◆距離感◆③

◆◆◆◆◆

しばらくして美桜の涙は止まった。

胸に埋めていた顔を離すとゆっくりと俺を見上げた。

痛々しいくらいに真っ赤に充血した瞳。

だけど、どこかスッキリしたような表情。

少しは楽になれたのか?

そう思うと俺まで心が軽くなった。

美桜の瞼と頬に唇を寄せる。

この涙は俺が受け入れる。

美桜の全てを俺は受け入れる。

俺の傍に置いて大切に守り続けよう。

それは俺にとって誓いの証だった。

それから、俺は車を走らせ自分のマンションに向かった。

今まで抑えていた自分を解き放って決心出来たのは、美桜が俺にしがみついて泣いてくれたから。

だから俺は決心する事が出来たんだ。

地下の駐車場に車を停め、美桜の手を引いて部屋の前まで来た。

玄関の前で足を止めた美桜。

俺は美桜に尋ねた。

「施設に帰るか、この部屋に入るか選べ」

2択にしたのは美桜の反応を見たかったから。

帰したくは無かったけど無理強いはしたくない。

この質問で美桜の表情を見れば考えている事が解るはず……。

そう思って美桜の顔を見つめていた。

美桜は目の前のドアを見つめて何かを考えている。

……やっぱりさっき自分を襲おうとした奴の家には入りたくねぇーよな……。

・・・?

……いや、違う。

この表情は……嫌がっていると言うよりなにかを企んでいるような……。

……まさか……。

施設に帰るって言って途中で俺を撒こうとか考えてたりしねぇーよな?

「途中で逃げたらどうなるか分かってるよな?」

軽く脅してみた。

「……!?」

やっぱり企んでいたんだな。

呆れる俺を見上げながら美桜が諦めたように呟いた。

「……この部屋に入る」

美桜の言葉に俺は胸を撫で下ろした。

部屋に入った俺は自分の服を渡して風呂に入るように言った。その間に俺にはやる事があった。

バスルームからシャワーの音が聞こえてきた事を確認してケイタイを手に取り、リダイヤル履歴から番号を出し発信した。

ワンコール後に聞こえてきた聞き慣れた声。

『……お疲れ様です』

ハキハキとした口調は仕事モードの証拠。

「マサト」

『はい』

「仕事とは別で動いて欲しいんだけど……」

『分かりました。ちょっとだけ待って貰えますか?』

「あぁ」

電話口の向こうからドアを閉める音と急ぎ気味な足音が聞こえてきた。

『悪い、待たせたな。どの件だ?』

昨日、俺が罰金の話をした事をマサトは気にしているようだった。

そんなマサトに笑いがこみ上げてくる。

「女の事だ」

『桜ちゃんか?』

マサトの耳にもケンやヒカルからしっかりとそのあだ名は届いていた。

「あぁ」

『了解。何をすればいいんだ?』

「○○町の施設で退所手続きの準備をして欲しい」

『は?施設?桜ちゃんは施設に住んでんのか?』

「そうだ」

『そうか……分かった。他には?』

「聖鈴の編入手続きも取ってくれ」

『分かった。なぁ、蓮』

「うん?」

『桜ちゃんと一緒にいるのか?』

「あぁ、今、風呂に入ってる」

『風呂!?』

「……」

……驚き過ぎじゃねぇーか?

『その件は任せとけ』

「頼んだ。俺の名前は自由に使ってくれ」

『あぁ、蓮、頑張れよ』

楽しそうなマサト。

「は?」

頑張るのはお前じゃねぇーのか?

