第21話 解体

第二十一話 解体


サイド 剣崎蒼太



『大丈夫剣崎くん!?何が起きたの!?』


「魔瓦さん……金原武子は殺しました」


『ええ!?剣崎くん怪我は!』


「問題ありません」


 わき腹の傷はもう癒えた。肉体的には万全となっている。問題は剣だ。


 刀身が一部溶けた結果、僅かに歪んでいる。刃こぼれも酷く、恐らく金原と後三合、いいや二合打ち合ったらへし折られていただろう。


 少なくとも今すぐ戦闘は厳しい。勝てないとは言わないが、苦戦は必至。ここで魔瓦に裏切られるのは避けたい。とりあえず剣の不調がバレる前にしまっておくか。


「魔瓦さん、お願いがあるんですが」


『うん、なに!?包帯持って行った方がいい!?救急車!?』


「いえ、俺は『血が賢者の石』みたいな物なので、傷は完全に回復しました。お願いしたのは、吹き飛ばされた前の右腕を探してほしいんです」


『み、右腕!?』


「はい。その右腕を回収してほしいんです」


 新しくなった右腕の調子を確認しながら、煩わしそうに兜を脱ぎ去る。


 このダンジョン内の出来事を魔瓦はほとんど知覚できない……そのはずではある。だがその情報をどこまで信じられるか。自分も調べたが、固有異能の事なんて短時間で解析しきれるわけがない。


 だから演じろ。兜を脱いだのは戦闘後で気が抜けているだけであって、『少しでも魔瓦の声の調子を確認したかったから』ではないと。


「右手の指に、幼馴染から貰った指輪がありまして」


 そんな物はない。いや、正確には昔『友情の証』と思っていたやつがあったが、グウィンとランスが付き合っているのを知った段階で返却している。


『は、はあ、そうなの』


「こんな時にすみません。ですが、大事な物なので……」


『わかった。探してはみるけど……ここまで迷宮を動かした事なかったから、見つかるかは……』


「申し訳ありません。見つからなければ、戦いの最中に壊れてしまったのだと諦めもつきます」


『それと、こっちもお願いが……嫌かもしれないけど、金原の遺体を回収してくれる?危ない人だったけど、せめて……』


「わかりました。ただ、灰になっているので全て集めるのは難しいかと」


 まさかこうも完全に燃え尽きるとは。万一にも立ち上がらないよう焼くのは予定にあったが、首を斬ると同時にここまで燃えるのは予想外だ。


 恐らく、限界以上に魔力を刀身に注ぎ込んでいた影響か。金原の身に纏う黄金の粒子が剥がれれば、その肉体は思っていたよりも脆かったのかもしれない。


『灰に……じゃあ、手だと難しいだろうしこっちで回収するね?せめてそれだけでもご遺族に届けたいんだ。剣崎くんには、複雑かもしれないけど……』


「俺達が言うのもおかしな話ですが、死ねば仏です。こちらこそ、色々お願いします」


『ありがとう……ゆっくり休んで。今外への扉を用意するから、新城ちゃんの所に行ってあげて』


「はい」


 魔瓦の声が止むと、すぐ近くの壁に扉が現れる。最後に金原の灰に一礼してから、それを潜って外に出た。


 出た先は路地裏。鎧を解除して、小さくため息をつく。


 ああ、まったく。自分という人間が嫌いになりそうだ。


 未だ人々の怒号や嘆きの声が響く街中を歩き、新城さんの家へと向かう。チラリと視線を上に向ければ、そこには多数のヘリコプターが。そのほとんどがテレビ局らしき名前をどこかに書いているから、報道ヘリの類だろう。


 元々東京に住んでいる人間だけではない。家族が心配で来た人。救助の為駆け付けた人。ボランティアでやってきた人。飯のタネを探しに来た人。多くの人々が今も東京に集まっている。


