
乱れ飛ぶ金色の雨を搔い潜りながら、一発ごとの魔力量や速度を観察する。
やっぱりあいつ、『弱くなっている』。
テレビ局の時。アバドンと戦った時。その後こちらを殴りに来た時。そして今。それぞれで強さが違い、アバドンの後はどんどん弱くなっている。
最初は手足を失ったダメージからだと思っていた。だが、それだけではありえない程弱体化している。
あの身に纏う金色の粒子。たぶんあれは『異能』の一種。恐らく魔力を外骨格のようにして防御と膂力を上げているのだ。更に言えば、羽の様にして飛行能力まで得ている。かなり、いや滅茶苦茶に応用の利く異能のようだ。だが、燃費がいいようには思えない。
何らかの手段で魔力を貯蔵し、そこから引き出す事で黄金の暴威となっているのだ。まあ、素の魔力だけでも自分と同等ぐらいはありそうだが。
一番魔力の総量が減ったように思えたのは、右腕を切り落とした瞬間。籠手に仕込みが?いいや、その下か?
なんにせよ、奴は戦えば戦うほど弱くなっていく。長期戦ならこちらが有利。だが、それでもここで仕留める。その必要がある。
あれに好き勝手動かれては、それこそ邪神が出てくる。住民への被害とて、尋常じゃない数が出るだろう。
金原武子は、『子供』だ。
あまりにも精神が未熟。前世の享年がいくつかは知らないが、三十五年もこちらで生きていたにしては心が幼過ぎる。なにか特殊な環境で育ったのだろうか。
まあそこは重要じゃない。大事なのは、癇癪を起した子供と同じように『アバドンと同等以上の怪物が暴れる』という事だ。拳の一撃でビルが崩れる様な奴が、駄々をこねる。悪夢としか言いようがない。
だから、ここで討つ。絶対に。
そろそろ『仕込み』は出来たはず。単純な手だが、今の奴なら通じるはず。
―――もしかしたら、金原は前世で幼いとも言えるぐらいの子供だったのかもしれない。
一瞬だけ脳裏をよぎったそんな雑念を、片隅に追いやる。感傷も、罪悪感も。全て後でいい。後で、受け止めればいい。
今だけは、生き残る事だけ考えろ。
「ランダムで適当に門を!できるだけ多く!」
『はあ!?』
「こっちで好きにやります!このまま畳みかける!」
『ああ、もう!』
グワリと金原を中心に空間が大きく広がり、そこを中心とするように多数の扉が出現する。
「なんっ」
驚き、一瞬だけ動きの止まった金原の背を掠めるよう斬りつけながら、そのまま別の扉へと跳び込んでいく。
「が、この!」
炎をまき散らしながら、勢いに浮きそうになる足で床を蹴り、剣へと魔力をくべ続ける。止まったら死ぬ。背後では迷宮が光弾による崩落と魔瓦による再生が繰り返されているのがわかる。
ほぼ勘で選んだ扉を体当たりで開けながら、蒼炎を放出し続け更に加速。再度すれ違いざまに奴の右わき腹を切りつける。
「あああっ、くそ!」
背後に迫る黄金の光を感じながら、炎を絶やさずまた別の扉へ。通路に入るなり眼前にある壁を蹴りつけて三角跳びの要領で方向転換。刀身から放出する炎で加速を続ける。とうに限界速度に入っている。音の速度に突入し、ただ空気にぶつかるだけで肉体が軋む。
四肢は千切れ、剣も腕も焼きつきそうだ。だが、まだ動ける。戦える。
そこから三度、四度と繰り返し、蒼い流星となって金原を削り続ける。一太刀入れる度に散らされ、落ちていく黄金の量が増える。かすり傷が量産されていき、僅かにだが仮面下の奴の呼吸も乱れてきた。
「いい加減……!」
一際強く金原の体が輝き、翼が奴を覆い隠す様に纏められた。
かと思えば、次の瞬間には片翼で二メートル前後だった翼が長さも太さも大幅に巨大化。更に枚数が四枚に増え、周囲へと振り回される。
「潰れろぉぉぉぉおおおおおお!」
無茶苦茶に叩きつけられる翼は天井も壁も何もかもを打ち砕いていく。扉も通路も当然ながらそれらに押しやられ、崩壊していく。
「くっ……!」
まだこれだけの余力があったのか。これでは跳び込む事ができない。
「ん?」
