♡第12話♡ 史上最強の魔法使い、メイス。その2

 メイスがニコリと微笑みました。

 まるで慈悲深き聖母のように。

 後光眩しき美しい女神のように。


「君がコペニュか。噂は聞いているよ」


「……だれ?」


 えぇ!? とサーニャたちが一斉にコペニュを見やりました。

 マリトが懇切丁寧に説明をはじめます。


「コペニュさん、あの人は2年生のメイス先輩。アリアの称号を持つ魔法使いですよ!」


「アリア?」


「この学校で最も強く偉大な人間に送られる称号です」


 本来なら3年生の誰かがアリアに選ばれるのですが、なんとメイスは入学したての1年生の時点でアリアとなったのです。


「しかもあの人はこの学校だけじゃない、世界で最も、いえ歴史上最も強いって国際魔法使い連盟で認められているんです!!」


 その力は学校だけに留まらず、学生でありながら軍人として兵を指揮しています。

 いま現在、この世でもっとも影響力があるのは間違いありません。


「へえ、ならあのエッチな体した先輩を倒せば私もアリアになれるんだ」


「いくらコペニュさんでも無理ですよ! なんせメイス先輩は、すべての魔法を使いこなしているのですから!」


 だが、と父が口を挟みます。


「戦ってもらう。そして知るがいい、己の未熟さを。その傲慢さを改めたのなら、在学を認めてやろう。敗北してもなお変わらないようなら、全権力をもって退学にしてやる」


 呆れたように、メイスが頬をかきます。


「そういう要件だったわけですか。いささか強引かと」


「ふん、私はいいよ。先輩をボコせば私のパーニアスっぷりが全世界に知れ渡るってことだし♡」


「ほう、自信満々だな、面白い。君がやる気なら、私は構わないが。しかしいいのか? 負けたら……」


「私が負けるわけないじゃん」


「ふふ、そうか。ならこうしよう、私に指先一つでも触れることができたら、君の勝ちだ」


「その思い上がり、私が『わからせて』あげる♡♡」


 なんだか殺人事件からだいぶ話がそれてしまいましたが、すべての魔法が使える最強の魔法使いと、天才召喚師の戦い、興味はあります。

 2人が改めて対峙をすると、メラルが間に割って入ってきました。


「待てコペニュ、私が戦う」


「えぇ?」


「姉さんに見せてやる、私の力を」


「姉さんって……」


 つまり、メラルはメイスの妹なのでしょうか。

 確かに、よく見ると顔つきは似ています。髪も同じ銀色です。

 と、メイスが顔を伏せました。


「退け、メラル」


「姉さん!」


「退け」


 冷たく突き放され、メラルは渋々引き下がりました。


「すまない、邪魔が入った」


「……」


「はじめよう、パーニアスちゃん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「行け! ファースラー!!」