 もしもここで、もう一度アバドンの様な存在が暴れたらどうなるか。そんな事は想像したくもない。


 守る。だなどと口にする気はない。出来もしない事を言って、辛くなるのは自分なのだ。嫌いになりそうな今も、自分を傷つけたくはない。


 だが、せめて。


 せめて、可能な範囲では、と。そう思う自分は随分と傲慢なのかもしれない。



*          *         *



 新城さんの家に付き、チャイムを鳴らすとドタドタと音をたてて彼女が出て来てくれた。


「ご無事でしたか剣崎さん!」


「ああ。大丈夫だ」


「……ぜんっぜん、大丈夫って顔じゃないですけど?」


 喜びを浮べていた彼女の顔が、みるみるうちに不機嫌なそれへと変わっていく。


「はぁ~……仕方がありませんね。ほら、早く上がってください。お父さんのでよければ着替えも用意しますから、シャワーを浴びて来てください」


「え、いやその前に魔法陣の進捗を」


「血と汗で臭いです。その辛気臭い顔と一緒に洗い流してきてください」


 こっちを玄関に引っ張り上げるなり、強引に後ろから押されて洗面所に放り込まれてしまった。


 まいった。どうにも、彼女には勝てそうにない気がする。



*       *        *



 シャワーを浴びてリビングに向かうと、新城さんが両手にそれぞれカップを持って立っていた。


「ちょうどココアを淹れた所です。ここに置いておきますから、飲みながら話を聞いてもらっていいですか?」


「ああ、ありがとう」


 椅子に座り、目の前に置かれたココアを一口すする。甘い。それに温かい。さっきまで胸の奥で何かがつっかえていたはずなのに、今は、どこかホッとしている。


「色々言いたい事聞きたい事はありますが、とりあえずこれを見てください」


 そう言って新城さんが机の上に東京都の地図と、ノートパソコン。そして魔導書と色々書き込んだノートを置いていく。


「剣崎さんが送ってくれたスマホのデータから、たぶん魔法陣はこんな感じだと思います。で、それを魔導書に載っているやつで近い物を探して、邪神とやらを召喚するのならと決め打ちした感じですが……」


 東京都の地図には赤いペンで魔法陣が書き込まれている。それは魔導書の開かれたページに書かれた物と似ているが、細部が異なっていた。まあ、この魔導書は恐らくハス……『チャージング渡辺』関係だろうし、当然かもしれない。


 例の五つの企業の部分にも小さな魔法陣が書き込まれており、そこから五芒星を描くように線がつなげられていた。


「たぶん、この魔法陣を壊そうと思ったら五カ所ある小さい魔法陣のうち一カ所はぶっ飛ばす必要があると思います。普通の線の部分だと、少し壊したぐらいじゃ召喚阻止できません」


