第34話 私の下僕になってくれませんか?
地球時間で翌日。
元の世界に戻ってきた俺は、若者に人気な某コーヒーショップを訪れていた。
今回実戦形式にて活躍することが出来た陰の功労者である
てっきりもっと高い物を要求されるのではと身構えていた俺にとっては、財布的にはありがたい結果となった。
いくら高いで有名なお店とはいえ、しょせんコーヒーはコーヒー。
なので、大した値段ではないだろうと思っていたのだが。
「えへへー……ほんとに奢ってもらっちゃったあ。ありがとうございますっ!」
「マジかよ……今のコーヒーって1000円近くもすんのかよ……」
まさか札1枚が丸々飛ぶほどの値段がするとは思わなかった。
必要経費だからと割り切っていたつもりなのに、心が軋む。
「まあまあいいじゃないですかー。そのおかげで、大事な用事に出られたんでしょ?」
「……ああ。それに関しては、感謝している」
あの時妃花が助け舟を出してくれなければ、マネージャーは人格否定ばかりでまともに俺の話を聞いてくれなかっただろう。
「あ、私こっちなので。せんぱいっ、また会いましょー!」
「じゃあな」
トッピングもりもりの容器片手に、手をブンブンと振りながら去っていた。
さてと、俺もそろそろ帰らないとな。あれから異世界時間だと3日は経過している。
そろそろ試験の結果が発表されるはずだ。
「あっオーエンさんだ。今日は私に教わらなくていいの?」
なんてことを考えつつ歩き、アパートの入り口付近へさしかかった辺りで、今から塾に行くのであろう
「蒼か。大丈夫だ、おかげさまで結構解けるようになってきたからな」
「ほんと? ま、オーエンさん頭良いしなぁ……私の志望校に、入試成績1位で入学してたし」
唇を尖らせながら、残念そうに呟いた。
「人の思う頭の良さってのは相対的なものだ。昔はどうだか知らんが、今の俺がバカなのは間違いない」
「むー、どうせすぐ追い越されるに決まってるよ。あーあ。もっとブラッシュアップしたかったのになぁ」
「それくらいならいつでも付き合うぞ? 高卒認定試験、まだまだ先の話だし」
今まで色々と世話になった分、それくらいは恩返ししたい。
そういう想いを込めて言ったのに、なぜか不服そうな顔で睨まれた。
「いいですぅ。間に合ってますぅー」
「え、いいのか?」
「いいんだよっ! じゃ、私は塾に行ってくる!」
行ってしまった。嫌味に捉えられてしまったか?
ちゃんと中学に通って友達も作り、欠かさず塾に行ってる蒼の方がすごいのは間違いないのに。
俺は友達もいないし学校もまともに行けてなかったから、それらを当たり前のようにこなせるのは尊敬する。
もう少し、自分に自信を持ってほしいものだ。
俺は小さくなっていく蒼の後ろ姿を見送りながら、ドアノブに手をかけて中に入った。
「……っと、捨てとかないとな」
玄関には大量のゴミ袋が所狭しと並べられており、足の踏み場をなくしている。先日数年ぶりに自分の部屋を掃除した時のゴミだ。
まだウェスタから連絡は来ないし、面倒くさくなる前に捨てとくか。
──オーエン、今いいですか?
がしかし、ゴミ袋の結び目に手をかけたタイミングでウェスタからのお呼び出しが入った。
「大丈夫だ」
返答しながら、キレイになった自室のベットへ移動する。
「それで俺を呼んだってことは、結果が出たのか?」
──はい。今日が発表の日なんですけど……。その、結果を見に行く勇気が出なくて。なので、一緒に行きませんか?
相変わらず自身無さげだな。コルネに勝って1位取れたんだし、もっと威張ってもいいのに。
まあ、それもウェスタの長所ではあるか。
「わかった。一緒に確認しよう」
──ありがとうございます。助かりますっ!