足元を金色の粒子が一瞬だけ這った。次の瞬間猛烈なまでの嫌な予感が背筋を抜けていく。第六感覚が警報を鳴らし、炎の加速を保ったまま壁に突撃。別の通路に逃れる。
直後、先ほどまで自分がいた通路に金原が壁を突き破って現れた。半瞬判断が遅れていれば、今頃頭蓋を砕かれていただろう。
「どこだぁ!」
そう吠えながらまき散らされる黄金の粒子。ああ、間違いない。あの魔力の粒を触覚がわりに周囲を索敵しているのか。
急速に広がる粒子がこちらの残した炎の尾に触れるや否や、金原が突っ込んできた。
「そこかぁ!」
猛追してくる金原に、距離を維持するのは不可能と判断。切っ先の向きを変えながら勢いそのまま爪先で床を奴目掛けて蹴りつけて、即席の散弾にする。相対速度も合わせて羆でも一瞬でミンチにする破壊力となっているはず。
それでも、昨日見た時の金原であれば歯牙にもかけないだろうが、はたして。
「ちぃ!」
左腕を顔の前にかざし、目を庇う金原。衝撃でほんの僅かにだが、減速までしている。今なら、この程度の攻撃でも通じる。
その状態の金原に切りかかり、奴の右手側から首目掛けて剣を叩き込む。それは黄金の障壁が展開されて防がれたが、胴ががら空きだ。左足の爪先で脇腹の傷口を蹴り飛ばす。
「あ、がぁ……!?」
壁を突き破って見えなくなった奴を横目に、大きく回り込むように駆ける。
どうせすぐ捕捉される。その前に、『最後の仕込み』を行う。至極単純な上に、二回目は通じない子供だまし。
だが、それでも奴になら効くという確信がある。
腰の後ろから、自分の血を押し固めた紅玉を数珠の様に連ねた物を取り出す。それを剣の鍔に巻き付けて――。
「いけぇ!」
思いっきりぶん投げた。狙うは、金原――の、右側の壁。
迷宮の壁を溶かし、打ち砕いて現れた蒼黒の剣。自分の魔力をそのまま固めたに等しい紅玉と、炎を放出したままの剣。
はたして、奴はどこに自分がいると思うか。
「また右ぃ!」
剣の方を向いて背中を晒す奴の背後に、投げ込んだ剣が落ちるよりも速く壁を突き破って回り込む。
「え?」
金原が振り向くよりも速く、奴の頭を右手で掴んで全力で押し込む。向かう先は、炎をまき散らし未だ宙にある剣。
奴の頭を押し込みながら、左手を剣の柄に。刀身を金原の細首にあてながら、その首に刀身を押し付ける。
「おおおおおおおおお!」
「あ、ああああああああ!?」
このままこいつの首を焼き切る。刀身に込められた魔力が炎となって暴れ狂い、黄金の粒子と食い合いはじめた。
「離れろぉ!」
金原の左手五指が揃えられ、魔力を纏った金色の剣となる。それがそのまま、こちらの左わき腹へと振るわれた。
チェーンソーの様に高速回転する魔力が鎧を削り切り、そのまま皮膚をはがし血肉を散らしていく。
「が、ああああああ!」
「放せぇぇぇぇぇぇ!」
互いに血の混じった雄叫びを上げながら、相手を殺すために動き続ける。
片手で手折ってしまえそうなほど細く白い首が、まるで空を支える柱の様に硬く太く感じられる。
だからどうした。だったら天を焼き焦がすつもりで焼けばいい!
「きぃれぇろぉぉぉぉおおおおおお!」
溶け始めた刀身を、横に引き斬りながら、右手で掴む頭を一瞬手放して拳を金色の仮面に叩き込んだ。
「あっ」
漏れ出たその空気は、奴の口から漏れ出た物か、はたまた焼け焦げた首の断面からか。
余熱に焼かれるように、金原の首から下が急速に燃え尽きていく。そして、宙を舞っていった首から、泡が溶けていくように仮面が消えていき、その下の頭部も炭化していく。
「おかあさん……」
虚空に消えていくその言葉を、胸の奥にしまい込む。
「……おやすみ」
剣を握りなおして、灰と成り果てていく彼女を見送る。
邪神によって開かれた転生者同士の殺し合い。その四日目の夜。『金原武子』が三人目の脱落者となった。
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