「なるほど……」


「……これは、もしかしてかもしれないんですけど」


 言いにくそうに、新城さんが言葉を詰まらせる。こちらを見ては、気まずげに視線をそらしている。


 ああ、なんとなくだけど。言いたい事はわかった。


「……この魔法陣への対処いかんでは、転生者同士で殺し合う必要はない、とか?」


「………はい」


 やはり、か。


「この魔法陣。生贄を強引に徴収する機能もあるみたいです。だから、正しい手順で壊せば、その機能も同時に消失するはず、じゃないかなぁ、と……」


 開催期間中に最後の一人まで人数が減っていなければ、一人になるまでランダムに死ぬ。その機能がなくなるのなら、確かに自分達が殺し合う必要はないかもしれない。


 鎌足も、金原も。殺さなくていい命だったかもしれない。


 だが。


「気遣いは大丈夫だ。やるべきだったと、今でも思っている」


 後で、後悔をするかもしれない。背負った十字架が重荷になるかもしれない。


 それでも、今はそれで蹲るつもりはない。ここで立ち止まる事こそ、きっと奪った命に対する冒涜に思えたから。


 もちろん、これは自分が勝手にそう思っているだけかもしれないが。命の価値を語れるほどの人生を送ったつもりはない。


「……わかりました。話を続けます」


「ああ。けど、ありがとう」


「いりませんよ、感謝なんて。私は私のやりたいようにしているだけなんですから」


「なら、俺は俺が言いたかったから感謝を口にした事にするよ」


「……キモ」


「ごめんなさい謝るから心へのダイレクトアタックはやめて?」


 どうしよう、色々経験してきたけど今すっごく泣きそう。


「まあ、問題なのは、どうやって魔法陣を壊すかなんですよねぇ……」


「……もしかしなくても、下手な壊し方だと邪神が妨害に来るかもしれない、か」


「それもありますけど、それ以上に貯蔵された魔力が問題なんですよねぇ」


「ああ、確かに」


 現在の脱落者は自分の知る範囲で鎌足、アバドン、そして金原。バトルロイヤルが始まる前に亡くなっていたという他三人がどうかは知らないが、少なくとも自分が殺した者達の魔力は生贄として魔法陣に取り込まれているはず。


 それだけでなく大気中の魔力まで収集しているらしい魔法陣が、現在どれだけの規模を溜めこんでいるのかわからない。


 つまり、下手な壊し方だとそれこそダムを爆破したみたいな事になりかねないわけだ。この東京のど真ん中で。


「だから、どうにかしてこの爆弾みたいな魔法陣を解体しなきゃならないんですよ」


「なるほど……壊すだけなら、あてはあるんだが」


「あて?」


「一応、こういう時に使えそうな魔道具が用意してある」


 貸してもらっている一室に向かい、自分のカバンを持って来て一振りの短剣を取り出す。


「これを魔法陣に刺せば、一発で術式を滅茶苦茶にできる……はず」


「ほえー、そんな物が」


 転生してから『いつか邪神が仕掛けてくる』と思って、いくつか状況をシミュレーションしていた時作った物だ。


 自分の住んでいる街を変な結界で取り込まれた場合を想定して作っていた物だが、本質は『術式の破壊』。少しの調整で問題なく使えるはずだ。


「これは……エストックってやつですか?」


「ああ」


 白木の柄と鍔に、細く鋭い刀身。柄頭にはめ込んだ血の紅玉以外は全てが白で構成され、十字をかたどっている。


「性能は保証する。なんせ魔道具の中では得意分野中の得意分野だからな」


 自分の扱う魔道具で相性がいいのは『剣』と『火』だ。


 剣の属性。物理的に人や物を傷つける事も可能だが、概念的、魔術的にも十分に作用する。


 刃物には呪いとして使われる側面や『縁を切る』という使い方もあるが、『厄をはらう』などの神事で用いられる事もあるほど、『魔』に属するものへの特攻を持つ。


 火の属性。こちらは剣の属性以上に多くの側面を持っている。


 燃やし破壊する恐怖の対象でもあれば、生命の象徴とされる時もある。しかし、それと同じぐらい神聖な物として扱われる事もある。


 神社で行われる儀式や、魔女狩りなど。炎を持って清めるという魔術的概念は存在する。まあ、魔女狩りが正しいかは別として。


 魔を断つ『剣』と、魔をはらう『火』。こうした魔法へのカウンターこそが、自分の魔道具の神髄とも言えるかもしれない。


「わかりました。では、剣崎さんはそちらの調整を。私は今の内容を魔瓦さんにメールしてから、魔法陣の解体手順を考えます」


「ああ、頼んだ」


「……ただまあ、流石に今日はもう休みません?」


「たしかに……」


 シャワーを浴びて、そしてココアを飲んで思った。


 くっっっそ眠い。


 いや、肉体的には未だ万全なのだ。ただ、精神的につらい。超つらい。今細かい作業とかしたら、思わぬ失敗をしそうな気がしてならない。


「寝ますか……」


「寝るか……」


 そんなこんなで、四日目の夜が過ぎていった。



*        *         *



サイド 魔瓦迷子



「んあ……」


 目を覚ますと、机に顔をくっつけて寝ている事に気が付いた。


「あ、あれぇ……」


 すぐにここが自分の固有異能の中である事はわかった。だが、問題はなんで机に突っ伏していたかだ。


 机の上にはお気に入りのお皿とグラスが置いてあり、食後みたいな印象を受ける。お皿についた汚れから見て、ステーキでも食べていたのか?