白い光に包まれ、地面に吸い込まれていくような感覚を味わいながらも、俺は仰向けに寝転がった。
◇◇
視界が開けた俺を待っていたのは、器用に胸の部分を縫い合わせた制服を着たウェスタだった。
加えてボロボロになったローブも目立たない程度に処理している。その裁縫スキルが羨ましい。
「あのぅ……えと、あまり胸の辺りを見ないでほしいのですが」
「む、すまん」
つい見過ぎてしまったか。
「ま、まあ? オーエンは今回の功労者ですし? ちょっとくらいなら私も──」
「すごく器用に縫ってるもんだからさ。俺もよく服がほつれて困ってるから、いいなーって思ってただけなんだ」
「…………そうでしたか」
特にコンビニバイトの制服なんかはしょっちゅうだし、今度ウェスタに縫ってもらおうかな。
「こほんっ! お久しぶりですね、オーエン」
「そっちだと3日ぶりくらいだったな」
「はい。今日は(合格してたら)アリテラスたちと『今回も無事生きのこれたねパーティー』です! もちろんオーエンも参加してくださいね!」
なんか、大事な主語が抜けてる気もする。
1位取ったんだし、合格は間違いないよな? そうだと言ってくれ。
だがしかし眼前のウェスタは、いつも通りの無表情で杖を構える。この顔されると何考えているのかわからんな。
「さてと、それじゃあじっとしていてください」
「む、あれを使うのか」
「結果は中央広場の掲示板に貼りだされているんですよ。……【
わざとらしく咳払いをするウェスタに杖を向けられた途端、俺の身体は光に包まれていった。
寮を出て中央広場へと向かう道すがら、結構な人の往来を目にする。嬉しさ満点の表情をしている人。明らかに辛そうな表情の人。期待と不安が入り混じった表情の人。
彼ら彼女らに共通しているのは、もちろんこの学園の生徒だということ。この独特な高揚感は、学生の間にしか味わえぬものだ。
高校時代を思い出すな。
まあその当時、俺は家のゴタゴタのせいで結局試験は受けずじまいだったけど。
『あぁー、緊張してきました。オーエンの世界ではこういう時どうしてたんです?』
『言ってもわからんだろうけど、人の文字を手に書いて飲み込む、とかが有名だな』
『文字を手に? 飲み込む? オーエンの世界は不思議ですね。さすがの私も自分の手までは食べられません』
なんかニュアンスが伝わってない気もしなくはない。ま、日本語を完璧に異世界語に翻訳しろというのが無理な話だ。
……てか、そもそもどうやって翻訳してるんだろう?
魔法的な力、って言われちゃあおしまいなんだけど。気になるもんは気になる。
今度クラリア先生と会った時に聞いてみるか。
『あっ……着いてしまいました』
なんてことを考えてるうちに、気づけば中央広場へと到着していた。無骨な木造の掲示板前にはかつてのグループ発表の時とは比べ物にならない人だかりが出来ている。
「うぐぐっ、通してくださいー」
背も低くフィジカルの弱いウェスタでは、人ごみの中に割り込むには困難を極める。バンガルドに借りたローブは先の戦闘でボロボロになってしまったので、俺が生徒のフリをして取りに行くことも出来そうにない。
もみくちゃにされながらも掲示板の前に躍り出た頃には、既にローブとスカートがしわしわになっていた。
『ぐぬぬ、どうして点数を確認するだけでこんな目に……』
『さすがにバンガルドから新しいローブは貰えんだろうしなぁ』
『そうでしょうね。まああの試験以来授業も休んでいるらしいので、そもそも会えていないんですけど』
そうだったのか。本当に、俺が気絶している間に何があったんだろう。ウェスタに聞いてもはぐらかされたし。
最後のバンガルドは、明らかに様子がおかしかった。
『っとと、さてさて。私の名前はどーこだっ……あった!』
『おっ、ど、どどどどうだった!?』
ウェスタが軽い口調で一点を指さす。
俺もおそるおそるそこへ目をやると。
ウェンスタラスト・クライエス
【座学10点 特別試験19点 専門分野15点 実戦形式110点 合計154点】
一応合格範囲の150点以上ではある、けど、よう。