『あっ!!それからさっき真鍋さんから連絡があったぞ』

結局、言葉の意味を聞く前に仕事の話になってしまった。

『今日の報告はこの位だな』

「分かった」

『なんかあったらすぐ連絡入れるから』

「あぁ、頼む」

俺は終話ボタンを押した。

ケイタイを閉じて振り返るとバスルームから戻って来た美桜がリビングのドアの所に立っていた。

ダボダボの俺のTシャツを着て恥ずかしそうに俺を見つめる美桜を見ると笑みが零れる。

「座ってろ」

ソファを指差すと美桜は小さく頷いた。

ペットボトルのお茶を美桜に手渡して俺もバスルームに向かった。

熱めのお湯を勢いよく頭から流す。

目を閉じると浮かんでくる美桜の泣き顔。

拉致られてヤられる事より1人で部屋にいる事を嫌がる理由って……。

……。

美桜の家族と関係があるのかもしれねぇーな。

……だったら尚更、俺が土足で遠慮なしに立ち入れる問題じゃねぇ。

無理やり話をさせる必要はない。

……いつか……。

いつか、美桜が話したいと思った時に話してくれればいい。

自分の家のバスルーム。

だけど、いつもとは違う気がする。

そんなつもりはないのに俺の頭は勝手に想像を働かせる。

ついさっきここにいた美桜の事を……。

それはこの場所に美桜の余韻が残っているから。

俺はシャワーの温度を下げ再び頭から流した。

……冷てぇ……。

でも、そのお陰で頭の中も身体もスッキリした。

やっぱこんな時は冷水シャワーだな。

その時、さっきマサトに言われた言葉が浮かんだ。

『頑張れよ』

あれって……やっぱりそういう意味だよな。

……。

……頑張るはずねぇーだろ……。

やっと傍に置く決心が出来たんだ。

それだけでもいっぱいいっぱいなのに……。

なんか情けなくねぇーか?俺……。

俺は小さな溜息を零した。

……でも、焦る必要なんてない。

ただ見守るだけの片想いから言葉を交わせるまでに進展したんだ。

大した進歩じゃねぇーか。

大切にしたい。

初めての恋もこの想いも美桜の事も……。

俺はシャワーのヘッドから勢いよく出ていた水を止めた。

まだ俺には美桜に告げないといけない事がある。

受け入れて貰えるかも分からない。

その事実が美桜を危険に晒すかもしれない。

だけど、隠している訳にはいかない。

まずは告げる事が最優先だ。

リビングに戻るとなぜかソファの隅に座った美桜が瞳にさっき渡したペットボトルを当てていた。

見慣れた部屋。

そこにたった1人だけ人がいるだけでこんなにも違和感を感じる。

でも、この違和感は嫌いじゃない。

それだけで顔が綻びそうになる。

「目が痛いのか?」

「……痛い……」

ペットボトルを当てたまま答えた美桜。

俺は引き出しから目薬を取り出した。

その目薬を手に持ち美桜の隣に腰を下ろした。

「目、開けろ」

美桜は、ペットボトルを離し、ゆっくりと、瞳を開いた。

「真っ赤だな」

美桜の瞳を覗き込んだ俺の口から舌打ちが漏れた。

美桜の視線が俺の顔から手に移った。

その手を眼を細めて凝視している。

「それ、なに?」

「あ?」

美桜が俺の手を指差した。

「目薬」

「誰が使うの?」

「目が痛いのは誰だ?」

「もしかして……私?」

「分かってんじゃねーか」

「……!!」

顔を引きつらせた美桜がゆっくりと俺から離れていく。

「おい、なに逃げてんだ?」

「……無理」

「何が?」

「……目薬」

「何で?」

「……怖いから」

そう言った瞬間、美桜が立ち上がり逃げようとした。

逃げようとする美桜に俺の身体は反射的に動いた。

昔からの癖みたいなモノで逃げようとする奴は捕まえてしまう。

掴んだ細い腕を自分の方に引き寄せた。

その反動で俺の膝の上に美桜が座った。

焦った表情の美桜。

この体勢だと美桜はもう逃げられない。

俺の勝ちだな。

持っていた目薬を持ち直そうとした時美桜が顔を両手で覆った。

「何やってんだ?」

「目薬は無理!」

首を大きく横に振る美桜。

「大人しくしてればすぐに終わる」

……ったく……。

目薬が怖い?

コイツは小学生か?

「絶対、イヤ!!」

「お前、可笑しいだろ?。俺にヤられそうになったときは、抵抗しなかったくせに、たかが目薬ぐらいでそんなに抵抗しやがって。」

「それとこれとは別だもん。」

なんでコイツはこんなに抵抗するんだ?