 コペニュは手始めに、おなじみの怪鳥を召喚しました。

 ファースラーは召喚されてすぐ火球を発射します。


 メイスは、触れることができたら勝ちでいいと条件づけていました。

 それほどの自信。

 コペニュがどう受け取ったかは不明ですが、とりあえず力で屈服させるようです。


「それがファースラーか、実物を拝見するのは私もはじめてだよ」


 メイスの前に黒い魔法陣が浮かび上がります。魔法陣はシールドのように、火球を受け止め、弾きます。


「お得意の召喚獣には、大人しくしてもらおう」


 途端、空にいたファースラーが急速に落下しました。

 まるで上から重たいなにかに押し付けられているように。


 マリトがぼそっとつぶやきました。


「重力魔法ですね。しかもあの威力、簡単には抜け出せませんよ」


 直後、コペニュが新たにサードスターを召喚しました。

 全身に雷を纏った狼です。

 サードスターが超高速で突っ込んでいきます。


「速いな、だが」


 瞬間、サードスターの動きが完全に停止しました。

 サードスターの時間を止めて、動きを完全に封じているのです。

 けれどコペニュの攻撃はまだ止まりません。メイスの背後から、無数の触手が彼女へ迫っていきます。


 丸い形の触手の塊、メットちゃんです。

 先日、コペニュがメラルと戦った際にも、敵の背後にこっそり召喚して触手で手足の自由を奪っていました。

 はたしてその戦術が、メイスにも通用するのか。


「器用だな、コペニュ」


 メイスが微笑むと、彼女の周囲に7本の光る剣が具現化されました。

 剣たちはひとりでに動き出し、触手がメイスに届く前に次々と切り落としていきます。


 これにはコペニュも舌打ちもんです。


「へえ、やるじゃん、先輩」


「君こそ。噂以上だ」


「じゃあこいつならどうかな!」


 新たな魔法陣から、2体の召喚獣が出現しました。

 1体は、スライムのようにネバネバした生物。そしてもう1体は、漆黒の外殻に包まれた、巨大な竜でした。


「うね郎、マーハ、やっちゃって!」


 竜のマーハが口にエネルギーを溜め込みます。

 眩いほどの光、眺めているだけで腰を抜かしてしまうほどの威圧感。間違いなく、最終兵器クラスの一撃が繰り出されるでしょう。

 そしてスライムのうね郎はみるみるうちに姿を変えて、マーハと瓜二つとなって同じくエネルギーを溜め込みはじめました。


 別の生物をコピーする能力があるようです。


 サーニャが大慌てで止めに入ります。


「ちょちょ、コペニュちゃん! そんな攻撃したら学校自体なくなっちゃうよ!」


「へーきへーき!」


 いや平気ではないんですけど。

 圧倒的パワーを前に、メイスはまた余裕のある笑みを浮かべます。


「まあ、平気だろう」


 2つのエネルギーが同時に発射されました。

 すると、


「私も使うか、召喚魔法を」


 メイスが魔法陣から、真っ白い球状の物体を召喚しました。

 放たれたエネルギーは白いボールへと引き寄せられ、吸収されていきます。

 メイスの召喚獣の色が、白から赤へと変色すると、2本のビームも放射を終えてしまいました。


「おや、許容量ギリギリだったかな」


 この攻撃すら通用しないとは、さすがは最強。

 さすがのコペニュも冷や汗かいているかな? と期待したのですが、コペニュの姿が見せません。どこにもいないのです。

 それに、重力で押さえつけられていたファースラーも。


「まさか……」


 メイスが空を見上げます。

 上空にたたずむファースラーから、コペニュが降下してきていました。


「てりやああああああ!!」


 落下しながらのコペニュパンチ! が、軽々とメイスに受け止められます。


「むっ!」


「そうかコペニュ、ファースラーを一旦消して、再召喚したな。重力魔法から解放するために」


 そして再度召喚したファースラーに乗って、上空から奇襲したわけですね。


 メイスがコペニュを放り投げます。


「いやあまったく、すごいじゃないか、コペニュ。気に入った、強いな、君は」


「よく言うよ、まだ1回も攻撃してきてないくせに」


 そ、そういえば……。

 確かにメイスはこの戦闘で、まだ防御しかしていません。


「君だって、隠し玉の召喚獣がいるんだろう? その様子じゃ」


「ふふん」


 メイスはコペニュに背を向けて、私の父に告げました。


「やめましょう。私の負けです」


「な、なにを!」


「彼女は私に触りました。それにそろそろ、軍に戻らないと」


「ま、まてメイス。本気でやればあんなガキ一瞬で……」


「自分ができないことを、私に押し付けないでください。ジラーノ教諭。コペニュを恐れているから、私に頼っているのでしょう」


「くっ……」


 メイスは浮遊魔法で上昇すると、


「それよりコペニュ、さっき君に触れた時に気づいたのだが、君は……」


「後輩の秘密をペラペラ喋るのが、アリアなんですか? 先輩」


「……そうだな。すまない、また会おう」


 最後にメラルが姉を呼びましたが、メイスは無視して飛び去ってしまいました。

 姉妹仲が悪いようです。

 そして父も……。


「あまり図に乗るなよ、コペニュ」


「はいは〜い♡ 悔しかったらわからせてみたら?? クスクス♡♡」


「チッ」


 校舎へ戻ってしまいました。


 別れ際に口にしていたコペニュの秘密とは?

 実はおしっこ漏らしていたとか?


 取り残されたコペニュに、マリトが駆け寄ります。


「すごいじゃないですかコペニュさん! あのメイス先輩に勝っちゃうなんて!!」


 マリトの称賛に、コペニュは顔をしかめてプイッとそっぽを向きました。


「あんなの勝ちじゃないよ。ふん、次は完膚なきまでにわからせてやるんだから」


 ふとコペニュがサーニャを一瞥すると、彼女はメイスが消えていった方角を、唇を噛み締めながら見つめていました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜、寮にて。

 寝間着に着替えたコペニュが、サーニャのベッドに潜り込みました。

 何かを抱いていないと眠れないらしく、毎晩サーニャを抱きながら寝ているのです。

 一方サーニャは、ベッドの上で、なにやら浮かない様子で膝を抱えています。


「はぁ……」


「どしたの、サーニャ。昼からずっと元気ないじゃん」


「メイス先輩、やっぱり凄いよね。あんなにたくさんの魔法を、手足のように操って」


「それでどうしてサーニャが落ち込むのよ」


「……誰にも言わないでね」


「?」


 サーニャは恥ずかしそうに、小さな声で続けました。


「私ね、アリアになるのが夢だったの」


「学校最強ってこと?」


「だけど私が使えるのは、ぺっぽこな発光魔法だけ。どれだけ頑張っても……」


 改めて目標だった現アリアの力を目撃して、自分の惨めさを再認識してしまったようです。


「アリアになって、有名な魔法使いになれたらって思ってたんだけど、やっぱり私には無理だよ。ジラーノ先生はコペニュちゃんが学校に相応しくないって言ってたけど、本当に相応しくないのは私。勉強だってそんなに得意じゃないのに、なんで合格しちゃったんだろう」


 思いの丈を吐き出しながら、瞳に涙を浮かべました。

 ガッツリ落ち込むサーニャを、コペニュはそっと寄り添います。


「大丈夫だって。サーニャならなれるよ」


「無責任なこと言わないで。根拠もないのに」


「あるよ。天才の勘」


「無理だよ。どれだけ勉強しても、ぜんぜん成長しないんだもん」


「うーん、方法はわからないけど」


「……コペニュちゃんの夢はなに?」


「夢? そうだなあ……サーニャの夢が叶うこと」


「えぇ……」


「へへ、プレッシャーかけてみた」


「こ、困るよお」


 そのあと、コペニュはサーニャにぴったりくっついて眠りました。

 結局前向きにはなれなかったサーニャでしたが、しつこいぐらい励ましてくれるコペニュに多少なりとも救われたようで、彼女の幼い寝顔をじっと眺めてから、安心しきったように眠りにつきました。


 それにしても、メイスが明かしかけたコペニュの秘密とは何なのでしょう。

 あぁもう、事件が解決するどころか謎が増えてるじゃないですか、こんちきしょう。

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