『よし、150点超えてますね。めでたしめでたし、ですっ』
150点を超えていると何度も確認してから、満足そうに頷くウェスタ。
『──いやいやいやいや! 確かに良かったけども! あまりにもギリギリが過ぎるだろ! コルネに負けてたらマジで退学になるところだったじゃねえか!』
実戦形式の前に「筆記試験の点数が足りそうにありません」とは言ってたけど……。
ここまでだとは思っていなかった。
『むっ、仕方ないじゃないですかっ! 今回のテスト、すごーく難しかったんですから!』
『こんなんで次の試験大丈夫なのか?』
『当たり前ですよ。ほら、総合1位の人だって点数低いはず──』
コルネ・プレ・キンナートゥス・クラウディア
【座学47点 特別課題50点 専門分野50点 実戦形式100点 合計247点】
特に難しいらしい座学こそ47点だが、他は満点をとっている。ざっとウェスタの2,3倍だ。
『あ、あるれぇー? おかしいですね……。どうしてあの超難しいテストで満点近い点数が』
『俺も最近勉強始めたし、一緒に頑張ろっか!』
『はい、わかりました……』
次のウェスタの試験までには、俺も高卒認定試験の対策を完璧にしておかないとな。その次は当然、受験勉強だ。
来年は蒼も高校生。教えてくれる人はいない。本腰を入れねばならんだろう。
辛い勉強漬けの日々が待っているはずなのに、なぜか心が沸き立つ思いであった。
『オーエンって、もしかしてマゾヒズト?』
『なんでそうなる』
なぜかウェスタには、理解の外側にいる相手へ向ける視線と、同じのを頂戴してしまったが。
◇
無事合格を確認出来た俺たちは、再びあの人ごみをかき分けて、寮への帰り道を歩いていた。
先ほどよりも更に人通りは多い。なので当然、見られる表情のレパートリーも増加している。
「……」
「……」
「……」
しかし、重苦しい空気を纏う集団が定期的に現れるのはなぜだろう。彼らはこの世全てに見切りをつけたような、そんな表情を貼り付け同じ道を歩いている。
それを周りにいる生徒達も理解しているはずなのに、誰1人として目線すら向けない。
手を差し伸べようとも、しない。
『あの人たちは、おそらく、今回の試験で150点未満をとってしまったんでしょう』
『ってことは、今から追試験か?』
『だと、思いますよ』
『そうか……』
きっと彼らの、ほぼ全員がこの学園から去ることになるんだろう。
今回はギリギリでこちら側にいるけれど。ほんの少しだけ、歯車が狂ったなら。
俺たちは、あちら側に立っていた。
『──』
立ち止まれば足元を掬われ、永久に戻れなくなる。昨日まで笑っていた人間が、絶望を抱いて堕ちていく。
他者を蹴落とし這い上がり、一握りの栄光を手にする。
弱肉強食。生きとし生ける生物を縛る、不変かつ絶対的なルール。
魔法、または科学を手に入れた自称文明人でも、その枠からは決して逃れられない。
「あっ」
俺がそんなことを考えている間に、気づけば寮の入口へと到着していた。だが、いざ玄関へと歩を進めた瞬間。
「うっ」
ネアールとばったり出くわしてしまう。
「……ふん」
しばらく見つめ──いや睨み合っていた両者。けど先にネアールが鼻息をふんと鳴らして、肩がぶつかるすれすれの位置で寮の外へと出て行く。
「待ってください」
がしかし。背を向けて早足で歩いていくネアールの肩を、ウェスタが平坦な声で呼び止めつつも、がっしりと掴んだ。
「なんですの? 私、今忙しいんですけど」
「
探るような、けれど揺れる声で呟く。
それを聞いたネアールは大きくため息をついた後に、機嫌悪そうな顔で振り返った。
「もちろん合格ですわ。どこかの誰かさんと違って、私は筆記試験でも点数が取れますので」
「それなら、いいんですけど」
揺れる声はやがて小さくなり、消え入りそうなものへと変化する。
「その、どうしても聞きたいことがあるんです。あの時どうして、私を助けてくれたのか──!」
「貸しですわ」
「…………えっ?」
頭の上に疑問符を浮かべるウェスタを見て、わざとらしく両側の腰に手を当てた。