目薬なんて一瞬で終わるじゃねぇーか。

俺は溜め息を吐いた。

どうせ抵抗するなら、さっき車の中でしてくれよ……。

「いいかげんにしろよ?俺に無理矢理、目を開けられんのと自分で開けんのどっちがいいか選べ」

こいつがどちらかを選ぶかなんて期待してない。

美桜がなかなかの頑固者だと言うことは今日1日で十分学んだ。

少しの沈黙の後、美桜は様子を伺うように指の隙間から俺を覗いた。

よし、チャンス。

その隙間に素早く目薬を点した。

見事に目薬は両目ともに的中した。

「……!!」

美桜の声にならない叫びが響いた。

◆◆◆◆◆

「いつまで、拗ねてんだ?」

俺はソファの隅で拗ねたように体育座りをする美桜に声を掛けた。

「……」

美桜が俺を恨めしそうに睨んでいる。

……その表情も可愛いな。

「分かった。もう目薬はしねぇーから。」

この部屋での俺の定位置であるソファのど真中に座ってタバコに火を付けた俺は、自分の隣をポンポンと叩いた。

今、俺と美桜の間にあるのは僅かな距離。

声もはっきりと聞こえるし表情だってよく見える。

……だけど、この距離にさえ不安を感じてしまう。

今日、美桜と時間を共有した事で俺の中の不安は大きくなってしまった。

美桜が俺の前から消えてしまう事に対する不安。

まだ、話すことが出来なかった時にはそこまで強く感じなかった不安。

でも、俺は美桜と言葉を交わし、美桜の様々な表情を見てしまった。

距離感が縮まった途端に大きくなった不安感に俺自身が戸惑ってしまう。

今まで知らなかった感覚に……。

美桜は立ち上がると警戒したように俺に近付き隣に腰を下ろした。

隣に座った美桜は膝の上に置いた自分の手を見つめている。

流れる沈黙。

聞こえるのは時を刻む秒針の音だけ。

居心地の悪さなんて感じない。

好きな女の存在を感じながら時の流れを感じる心が和む時間。

いつまでもこの時間が続く事を祈りたくなる。

でも、美桜はそう感じてねぇーよな……。

俯いたままの美桜。

今、何を考えているのか何となく分かる。

俺は美桜の頭に手を伸ばした。

「話したくないなら、無理に話さなくていい」

美桜がゆっくりと顔を上げた。

「……夢をみるの」

小さく呟くように話始めた美桜。

「夢?」

美桜が小さく頷いて瞳を閉じた。

美桜は話している間、一度も瞳を開ける事は無かった。

ゆっくり、ゆっくり。

一言、一言。

紡がれる言葉。

そのどれもが現実の出来事だとは信じたくないような心を重

くする言葉ばかりだった。

時折、美桜は自分の手を握り締めていた。

強く、固く。

まるで自分の心をその小さな手で守るように……。

こいつはどのくらい辛い想いをしてきたんだろう?

