♡第11話♡ 史上最強の魔法使い、メイス。その1

 それはとある授業中のこと。


「は〜い、みなさ〜ん、浮遊魔法できましたか〜?」


 教壇に立つメロ〜ンが生徒たちに問います。

 現在、コペニュのクラスは対象を浮かせる魔法を学習中なのです。

 物を浮かせる魔法はやや難しく、1年生の多くが最初に躓くカリキュラムなのでした。


 実際、現段階で発動できた生徒は、クラスの約3分の1。半数以上が苦戦しています。


「う〜、ダメだ〜」


 サーニャがガックリとうなだれました。

 机の上に置かれた泥団子は、ピクリとも動いていません。

 その隣では、コペニュの泥団子がぷかぷかと空中で上下しています。


「す、すごいねコペニュちゃん!」


「そりゃ私はパーニアスだもん」


「私はさっぱりだよ……」


「あのね、これは秘密なんだけど、魔法を発動させるとき小声で『ちんちん』っていうと成功するよ」


 んなわけないだろ。


「ほ、ホントに!? 絶対ウソだよ」


「友達の私を信じて」


 サーニャは躊躇いながらも、泥団子に手をかざしました。

 そして蚊の羽音のような小さな声で……。


「ち、ちんちん……」


 もちろん泥団子は浮きません。


「え、できない?」


「だって嘘だも〜ん。や〜い騙された〜♡」


「も、もう!! コペニュちゃんのバカ!!」


「うひぇひぇ」


 なんじゃその気色悪い笑い方はこのクソガキが。

 そろそろ本当に痛い目の一つや二つ遭ってほしいですね。

 メタクソに挫折して膝を抱えながら震えてほしいです。

 なんて心の底から願っていると、授業の終わりにメロ〜ンがコペニュを呼び出しました。


「ジラーノ先生がぁ、コペニュちゃんにぃ、グラウンドへ来るよう言っていました〜」


「ジラーノ? 誰それ?」


「私もあんまり会ったことないんですけど〜、3年生の魔法戦闘の授業を請け負っている先生です〜」


 おそらくメロ〜ンより私の方が詳しいかもしれません。

 ジラーノは防衛魔法を得意とする男性教師で、国際魔法使い連盟の副理事長でもあります。

 そして、私の父です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それからすぐ、コペニュはサーニャ、メラル、マリトを引き連れてグラウンドへ向かいました。


 不満げにメラルが問います。


「なんで私たちまで一緒なんだ」


「さあ? メロ〜ンちゃんがサーニャとメラルも連れてけって。ちなみにマリトは呼んでない」


 思いっきり仲間外れ発言されたマリトが、顔を引きつらせて苦笑します。


「マリトじゃなくてマリーって呼んでくださいよ。ボクも自分のクラスの担任に、一緒に行くよう言われてるんです」


「なんで?」


「あの森で、不審者と接触しているからです。たぶん、その件で呼んだんでしょうね」


 森での授業中、私の死に関係あるであろう不審者たちに襲われたことですね。

 撃退こそできましたが、彼らは結局取り逃がしてしまいました。


 それからグラウンドで待っていると、一人の男性がやってきました。

 不清潔なボサボサの黒髪に無精髭。大きなクマの上には、攻撃的で鋭い眼差し。

 間違いありません、私の父、ジラーノです。


「お前が、コペニュか」


「そういうおじさんがジラーノ先生ってわけね」


 おじさん呼ばわりされて、父は眉をひそめました。

 父が学校の先生なら、この人に取り憑けばよかったのだろうとも思いますが、生理的に嫌だったのです。

 まあ、いろいろあるんですよ。父娘の間には。


「単刀直入に告げよう。エリーナ事件から手を引け。校長には俺から話しておく」


「なんで? この大天才様が協力してやるんだから、心強いじゃん」


「長い出張でしばらく学校から離れていたが、お前の評判は常々耳にしている。召喚魔法の使い手だとな」


 父は目を細めると、怒気を込めて続けました。


「だが俺は、お前のような力に溺れたガキが嫌いだ。そもそも、お前の未熟な人間性は我がルイツアリア魔法学校に相応しくない」


「そんな個人的な感情で決めんの?」


「だいたい、天才と言う割には成果を出していないようだが? そのうえ、犯人と思しき連中を逃すとは」


 コペニュが顔を背けました。

 本人も失態だと自覚しているようです。


「いいじゃん別に、どうせあいつら犯人じゃないんだし」


「なぜそう言い切れる」


「天才の勘」


 おいこら、とツッコんでやりたいところですが、実は私も同意見だったりします。

 森で襲いかかってきた不審者たち、あまりにも弱すぎでしたから。

 魔道具に頼らないと戦えないような連中が、セキュリティ万全の学校に侵入できるわけがありません。きっと、誰かに手引きされたのです。


 それに、事件の真相を追う者を殺すなら、コペニュだけを狙ったのもおかしいです。校長先生や警察だって捜査しているのに。


 たぶん、彼らは第三者に頼まれてコペニュを殺そうとしたのです。

 その人物こそ、不審者たちを学校内に入れた、真の黒幕。

 そんな予感がします。


 まあだとしても、重要参考人であることには変わりないので、逃したのは大きな痛手なんですけどね。


「ちっ、とにかくあの森での出来事、すべて話せ。そしてお前たちは、二度と事件に関わるな」


「じゃあ誰が犯人を捕まえるの」


「お前たちよりも先に、俺が独自に調査している」


 それは知りませんでした。

 てっきり父は私の死など、どうでもいいことだとばかり。

 なにせずっと仲が悪く、葬式でも涙を流さなかった人ですから。


 コペニュに代わり、メラルが反論します。


「私は無関係な立場だが、気に食わないな。コペニュが嫌いなら、放っておけばいいだけだ」


「……ならば正直に話そう。コペニュ、貴様をこの学校から追放したい。お前のような不真面目で不遜な存在は、魔法使いの伝統と誇りに泥を塗る。お前は、生徒たちに悪影響だ」


 父はこういう人なのです。

 自分のなかに魔法使いに対する絶対的な価値観があり、それにそぐわない人物は徹底的に排除しようとする。

 たとえそれが、娘でさえも。


 父は私が聖女として産まれたことに酷く失望していたのです。なにせ、聖女は神から力を授かっている代わりに、魔法が使えないので。


 なので父が私の死について捜査していることは、本当に意外でした。


「でもジラーノせんせーさあ。そうは言ってもこの学校で一番強い魔法使いは私なんだから、私が退学ならみんな退学じゃない? うひひ♡」


「ふん、そういうと思った。……出てこい、メイス」


 ハッとメラルが目を見開きます。

 そしてコペニュたちの頭上から、長い銀色の髪の女生徒が舞い降りたのです。

 白いローブに青いラインが入った、2年生の制服。

 まるですべてを見通しているような眼差し、高い身長、ふくよかな胸とお尻、サラサラの髪に長いまつ毛。

 多くの女性が羨むあらゆる要素を兼ね備えた抜群のスタイルは、同じ女である私でさえドキドキしてしまいます。


「ジラーノ教諭、忙しいので手短に」


「すまないなメイス。……紹介しよう、いや、する必要はないか」


 彼女の名はメイス。現在、世界で最も有名な、史上最強の魔法使いです。

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