「ああ、そうだった」


 思い出した。『私は剣崎くんに頼まれた腕を探したが、それどころか足すらも見つからなかったのだ』。


 そして『金原への弔いもこめて酒を飲んでいたのだ』。


 だが、はて。自分は酔って眠ってしまったのか?ああ、いや。『私は酷い下戸だった』。こんな事すら忘れてしまうだなんて。


「飲みすぎちゃったのかな……」


 グラスを片付けようと思って手に取ると、底の方に一口に足りるかどうかぐらいの酒が残っている事に気づく。


 ああ、思い出した。『今日飲んだお酒も、おつまみも、今まで口にしたどんな物よりも美味しかった』んだっけ。


 グラスに残ったお酒を軽く揺らしながら、ふと今までの事を振り返る。


 前世で私は、普通のOLだった。家族、恋人なしの寂しい生活だったが、不思議と充実感はあったのを覚えている。


 そう、家族がいなかった。正確にはいなくなった、だが。


 両親は私が十六の頃、突然死んでしまったのだ。母さんが父さんに毒を盛っての無理心中。『母さんの遺書を見つけたのは私』だから間違いない。内容は、もう覚えていないけれど。たぶん精神の防衛行動という奴だろう。


 転生した時の事は曖昧だ。まあ、自分の異能さえ把握できていればいいだろう。


 そして今生においても、もう家族はいない。


 転生した私を引き取ってくれた夫婦は、とてもいい人達だったのを覚えている。互いに愛し合い、それでいて私を本当の子供の様に育ててくれた人たち。


 幸せな時間だった。前世の両親が亡くなる前の時間を過ごしているかのようだった。


 だからこそ、信じられなかった。『今生の両親が猟奇殺人鬼だった』なんて。二人が家に人を招き入れては、無残な死体を作り続けていただなんて。


 なんで私は、あの二人が狂ってしまった事に気が付かなかったのだろうか。もしも私が気づけていれば、少なくとも二人が獄中で狂ったまま自殺するなんて事はなかったのに。


 今生の両親が捕まって、檻の中で自分で自分の喉を爪でかき切ったのが十八の頃。大学に通いながら、今後の人生を悩みながら趣味の絵を書いていたのだった。


 その頃ぐらいに、友人達と出会ったのだ。彼ら彼女らは本当にいい人達だ。今の『真世界教』なる謎の宗教団体で教祖と祭り上げられた自分を、側近となってまで支えてくれている。


 経緯も理由もわからないが、私を慕って集まってきた人たちを放り出す事もできない。そんな惰性にも似た感情で教祖をやっているだけだというのに。友人達には正直申し訳ない。


 ……剣崎くんも、いい子だったなぁ。


 兜の下から現れた顔立ちは、十代そこらだった。転生者の年齢なんて見た目でわかるわけないが、きっと前世と今生を足しても私より年下なんじゃないだろうか。


 そんな彼を殺さないと私は生きられないのだろうか。


 いいや、そんな事はない。新城ちゃんが地下の魔法陣についてメールをくれたのだ。きっと、あれを上手く処理できればこれ以上死人を増やさなくっていいはず。


 絶対に、私も彼らも生き残ろう。そう決意を込めてグラスに残った最後の一口を飲み干した。


 それはとても甘美で、言いようのない味わい深さがあって、きっと天上の美酒とはこういう物を言うのだろうという感覚を舌に伝えながら。


 どこか、鉄の臭いがした気がした。


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