こいつは何度1人で涙を堪えてきたんだろう。

こいつはこの小さな身体にどれだけ深い傷を負ったんだろう。

美桜がゆっくりと瞳を開いた。

俺の顔を見つめた後、美桜は着ていたTシャツを脱いだ。

「美桜?」

真っ白な肌が露わになった。

下着姿の美桜。

その表情は何かを決めたように凛としていた。

俺はそんな美桜の表情から視線が逸らせなかった。

美桜がゆっくりと俺に背を向けた。

その背中を見た瞬間俺は息を飲んだ。

「……んだよ?これ……」

俺の口から零れ落ちた言葉。

本当は聞かなくても分かっていた。

それが、タバコの火を押し当てた跡だと。

学生の頃、友達と根性を試す悪ふざけでやってた遊び。

タバコの火を自分の身体に押し当ててその熱さと痛みに耐えるゲーム。

俺の手の甲にもいくつか残る跡。

中坊の頃に、ケン達とふざけて残した跡。

それと同じモノが美桜の背中には無数にあった。

同じ方法で同じように残った跡。

でも、決定的に違うのは美桜の背中の跡は自分の意志でつけたモノではないという事。

美桜の背中に残る跡は俺の手に残る跡よりも古い傷。

美桜は今15歳。

単純計算でも美桜が傷を負ったのは10年近く前。

5歳の子供が自分でタバコの火を身体に押し当てるはずがない。

しかも背中にこれだけの数……。

ついさっき美桜から聞いた母親からの虐待の話。

美桜にこの傷を負わせた人間を特定する事は簡単だった。

「罰だよ」

「罰?」

「私が生まれてきてしまった罪に対する罰」

「……」

「私、親に捨てられたって言ったでしょ?」

「あぁ」

「本当は、保護されたの」

「保護?」

「うん、児童相談所に……」

「……!?」

「母親の虐待から私を守るための保護なんだって」

「……」

俺は目を閉じて美桜の声に集中した。

一言も聞き逃さないように。

美桜の声の変化を見逃さないように。

「私には、お父さんがいないの。いないって言うか、お父さんが誰だか分からないってお母さんは言ってた」

「……」

「私が、できたから仕方なく産んだんだって……。だから、お母さんは私の事が大嫌いなの。」

「……」

「それでも、私はお母さんの事が大好きだった。どんなに、傷つけられても仕方がないって思った。」

微かに美桜の声が震えた。

「仕方がない?」

「うん。私が、望まれてないのに生まれてきてしまったから……。お母さんが悪い訳じゃない。私が、悪いの。だから、お母さんは私を叩くの。この、火傷も、罪を犯した私にお母さんが罰を与えたの。自分が犯した罪を忘れないように……でも私は期待してた……」