「ほら、お兄様のイベントで、情けなく震える私を励ましてくれたでしょう? その借りを返したまでですわ」
「でっ、でもっ! あれはただのイベントですよね!? 借りを返す場が、よりによって実戦形式だなんて」
「貴女なら身に染みているでしょう? 貴族は、貸し借りにうるさいんですわ」
右手でツインテールの片側をかきあげて。
「次は、本気で勝ちに行きますわよ」
コルネに勝るとも劣らない、獰猛な笑みを浮かべた。
「……っ! のぞ、望むところですっ!」
「ええ、期待していますわよ」
ここ一番で噛んだせいかウェスタの頬が朱に染まるが、ネアールは特にツッコミを入れることなく。
むしろ微笑さえ形作って、俺たちの元を去っていった。
◇
その後俺たちは互いにひと言も発せず階段を上っていく。俺にとっては忌まわしい場所だが、ここを通らないと部屋に帰れないのでそうするしかないのが辛いところである。
んでも、自分を戒めるって意味ではうってつけの場所かもしれない。
『なんか、負けた気がします』
女子寮のフロアに入った辺りで、ウェスタが悔しそうに歯噛みしだす。
付近を通る女子生徒から、訝しげな視線を送られているも気づいていない様子。
『だな』
でも正直、その気持ちはよくわかる。あのネアールの後ろ姿は滅茶苦茶カッコよかった。
俺の中に巣くう女心が表層に出てきそうだ。
案外、白馬の王女様も悪くないかもしれない──っとと、もうウェスタの部屋に着いてしまったか。
『よし、この後どうするんだ? 俺もパーティーの準備とかした方がいい?』
『いえご心配なく。一応アリテラスとハルドリッジが合格していれば、今私の部屋でパーティーの準備をしてくれているはずです』
『なるほど……って、あの2人のも見られただろ。確認しとけばよかったのに』
ウェスタはゆっくりと首を横に振った。
『そそそそんな恐ろしいこと、私に出来るはずがありませんよ。もし落ちてたら、どどどどうすればいいか』
涙目でオロオロするウェスタを見ていると、どこか懐かしい既視感を感じる。
あ、そうか。この反応は、俺が下僕になるのを断った時のやつと同じだ。
もう1か月半経ったのか。月日の流れってのは、残酷なまでに早い。
「オーエン。私、貴方と主従関係──主と、下僕の関係になれてよかったです」
ウェスタはテレパシーではなく、声に出して呟いた。今の俺は【
「絶望的だった卒業が、現実味を帯びてきました」
しかしウェスタは気にすることなく、背負う杖に優しく語りかける。
『ゆりかごから墓場まで』
場違いであるとわかってはいるが、このワードが脳裏に浮かんでくる。でも決してマイナスの意味ではなく。
文字通り、ウェスタの召喚魔導士人生における墓場まで、支えていけるような幻獣になりたいと思ってしまっただけだ。
「なので、これからも」
俺はまだまだ未熟で、きっとこれからもたくさん間違うのだろう。でもそれは、ウェスタも同じ。
片方が間違っているのなら、もう片方が支えてやればいい。
「ずっとずっと──私の下僕になってくれませんか?」
俺を崖っぷちから奮い立たせるきっかけをくれた、ウェスタへの感謝の気持ちは。
『ああ、もちろんだ』
この先の人生で決して変わることのない、かけがえのないものだと。
「……えへへ、ありがとうございますっ!」
俺はもちろん、ウェスタも感じてくれていることだろう。
「はい! お話も終わったことだし、食べよ食べよー!」
「うええっ! 聞いてたんですか!?」
「……そりゃ、ドア前で話してたら耳を塞いでても聞こえちまうよ」
「彼の反応が楽しみですね。もちろん、参加するのでしょう?」
「ど、どうしてコルネが……」
「さっき偶然鉢合わせてな。参加したいって言うから連れてきた」
「と、いうわけで。よろしくお願いしますね?」
「む、むぅ……」
さて、ひとまず今日は楽しもうか。
やらなきゃいけないことはたくさんあるけど、祝いの席で無粋なことを言うつもりはない。
息抜きは大事だ。
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