「期待?」

「どんなに、私を大嫌いって言うお母さんでも保護された私を迎えに来てくれるって……。でも、児童相談所に来たお母さんは私に言ったんだ」

「……」

「『あんたなんて生まれてこなければよかったのに!!あんたのせいで、あたしの人生、滅茶苦茶になったのよ!二度と私の前に顔を見せないで!!』って……」

耳を塞ぎたくなるような言葉。

その言葉を実の母親に告げられた美桜の心の痛みは計り知れない。

美桜の小さな肩が震えている。

もっと大きな声を出してもいいのに……。

もっと泣きわめいてもいいのに……。

その辛さを俺にぶつけてもいいのに……。

美桜は必死で声を押し殺している。

泣いている事を隠すかのように。

こみ上げてくる顔も知らない人間に対しての怒りと憎しみ。

今すぐにそいつを探し出して美桜にした事と同じ事をするのは簡単な事。

俺の衝動を唯一抑えたのはそいつが美桜の母親だという事だった。

美桜に深い傷を負わせたのは母親。

美桜をこの世に産んでくれたのも母親だ。

それから、美桜は今でも母親の事を愛してる。

愛しているからこそ美桜の傷は深い。

それは変えようのない真実。

例え俺が母親に仕返しをしたとしても美桜は決して喜ばない。俺は込み上げてくる怒りを押し殺して美桜の肩に触れた。

掌に伝わってくる小刻みな振動。

その振動を感じながら美桜を自分の方に向かせた。

その時、俺は美桜の異変に気付いた。

乱れる呼吸。

大きく揺れる肩。

苦しそうに歪められた顔。

震える指先。

「美桜、大丈夫だ」

「……」

「美桜、落ち着け」

「……」

「美桜、ゆっくり息をしろ」

その言葉に従うように大きく息を吸い込む美桜。

だけど、大きく息を吸い込むばかりで吐き出そうとはしない。「美桜!!」

俺の声は美桜の耳には届いていない。

美桜が胸に手を当てて俯いた。

前に似たような症状の奴を見たことがある。

“過呼吸”。

大きな不安によって普通に呼吸が出来なくなり過度の酸素摂取で手足が痺れ意識が朦朧とする病気。

応急処置としては口元にビニール袋を当てて数回呼吸をさせれば症状は治まる。

俺はキッチンに向かおうとした。

だけど美桜の小さな手が俺の腕を掴んでいた。

今、美桜の傍を離れる事は出来ない。

それが数十秒でも……。

今、美桜が俺を必要としている。

そう感じた瞬間、俺は美桜の唇を塞いでいた。

次第に美桜の身体から力が抜けていくのが分かる。

指先の震えが止まり、全身でしていた呼吸が落ち着きを取り戻した。

美桜の瞳から取り留めなく流れ落ちていた涙が止まった事を確認した俺はゆっくりと美桜から離れた。

「美桜。目、開けろ」

美桜がゆっくりと瞳を開いた。

「ゆっくり呼吸しろ」

数回繰り返された深呼吸。

その呼吸は正常だった。

「どうだ、まだ苦しいか?」

「もう、苦しくない」

良かった。

俺の口から安堵の溜め息が漏れた。

自分の身に起こった異変が理解出来ていない様子の美桜。

「過呼吸だ」

「過呼吸?」

「あぁ。今まで、息苦しくなった事ないか?」

美桜は首を横に振った。

「そうか」

……俺が無理矢理聞き出したからだな……。

下着姿の美桜にTシャツを着せ膝の上に座らせた。

俺の腕の中にスッポリと収まる小さな身体を抱きしめる。

「なぁ、美桜」

「うん?」

「悪かったな」

「……?」

「お前がツライこと、無理に聞いて……」

「別にいいよ。私も話したいと思ったから話したんだし……」

それは美桜の優しい嘘だった。

無理矢理聞き出した俺に対しての優しい嘘。

美桜が話さないといけない状況を作ったのは俺だ。

「お前がいつも繁華街にいる理由も1人になるのが怖い理由も解った」

「うん」

俺は美桜の背中を撫でながら言葉を紡いだ。

「でもな、いくら理由があっても俺はお前があそこに行くことは納得できねぇ」

「……」

美桜が思い詰めた表情で俯いた。

「だからここにずっと居ればいい」

「……えっ?」

驚いたように俺の顔を見上げた。

「ここで俺と一緒にいればいい」

美桜が再び難しい表情をした。

しばらくして美桜は小さく首を振った。

「だめだよ。そんなことしたら蓮さんに迷惑が掛かっちゃう」

「あ?好きな女と一緒にいるのがなんで迷惑なんだ?」

「……好きな女って誰?」

美桜は不思議そうに首を傾げた。

……。

こいつは天然だろうか?

「今、誰の話してんだ?」

「私?」

「分かってんじゃねぇーか」

瞬く間に美桜の頬が赤く染まっていく。

「で……でも昨日会ったばっかじゃん……」

「あぁ。話したのはな」

「どういう事?」

「俺はお前が去年の春くらいからあそこにいたのを知ってたんだ」

「……」

「初めは、ナンパ待ちかと思ってた。でも、声掛けられてもついて行かねぇーし。しかも、ずっとシカトしてるし」

「……」

「毎日、毎日あそこで何してんだろうって思ってた」

「……」

「そのうち、あそこ通る度に、お前を見るのがクセになってんのに気付いた」

「蓮さんの気持ちは、嬉しい。でも、やっぱりここにいることは、できないの」

「なんで?」

「だって、私、施設にいるんだよ。2日とか3日なら何とかなるけどずっとは無理だよ……」

「あぁ。その事なら心配するな。もう、手は打ってある。お前の答え次第ですぐに解決できる」

美桜が固まっている。

それからマジマジと俺の顔を見つめた。

「お前はそんな心配しなくていい」

「……」

「……で、どうする?」

「……はい?」

「お前は俺と一緒にいるのか、いねぇーのか、どっちか選べ」

俺には自信があった。

美桜が選ぶ答えはもう決まっている。

茶色い瞳がまっすぐに俺を見つめていた。

その瞳は美桜の決意を物語っている。

「……一緒にいる……」

その言葉に俺は笑みを零した。

俺と美桜の距離が縮まった瞬間だった。

その瞬間から俺と美桜は寄り添い同じ時間を刻み始めた。

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